甘い言葉 1
「ユーリ!」
ユーリがキースの家で、この家の主人を出迎えれば、いきなり彼の体温とこの家と同じ匂いに包まれる。
「お、おかえりなさい、キース」
この行為はいつまで経っても、慣れずに戸惑ってしまう。
「ただいま!そして、ただいま!」
嬉しそうな声と共に、抱きしめる力が強くなる。
友達ごっこが本当の友達になったあの時から、彼からのスキンシップが激しい。前もなかなかだと思っていたが、それ以上だ。
さすがに一緒に寝るという行為は、あれっきりだ。寝惚けてやった行為を彼は、とても反省しているようだ。
家では、儀式のように一番最初には抱きしめられるし、それが終わっても、手を繋がれるし、ソファーに座れば、彼はぴったりと自分にくっつくように座って。肩が触れるくらいだ。
そこから、何をする訳でもないので、気にすることもなくなった。
満足したのか、抱きしめるのをやめるが、手を握られ、リビングへと。この狭い空間で、手を握る必要があるのだろうかと、いつも思う。
「ジョン!ただいま!」
ご主人が帰ってきて喜ぶ愛犬をなでている。
しかし、その間も手は離されない。
事情があり、彼から一度、離れてしまった。
それを恐れての行為だ。
彼は普通の生活もできない状態になってしまった。それは、彼の仕事にも影響し、それは様々なところに飛び火した。
それがなくなるならと、彼の行為を受け入れている。
そして、一人にしないと言ったのは自分。彼から離れる訳にはいかないのだ。
彼からすれば、スキンシップは普通の行為なのだろう。
あの日に会ってしまった時から、よくされているのだ。
ただのスキンシップ。気にすることはない。
ソファーに座る彼の横に座り、手は離したが、代わりに肩を寄せる。彼はそのままで、微動だにしない。
「ワイルドタイガーがまた、壊しましたね」
「犯人は、すぐ捕まえたのだけど」
喋りながