無くした翼
1
キースは、ユーリとクッキーを作る日時も決まり、朝から上機嫌だった。
その晴れやかな気持ちと裏腹に、ユーリがいるジャスティスタワーが爆音と共に揺れた。
通信機から流れる情報を間に受けられなかったが、すぐにトランスポーターがやってきて、乗り込み、頭の中で反芻し、ようやく理解ができた。
ジャスティスタワーから、爆音と共に揺れ、人々が逃げ惑う、地獄絵図になっているらしい。
トレーニング室には何名かヒーローがいたらしく、原因究明と人命救助に尽力している。
仲間たちやジャスティスタワーにいた人々の心配はしていたが、一番、気になるのは彼の安否。
仕事場はジャスティスタワーにある。
「怪我はしていないだろうか……」
「え、何ですか?スカイハイ」
マスクを差し出す、スタッフは首を傾げ、不思議そうにしていた。
「な、なんでもない。なんでもないよ」
マスクを受け取り、被る。
その時、丁度、目的地に着いたと知らせが来た。
廊下で会った部下の女性から書類を渡され、それを受け取ろうと手を伸ばした瞬間、空間が揺れた。
「じ、地震?」
すぐに収まったが、また揺れる。
壁に手を付き、バランスを取った。前にいる彼女がを見れば、周りを忙しなく見ていた。
「きゃ……!」
また、揺れる。地震ではない。爆発音が聞こえた。すぐに収まり、また揺れるの繰り返し。
窓から外の景色を見れば、黒い煙。
避難しなければ。
「避難しましょう。立てますか?」
「は、はい」
また、揺れた。足が覚束ない彼女に手をさし伸ばせば、遠慮がちに掴まれた。
「すみません、ありがとうございます」
「いいえ」
エレベーターは使えないだろう。階段を目指すことにする。
前を走る、コートの男。いきなり、足で爆発音が聞こえ、それを飛んでかわす。
「アニエス!犯人、いたぞ!」
ワイルドタイガーは、犯人を追いかけながら、連絡をする。
しかし、爆発と共に物が飛んでくる。
「タイガー、場所は?」
「えっと……」
周りを見ても目立つものがない。
「皆!十階に犯人がいるわ!」
どうやら、居場所を解析したらしい。
複数、通信機から返事が聞こえる。
犯人を追いかけていたが、爆発音と共に、いきなり壁が崩れ、瓦礫で、通路が塞がれた。
「クソ!」
相棒に連絡を取れば、もう犯人を見つけていた。
ユーリと女性は、階段を黙々と降りていると、近くで爆発音が聞こえた。
だんだん、近づいている。
しかし、下に降りなけば、避難はできない。
建物は爆破されているのだ。いつ崩れてもおかしくない。
外に出ることが先決だ。
下の方で爆発するのが見え、避難経路を変えるため、そばにあった扉を開く。
爆発音が一層、近づく。
「きゃああ!」
悲鳴が聞こえ、振り向けば、女性が男に捕まっていた。
「人質、ゲットォ!」
手のひらを向けられ、間一髪で屈めば、後方で爆発音と共に、壁が崩れる音。
「離れろよ」
見上げれば、手が彼女へと向けられていた。叫び声もあげられず、涙を流している。
「こいつ、死ぬぜ?」
体制をなおし、犯人を見据えながら、ゆっくりと後退していく。
「そこの扉、開けな」
自分のすぐ後ろにある扉。ゆっくりとドアノブを回せば、開く。
「入れ」
扉を開け放ち、部屋に入る。
「誰もいないか確認しろ」
大人しく犯人に従う。部屋を見渡せど、人がいる気配はない。
「いない」
そう言えば。
「そのまま奥に行け」
指示された通りに、部屋の中心へと、向かう。ドアが閉められ、鍵がかかった音。
閉じ込められた。
「……」
犯人を見据え、打開策を考えていたが、いきなり、部屋の窓ガラスが割れ、突っ込んできたのは。
「スカイハイ……!」
自分に向かって、まっすぐに飛んできた。
「え」
いきなり、抱き上げられ、そのまま外に。犯人と人質を置いて。
「大丈夫だったかい!?」
その言葉は無視し、自分が出てきたところを、見れば。
次の瞬間、爆発。
「……!」
上がる煙の中から、人が飛び出してくる。
ワイルドタイガーとバーナビー。それぞれ、人を抱えて。ビルの屋上に着地する。
実況が、人質の救出と犯人確保を伝える。
人質が無事なことに安心する。
「ユ、ユーリ、どこか怪我を……!?」
慌てるスカイハイに、大丈夫だと返事をすれば、安心したようだ。
「……名前を呼ばないでください」
声色を落とし、そう言えば、すまないと謝られた。
ここでは、スカイハイとヒーロー管理官なのだから。
スカイハイは、ゆっくりと下降していく。
「怪我はないようだけど、診てもらった方がいいよ」
そのまま、救急車のところへ向かっていく。
「降ろしてください!私は大丈夫です!」
その言葉は、無視され、救急車が集まる、ど真ん中に降ろされた。人の視線が痛い。
周りからは、スカイハイやヒーローと呼ぶ声。
「じゃあ!」
手を上げると、ジャスティスタワーへと、飛んでいく。
まだ、自分に集まる視線。そして、声を忍ばせ、何かを話す人々。
これは、まずいのではないか。
とりあえず、診てもらったが、異常はないと言うことだ。
怪我もしていなかった。
その場を離れ、ジャスティスタワーを見上げる。
犯人は捕まったが、ヒーローたちが未だに、救出作業などに追われて、忙しそうに動き回っていた。
その光景を眺める。自分の職場とは言え、事件が起き、ヒーローが何かをすれば、自分の出番だ。
しかし、ジャスティスタワーは犯人のおかげで、ボロボロだ。あっちこっち破壊されて、立ち入り禁止になっている。
爆破していたため、資料も被害にあっているはずだ。
場所を移して、仕事になるだろう。
スカイハイの姿が視界に入った。彼がこちらを見たのが分かった。
すぐに目をそらしたが、彼がやってきた。
まだ、彼はやることはあるはず。
「何か御用ですか?まだ、することがあるはずですが」
「そうだけど……怪我はしてなかったかい?」
妙に心配してくる。大丈夫だと言うと、それは良かった、と返ってきた。
「無事ならいいんだ」
また、ジャスティスタワーへと戻っていく。
「やっぱり、ヒーロー管理官となると、キングも気にかけるのか」
そんな言葉が聞こえ、振り向けば、人が散っていく。
これは、危うい。
自分も彼も。
「……だから、嫌だったんだ」
こんなことが、首をしめていくのだ。
事件後、ジャスティスタワーは修繕工事のために、立ち入り禁止となり、職員は必要最低限の資料を持ち、近くのオフィスビルに詰め込まれた。
それは、自分とて同じ。
怪我などで休む者もおり、大忙しだ。
仕事場で寝泊まりが、普通になっている。
工事は急ピッチで勧められ、ヒーローも借り出されていたようだ。
そんな使い方をしていいものかと、疑問に思うところだが、ジャスティスタワーには、ヒーロー専用施設もある。当然、彼らも立ち入り禁止になっていた。
そんなおかげか、当初の予定より早く、自分たちの仕事場に戻ることができた。
しかし、待っていたのは資料整理。何枚か焼けてしまった物もあるようで、それをリストアップするだけで、大変な作業だ。
そんな忙しい中、上司から呼び出された。
上司の部屋に入れば、上司は座ったまま、忙しい中、すまないね、という労いの言葉をかけられる。分かっているなら、呼び出しなんてしないでほしいものだ。
机に積まれている資料の束。自分も忙しいのだから、あたり前か。
「君は、スカイハイと親しいのかね?」
その言葉に、内心ドキリとした。
「いえ……なぜでしょうか」
はい、そうですと素直に言うわけはない。
無表情のまま、次の言葉を待つ。
「あの事件の時、スカイハイの君の扱いがね」
ヒーロー管理官だから、スカイハイが恩を売るためなど、ありもしない話で、司法局は持ちきりだと言う。
「スカイハイはそんなことをしません」
スカイハイという人物をよく知っているだろうに。よくそんなことが言えるものだ。
あの時、感じた悪い予感が的中した。
「君が職権濫用をしたのではないかという噂も、あるみたいでね」
とんだ言いがかりだ。あれは、勝手にスカイハイがしたこと。自分を助けたのも、救急車近くまで運んだのも、話しかけてきたのも。
「私はそんなことはしません」
ヒーロー管理官だが、彼らの上司でもなんでもない。そのようなことを言っても、彼らは応じはしないだろう。
「ああ、分かっている。しかし、こちらにも信用というものがあるのでね」
こちらを見る目は、新たに問題を作るなと言いたげだった。
火のない所には煙はたたない。
彼との接触を控えなければ。
「彼は、そんなことはしません!」
上司に言われた言葉に、そう反論すれば、ピクリと眉を上げる。
「スカイハイ、ペトロフ管理官とは親しいのか?」
「……いえ」
しまった。彼との関係は内密のものだ。
「なぜ、管理官だけを助けたのだ」
それは、近くまでアポロンメディアの二人が来ていたからだ。
それなら、自分は彼の安全を確保しようと、彼だけを助けた。
二人が犯人確保と人質救助がしやすいようにと。
そう説明すれば、ため息をつかれた。
彼を助けたかったのは本当だ。それは嘘ではない。しかし、彼を助けることが、その時は、最善だったのだ。
何か間違ったことをしただろうか。
「あそこにとどまり、犯人確保と人質を救出しようとは、思わなかったのか」
「……それは」
ポイントを獲得できる機会を、なぜ、不意にしたのかと、言われているようだった。
「市民の安全が、第一ですから……」
「人質も……だろう」
もう下がっていいと言われ、頭を下げ、部屋から出ていった。
トレーニングをしようと、ジャスティスタワーに向かっている最中、彼から電話が。
「ユーリ!」
「キース」
名を呼ぶ声が、どことなく暗い。
「あなたは、何か言われましたか?」
「ああ、君も言われたんだね」
彼が職権濫用なんてするはずがなく。
自分もヒーロー管理官だから、助けたのではないかと、言われ。
そう言えば、無言の彼。
「ユーリ?」
不安になって名を呼ぶ。
「キース、もう友達ごっこはやめましょう」
「……!」
何を言い出すのだ。
「な、なぜ……!」
「今、私たちが親しくしているところを見られれば、私たちの立場がなくなっていきます」
「それなら、噂が消えるまで」
会わないだけでいいじゃないかと、言えば。
「もとより、ヒーロー管理官が、一人のヒーローと懇意するのが、問題があったんです。いい機会です。やめましょう、お互いのために」
やはり、ずっと嫌だったのか。自分と、過ごしてきた時間は。条件だからと、しかたなく付き合っていたのだろう。
「秘密なら、ばらすなり、なんなりすればいい。もう会いません。さようなら」
「……ユーリ!」
電話が切れ、そこに立ち尽くす。
自分は、友達ごっことは思っていなかった。
強要した関係が、いつかは本物に変わってくれると、淡い期待を抱いて。
彼と会えることを、プライベートで、最も楽しみにしていたのに。
ヒーローとしてばかりの生活が、彼と会うことで、キースという、一般市民で生活ができていた。
独りになってしまうのか。
スカイハイには、沢山ファンや仲間はいる。
しかし、自分の、キースの友達はユーリしかいないのに。
諦めきれず、彼に連絡したが、メールも電話も繋がらない。
キースとして、繋がっているのは、この携帯電話だけ。
クッキーを作る約束もなかったことになるのか。
どうしようもなく、寂しい。
彼に会えなくなるというだけで、体の力が抜けていくようだった。
2
ユーリは執務室で頭をかかえていた。
キースとの関係ではない。
携帯はメールも通話も拒否している。
執務室にこもりっきりのため、彼に会うこともない。
理由は、数週間かかったリストアップが終わったのだが、ヒーロー関係の書類が、燃えているものや、行方不明になっているものがある。
そこには、ヒーロー本人のサインがいるものもあり。また、ヒーローたちに書いてもらわないといけない。
書類のデータが残っていればいいが、なければ自分が作らなければ。
データを探していると、扉を叩く音。
失礼しますと、部下が入ってくる。
「すみません、遅くなりました」
書類を受け取れば、頭を下げ、足早に出ていく。
忙しいのだろうと、書類を見る。
読み進めていると、ある一文で止まった。
「……スカイハイが謹慎処分?」
それは、少し前に起こった事件の報告書。
連続強盗犯の犯人たちが逃走。それを追いかけていた、ヒーローたち。
その時に、犯人を捕まえようとしたバーナビーに、飛んでいたスカイハイがぶつかり、犯人をとり逃すという失態。バーナビーも、その時に吹き飛ばされ、足を痛めたらしい。
最近、ヒーローTVを見ていなかった。
事実なのかと、映像を確認すれば、道路をバイクと車で逃走する犯人。
それを追跡するバーナビーとワイルドタイガー。
それを足止めする、ファイヤーエンブレムとブルーローズ。
車は炎で破壊され、バイクは氷でスリップする。
諦めの悪い犯人たちは、乗り物を捨て、自分たちの足で逃げていく。
しかし、足には限界があり、次々と捕まっていく犯人。
一人だけ、ネクストなのか、尋常ではない速さで走っていた。
飛ぶ距離も高さも異常だ。橋の鉄柱に飛び乗り、そこを走っていた。
そこにバーナビーがやってくる。
能力を発動しているため、容易く犯人に近づいたが。
「!」
後ろから、飛んでいたスカイハイがぶつかる。
視界には入っていたはずなのに。
バーナビーは吹き飛ばされ、河に落ちていく。スカイハイもなぜか、一緒に。
その隙に犯人は逃走。
そこで、映像は終わっていた。
書類によれば、その後、二人は他のヒーローに助けられていた。
バーナビーはぶつかられた時に、足を捻ってしまったらしい。
ヒーローに迷惑をかけ、犯人もとり逃す原因を作ったとして、スカイハイは、謹慎処分。
前々から、スカイハイは調子が悪かったと書かれていた。
遡り、映像を見れば、スカイハイは犯人確保も、なにもできていなかった。ポイントも全く。
ビルに突っ込み、壁に激突したり、見当違いの場所に、技を放っていたり。
しかも、不調なのは最近。
その前は、絶好調だったはず。
「なにが……」
あったのだろうかと、考えたが、自分がスカイハイのことばかりを見て、考えていることに気づく。
「……」
もう、彼との関係はなにもない。
ヒーローとヒーロー管理官だ。ヒーローには、平等でなければ。
報告書を横に置き、目的の書類のデータを探すのを、再開した。
ヒーロー関連の書類を、作るのに、まる一日かかってしまった。
それをひとまとめにし、ヒーローたちがいる休憩室へと向かう。
書類の確認とサイン。そのために、集まってもらった。
「失礼します」
休憩室に入れば、スカイハイを除くヒーローが集まっていた。
「皆さん、今日はお忙しい中、集まっていただき、ありがとうございます」
頭を下げれば、皆、つられて頭を下げる。
「スカイハイはいないけど」
その言葉に嫌でも、反応してしまう。顔には出さないようにして、頭を上げる。
「謹慎処分中ですね。スカイハイには、後日に」
ヒーローごとに分けた書類を取り出し、皆に配っていく。
「皆さんには、書類の確認とサインをお願いします。間違いがあれば、訂正しますので。ご質問がある方は遠慮なく、どうぞ」
皆が黙々と書類を確認する姿を眺めていたが、立っていたのに気づいた人たちが、座ってくださいと、すすめてくれたので、長椅子に座る。
ドラゴンキッドが首を傾げていたので、一緒に確認することに。
時折くる他の人の質問にも答えつつ、ドラゴンキッドにも分かりやすく、書類の内容を説明する。
ドラゴンキッドは書類に、サインをする。
「これで、終わりです」
「あー、ようやく終わったぁ」
彼女は前の机に突っ伏す。
「お疲れさまです」
これで、全員。
記入漏れがないか、確認していく。
「スカイハイ、大丈夫かしら」
「元気なかったし……あいつ、やつれてたよな」
「ちゃんと、飯は食ってるって言ってたが、あれは……」
「倒れていないのが不思議なくらいでしたね」
「そう言う、あんたの怪我は?」
「軽いものですよ。騒ぎ立てる程のものじゃないんですけど」
そんな会話が聞こえてくる。バーナビーの姿を見たが、立っている時も足をかばうような、様子はなかった。
「スカイハイ、クッキー作るはずだったのに……」
起き上がったドラゴンキッドが呟いた言葉。
書類を確認する手が止まる。
「クッキー?」
思わず聞いてしまった。スカイハイと作る約束していたものだ。
「うん。お友達とクッキー作るはずだったんだって」
「そうなのよぉ。その予定がなくなったって、泣きそうな顔で言ってたわ」
後ろから声が聞こえ、振り向けば、いつの間にか、ファイヤーエンブレムが後ろにいた。
「もう友達に会えないらしくて……」
机を挟んで、前に折紙サイクロンが座っていた。
「めちゃくちゃ、落ち込んでたよなあ」
「よほど、楽しみにしてたんでしょうね」
ファイヤーエンブレムの横に、アポロンメディアの二人。
「見てられなかったわよ、あんなスカイハイ」
ドラゴンキッドの隣に座るブルーローズ。
「笑顔が痛々しかったな……」
ロックバイソンがワイルドタイガーの隣に。
自分の周りにヒーローたちが集まっている。
「クッキー楽しみだったんだけど……」
残念そうに言うドラゴンキッド。
皆の発言から、クッキーの予定は、自分と約束していたものらしい。
話に出ている友達は、自分のこと。
「友達と会えないことが、そんなにショックだったのかしら」
自分と会えないくらいで、仕事にまで影響が出るとは思えない。
「スカイハイはとても楽しみにしてたみたいよ」
「料理していた時のこと、とても、楽しそうに話してましたしね」
そういえば、和食は折紙サイクロンから教えてもらっていたのか。
「管理官は、なにか知りません?」
なぜか、こちらに話が振られた。
「そういえば、スカイハイと親しそうで……」
気がつけば、視線が集まっていた。
「いえ、なにも」
無表情で答えると、苦笑いされるだけ。
「……そうですよねー」
書類の確認をすすめ、全て確かめ終わり、書類を整え、立ち上がる。
「皆さん、ありがとうございました」
頭を下げる。
「いえいえ」
頭を上げ、書類を抱えた。
「では、失礼します」
皆に見送られ、休憩室を出た。
執務室に戻る間も、戻った後も、ある考えが浮かんでいた。
スカイハイの不調は、自分が関係を終わらせるために、電話で別れを告げた時からなのだろうか。
ヒーローたちの話に寄れば、自分とクッキーを作ることができないのを、酷く落ち込んでいたようだ。クッキーくらいなら、レシピを見て、一人で作れるだろうに。
執務室にあるヒーローが関係した事件の報告書を読む。
「やはり……」
あの時から、スカイハイは活躍していない。その前とは、雲泥の差だ。
自分のせいなのか。
しかも、スカイハイはそこから、賠償金も増えてきている。
他のヒーローにも、迷惑をかけて。バーナビーは、怪我を。
ことが大きくなり、自分のことが話題に上がれば、また面倒なことに。
目の前にある、ヒーローたちに書いてもらった書類。
ヒーロー管理官として、彼に会うなら大丈夫か。
そう、自分を納得させる。
3
仕事が終わり、スカイハイに電話をしてみたが、電源が落ちているようだ。
家に行けば、いるはずだ。彼の性格から、謹慎処分を真面目に守っているはず。
スカイハイの家に着き、チャイムを鳴らしても、返事もなにもない。
部屋にはいるはずなのだ。寝ているのだろうか。
ためしに扉を開けると、鍵に阻まれることなく、すんなりと開いてしまった。不用心だ。
家に入ると、明かりは付いていなかった。扉を閉めれば、暗闇の中から、ジョンが出迎えてくれる。急かすように、ジョンは服の裾をくわえ、引っ張る。
ジョンに引っ張られ、部屋に入ると、ソファーに座り、項垂れている後ろ姿があった。
ジョンに引っ張るのをやめさせ、明かりを付ける。彼は何も反応せず、変わらない。
心配しているのだろう、ジョンが悲しげに鳴く。
彼の前に立つと、ゆっくりとスカイハイは顔を上げた。
憔悴しきった顔だ。目が合うと、驚きの表情を浮かべる。
「……会わないんじゃ、なかったのかい?」
「この書類を届けに来たんです」
鞄から書類を取り出し、彼に差し出す。
「そう……」
残念そうに言うと、彼は書類を受け取る。
しかし、その手から滑り落ちる書類。
屈み、その書類を回収する。スカイハイを見れば、虚ろな目でこちらを見ていた。
「大丈夫ですか……?」
「ああ……うん」
あまり、生気を感じられない。
書類をまとめ、近くの棚に置く。見れる状態ではない。
ユーリが目の前に立つ。
まだ、彼がいることが夢ではないのかと思った。触れてしまえば、消えてしまうのではないかと思い、何もできずに、彼を見上げるだけ。
「いきなり、不調になったのは、なぜですか?」
「それは……」
君に会えなかったからだと、言えば、彼は納得してくれるだろうか。
「ヒーロー業務に支障が出るほどのことが、あったのですか?」
自分は、あの時から、彼に会えることを楽しみにして、日々を過ごしていた。
彼から別れを告げられ、繋がりを絶たれた時から、何事にも身が入らなくなった。考えるのは、ユーリのことばかり。
会えなくなった時間が増えれば、増えるほど、頭は、埋め尽くされて。
夢にも見る程になった。
彼を追いかけ、追いつけば、さようならと消えていく。触れようにも、霞のように消えていった。
眠れなくなった。このソファーに座り、窓から外の景色を眺めていれば、いつの間にか、夜が明けている。
料理をする気もなかった。台所に立てば、嫌でもユーリのことを思い出したから。外食ばかりしていたが、食欲もなくなり、最近、食べた記憶がない。
そんな状態で、ヒーロー業務もまともにできる訳がなかった。
上司にも、休めと言われていたが、家には帰りたくなかったため、仕事をしていたが、あの事件のことがとどめとなり、謹慎処分にされた。
バーナビーには、本当に申し訳ないことをしたと思う。気にするなと言ってくれたが。
「ヒーローの皆さんが話していたのですが、私とクッキーを作ることを、楽しみにしていたそうですね?」
沈黙に耐えかねたのか、ユーリが話し出す。
「クッキーなら一人でも作れます。一人が嫌なら、他の人を誘えばいい」
そうではないのだ。ユーリと作ることに意味がある。他の人では駄目なのだ。
「黙ってないで、何か言ってください」
自分には、ユーリが必要だ。もう独りでいることは、不可能だ。
勇気を出して、彼の手を掴んだ。消えない。本物だと安心する。
「君が……必要なんだ」
「私?」
「君と会えることを私は、とても楽しみにしていたんだ。君に会えない生活は、考えられない」
冷たい手を、強く握る。
「ユーリ、お願いだ……どうか、私と一緒にいてほしい……君が好きなんだ」
その好きという単語に違和感を覚える。違う、伝えるのは、こんな言葉じゃない。もっと相応しい言葉があったはずだ。
言われた言葉は、到底、信じられないものだった。
確かめなければ。こんなに憔悴しているのだ。変なことを口走っているだけかもしれない。
「こんな状態になったのは、私に会えなかったから、ですか?」
「ああ……そうだよ」
なぜだ。あんな古傷があり、何も面白味もない人間だ。常に無表情で、彼に愛想よくした覚えもない。
「なぜ、なんですか?料理を教わるだけでいいのでは……」
「君に会うための、口実だよ」
彼は笑う。
「理由がなければ、会ってはくれなかっただろう?」
黙ってしまう。
友達になったとしても、用事がなければ、会う必要もない。自分から会いに行くこともない。
「卑怯なマネだけどね。秘密を知っている私の言うことを、君は断らない、断れない。そう分かっていたから」
そのとおりだ。あの秘密をばらされる訳にはいかない。
しかし、彼は無理強いはしてこなかった。仕事でどうしても行けない時は、潔く諦めていた。だから、余計、分からなかった。
「私は君の前だと、ただのキースになれたんだ」
ヒーローのスカイハイではなく、ただの市民として。
一日中、ヒーローとしているスカイハイ。少しだけ一緒に過ごしていただけだが、彼はスーツを着ていても、着ていなくても、その言動はスカイハイだ。
元々の真面目さからきているのだろうけど。
「キースの友達は君しかいないから」
「他の人たちがいるでしょう……ジョンも」
「スカイハイの友達ならたくさんいるよ。ジョンは、ソウルメイトだけど、人ではないしね」
だから、あんなに名前の呼び方に執着していたのだろうか。
間違えて、スカイハイと呼んだとき、悲しそうにキースと呼んでくれと言われた。
「私には、君しかいないんだ……」
項垂れる彼。
その姿に幼い自分を思い出す。
父を殺し、自分の家族は母しかいなかった。
病院で目覚め、母に会えば、酷く怯えられ、死神と罵られ、看護師に助けてとすがりつく、彼女。
その目に映る自分は、顔に包帯を巻かれ、醜く。
自分の病室に逃げるように帰り、部屋の角で一人、うずくまって泣いた。もう、母は、自分が知っている母ではないのだと。
助けたのも、意味がなかったのだと。
慰める人も誰もいなかった。
聞こえたのは、殺したはずの父の攻める声だけだった。
あの時、誰かが抱きしめてくれれば。優しい言葉をかけてもらえたら。
「……キース」
彼は、顔を上げる。目を見開いていた。
久しぶりに、名前を呼んだ。
そっと、彼の頭を抱きしめた。
あの夜、彼に抱きしめられたことを思い出す。苦しさが和らいだことを。
「……一人には、しませんよ」
一人でいる苦しさは、自分が一番、知っている。
こうやって、誰かがそばにいて、慰めてくれていたら。
もうその仮定など、意味はないけれども。
あの時から、変わらなかった自分は、少しでも変化があったのだろうか。
「うわっ」
腰に回った腕に抱き寄せられ、体制が崩れ、彼の胸に飛び込んでしまった。
離れようとしたが、耳元で聞こえる泣き声に、それはやめ、背に手を回し、さする。
「大丈夫。あなたは、また飛べます」
彼の翼は折られていない。
もう自分はただ、空を見上げることしかできないけれど。
目を閉じる。
彼が泣きやむまで、気が済むまで、そうすることにした。
4
「ありがとう!そして、ありがとう!ユーリ」
明るい声に、目を開ける。泣いたため、目が赤くなっているキース。その目が輝きを取り戻していることに安堵する。
「スッキリしましたか?」
「ああ!」
しかし、自分は抱きしめられたまま。
「あの、離してくれませんか?」
途端に恥ずかしくなってくる。慰めていたためとはいえ、男に抱きしめられているのは。
「イヤだ」
その時、腹の虫が鳴る音が部屋に響く。
顔を赤くする彼。なんだか、おかしくて笑う。
「ご飯を作るので、離してください」
小さくキースは唸っていたが、彼の腕が離れる。
ようやく解放され、立ち上がる。
台所に行こうと歩き出すと、彼も立ち上がった。
横にぴったりとつく彼。まあ、いいかと台所に向かった。
冷蔵庫を開けると、空だった。
最近は外食ばかりで、食材も何も買っていないと。
「……食べていましたか?」
「たぶん、食べてない。記憶がないね」
そう言う彼は、少しやつれている。睡眠も食事も、ろくに取っていなかったとヒーローたちが話していた。事実なのだろう。
冷蔵庫を閉め、時計を見れば、まだ店は閉まっていない時間。
「買いに行ってきます。あなたは留守番を」
「い、一緒に……!」
「謹慎処分中ですよ」
黙ってしまうキース。
「……本当に帰ってくるかい?」
「ええ」
そう答えても、未だに不安そうで、納得していない。
「ジョンと一緒に行きます。それならいいですね?」
人様のペットを連れて帰る訳にはいかない。
「ジョン!」
頷いた彼は、ジョンを呼ぶ。尻尾を振りながら、やってきた。
「ユーリと一緒にいるんだよ」
「ワン!」
元気よく返事すると、自分の元にやってくる。
「キース、食べたいものはありますか?」
玄関に向かい、リードをジョンの首輪にかける。
キースは、あれじゃないこれじゃないと、悩んでいたが、あ、と顔を上げた。
「君と初めてご飯を共にしたときの、スープが食べたい!」
「分かりました。では、行ってきます」
「早く帰ってきて、ユーリ」
「はい」
笑顔の彼に見送られた。
ユーリが買物に行ってから、ずっと時間を気にし、不安で玄関にいた。
ジョンも一緒にいるため、帰ってくるのは、分かってはいた。
しかし、早く彼が見たい。触れたい。
立っているのも疲れ、座っていたが、外からジョンの声と、足音が聞こえ、立ち上がる。
すぐ近くに、彼がいると思うと、いてもたってもいられなくなり、扉を開けた。
驚いて、固まっているユーリがいた。
「おかえり、そして、おかえり!」
彼を、引っ張り込み、抱きしめる。
帰ってきてくれた。
「た、ただいま……キース」
戸惑っている、ユーリ。
「おかえり、ユーリ」
本当は、逆がいい。しかし、言った言葉はとても懐かしく。一人暮らしをしてから、言わなくなった言葉。それが言えたことが、嬉しい。
「離してください」
もっと、こうしていたいが、空腹だ。
ユーリを離すと、彼は台所へと向かう。
次にやってきたジョンは、自分に餌をねだってきた。そういえば、今日は餌をあげていない。謝りながら、ジョンの餌を準備する。
ジョンに餌をやり、手伝うと台所に行けば、ユーリにジョンと遊んでろと、背中を押されて、追い出されてしまった。
あの時と逆だ。
ソファーに座り、ジョンの食事が終わるのを待った。
テーブルにつけば、目の前に置かれるスープ。おいしそうな匂いに、笑顔になる。
ユーリは、目の前に座る。彼の前には、スープはなく、食べないのかと聞けば、お腹が空いていないと返ってきた。
気にしなくていいと言われ、遠慮なくいただくことにする。
「いただきます、そして、いただきます!」
「はい、どうぞ」
久しぶりの食事はおいしく、おいしいと言うと、彼はありがとうございますと、笑みを浮かべる。
初めて、彼の笑顔を見た。あまり、表情が変わらない彼。無理をしていない、柔らかい笑みに、釘付けになっていた。
「ユーリは笑った方がいいよ。とても素敵だ」
その言葉に、彼の顔をから笑顔が消え、顔はそらされ、手で隠す。何か言ってはいけないことを、言ったのだろうか。
「す、すまない」
「いえ……その、あまり笑わないので……ちゃんとした笑みでしたか?」
おかしな質問だ。彼をよく見れば、少し顔が赤い。
「とても素敵な笑顔だったよ!何度でも見たいくらいだ」
素直な感想を述べれば、彼が、また笑ったのが分かった。
「おかしな人ですね」
「そうかな?」
ユーリの笑顔は、本当に綺麗だ。
その笑顔を自分だけに、とはわがままだろうかと思いつつ、スープを味わった。
食事を終えると、彼が差し出してきたのは、書類の束。それは、自分が最初に渡されたもの。
スカイハイに関する書類らしい。
間違いかないか、確認してほしいらしく、間違いがなければ、サインをと。
「……えーと」
書類を読み進めていくが、あまり進まない。
唸っていると、彼が横に来て、説明をしてくれた。
「座ったらどうかな」
椅子をこちらに持ってくると、座って、説明を始める。
間近にある顔。気になって書類どころでは、なくなっていた。
「聞いてますか?」
彼の目が自分を写す。
「え……あ……」
少し怒ったような雰囲気に、慌てて、書類へと目を移す。
「疲れてるなら、後日で構いませんが」
「いや、今すぐやろう!」
彼がわざわざ、持ってきたものだ。早々とやらねば。
「では、その文が……」
説明が再開された。今は、書類に集中することにした。
「終わった……そして、終わりだ……」
キースが最後のサインをし、書類確認が終わった。
記入漏れがないか、ユーリは確認していく。
その間、注がれる視線。気にしないことにした。
記入漏れもない。
書類を整える。
「大丈夫です、お疲れさまでした」
その言葉に、安心したのか、彼が背もたれに体を預けた。
書類を封筒に入れ、鞄へと直す。
時間を見れば、もう日付が変わろうとしていた。
「すみません、長居をしてしまいました」
立ち上がろうとすれば、腕を掴まれた。
「一人にしないで、ほしい」
悲しそうな目で見てくる。
一人にはしないと言ったのは、自分だ。
「……分かりました」
「じゃあ、一緒に寝よう!」
彼が笑顔で立ち上がり、腕を引っ張り、寝室へと歩いていく。
「は?……え?」
一緒に寝よう。その言葉を頭の中で、復唱したが、理解ができない。
寝室のドアが閉められ、我に返った。
腕はもう離されていた。先にベッドに向かっているキース。
「男同士、ですよ……?」
彼を慰めるため、抱きしめたり、抱きしめられたりしたが。
「添い寝してほしいだけだよ」
ベッドに転がったキースは、早くと手招き。
「はあ……」
上着とネクタイは、料理する時に脱いで、外した。シャツがしわになるが、仕方がない。
ベッドまで歩み寄り、失礼しますと、彼の隣に横になる。
少し間をあけて、横になったが、彼に引き寄せられた。
「あの……!」
添い寝ではなく、どちらかと言うと、抱き枕状態。彼から離れようとしたが、腰に回る腕にはばかれた。抵抗として、彼に背を向ける。
「こっち、向いて」
間近に聞こえる声。
「ねえ、ユーリ……お願いだ」
懇願するような声色に負けてしまい、ゆっくりと彼の方へと、体と顔を向ける。
視界には、笑顔のキースしか見えなかった。鼻と鼻が触れ合うか、触れ合わないかの距離しかない。これは、近すぎやしないか。
「おやすみ、ユーリ」
そう言って、彼は額に接吻すると、自分を胸に押し付けた。
頬に彼の胸板が当たっている。そこから、伝わり、聞こえる鼓動に、少し安心する自分がいた。
規則正しく上下する胸、聞こえてくる寝息。
本当に眠ったのかと、驚く。
自分はどうすればいいのだ。彼に胸に押し付けられており、体に回る腕のせいで、離れられない。
動いてしまえば、彼を起こしてしまう。
あれこれと考えたが、眠くなってきて、もういいと、目を閉じた。
5
目覚ましが鳴り、手探りで目覚ましを探していると、近くで動く気配がし、時計が止められた。
近くにあるものが、離れていくのを、掴んで引き止め、引き寄せた。
顔に何かが、あたる。いい匂いがする。
そこに顔を埋めつつ、手に布が当たり、その中へと、手を入れると。
「キース、寝惚けないでくださいッ!」
「へ?」
上から降ってきた怒声に、目を開けると、白い肌。彼の首に顔を埋めていたらしい。
少し顔を離し、見上げれば、彼の怒った顔があった。
「どこに、手を入れてるんですか!」
手を動かせば、人の肌。どうやら、布だと思っていたものは、彼のシャツ。脇腹のところに飛び込んでいる手。
「す、すまない」
そこから、手を退ければ、彼は自分から離れ、ベッドからも出ていき、扉へと向かう。
引き止めようと、謝るが無視され、虚しく扉が閉まる音が、部屋に響いた。
項垂れると、すぐ近くにリボンがあった。彼のリボンだ。それを掴んだ。
ユーリは閉めた扉にもたれかかり、そのまま、力なく腰を下ろした。
寝惚けていたとはいえ、いきなり首に顔を埋められ、脇腹を触られるとは、思わない。
思い出すだけで、恥ずかしい。
顔を赤くしていると、ジョンが目の前に座る。
おはようと挨拶をすると、元気な返事。ジョンを撫でていたが、準備をしなければと、立ち上がった。
彼は謹慎中のため、別にずっと寝ててもいいが、自分は仕事だ。
しわくちゃになっているカッターシャツ。上着を切れば、あまり目立たないだろう。執務室には、着替えがあったはずだ。着いたら、着替えればいい。
広がる髪が邪魔だと、髪をかきあげたが、リボンがないのだと気づき、寝室の扉を見た。
すると、扉が開き、キースが出てきた。
「……本当にすまない!」
彼がしてきたのは、土下座。呆気に取られる。
「寝惚けていたとはいえ、すまなかった!」
「あの、か、顔を上げてください」
近寄り、片膝を付く。
そこまでして、謝られるとは思わなく、慌てた。
彼が顔を上げる。
「き……嫌いになったかい……?」
今にも泣きそうな顔。
「……嫌いには、なっていませんが」
寝惚けてやってきたことだ。あまり、気にしないでおこう。
たちまち笑顔になった彼が、抱きついてきた。
「よかった!そして、よかった!」
何回も抱きしめられているが、やはり恥ずかしい。スキンシップが多い彼には、普通のことなのだろうか。
「あ」
何かを思い出したのか、彼は抱擁を解くと、手を差し出す。リボンが握られていた。
「リボン、忘れていたよ」
「ありがとうございます」
それを受け取り、髪を結わえた。
「そういえば、言ってなかったね。おはよう、そして、おはよう」
「おはようございます、キース」
キースに返事を返すと、ジョンも挨拶するかのように、鳴いた。
なぜか、二人で顔を見合わせ、笑いあった。
キースは謹慎処分が解けると、すぐにヒーローたちに謝罪をした。
皆には、迷惑をかけてしまった。バーナビーには、怪我をさせてしまったし、他のヒーローたちの足を引っ張ったりと。
しかし、皆は、そのことを責めることなく、笑顔で許してくれた。
しかも、戻ってきてくれたことを、とても喜んでくれた。
本当にとても良い仲間に巡り会えたと思う。
「皆にプレゼントがあるんだ」
持ってきた紙袋から、それを取り出し、皆に配る。
「クッキーだ!」
謹慎処分中に、彼と作ったクッキー。ユーリが、これを持っていって皆に謝れと。
それを受け取って、一番、喜んでいたのは、ドラゴンキッド。彼女が一番、楽しみにしていた。
「あら、お友達とは、仲直りできたの?」
ファイヤーエンブレムの言葉に頷いた。
「ああ!そうなんだ。あ、伝言だよ。皆に迷惑をかけましたって」
自分が勝手に不調になったのだが、ユーリは責任を感じていたようだった。
「お前の不調って、マジで友達に会えなかったからなの?」
ワイルドタイガーの問いに、頷く。
「だって、大切な人だからね」
彼は、自分にとっては、なくてはならない存在だ。
「どうしたんだい?」
皆が驚いた顔で、こちらを見ていた。何かおかしなことを言っただろうかと、首を傾げた。
「大切って……その人のこと、好きなの?」
そう聞いてくるブルーローズがなぜか、顔を赤くしている。
「ああ、好きだよ」
彼にも、そう伝えた。
しかし、また言葉にすると違和感を覚える。相応しい言葉ではないのだ。
彼に対する感情は、もっと。
「ちょっとー!どこの誰なのよ!?」
「僕も興味あります!」
「スカイハイの相手か!」
「どんな人?ねえ、ねえ!」
迫ってくる仲間たちに、思考を中断させられた。
「お、教えられないんだ、すまない、そして、すまない!」
彼との関係は秘密だ。
しかし、そう言えど、皆は諦めない。逃げようとしたが、捕まえられてしまった。
「教えろよ!スカイハイ、な!な!」
「観念して、教えなさい!」
「教えない!そして、教えないよ!」
しかし、その攻防は、呼び出し音が部屋に響いたことで、強制的に終了した。
事件を解決し、家に帰ると。
「おかえりなさい、キース」
ユーリがジョンと共に出迎えてくれた。
彼には、いつでも来てくれと合鍵を渡していた。それでも、彼は連絡をしてから、家に来ていた。しかし、今日は何も連絡はなかった。
とても喜ばしいサプライズ。夢にまで見た光景に、本当に夢ではないかと、頬をつねった。痛いだけで、覚めない。
「どうしたのですか?」
不思議そうに見つめてくる。なんでもないと、首を横に振った。
「ただいま!そして、ただいま!ユーリ、ジョン」
全て、現実。
そばに立つユーリに笑顔を向けると、彼は笑顔を返してくる。
あの時から、ユーリは笑うことが多くなった。とてもいいことだ。
この笑顔を見るためなら、守るためなら、なんでもしようと思う。
やはり、彼への感情は、ただの友達ではなく。
自分は、ユーリを。
その気持ちは、まだ本人に伝えないことにした。
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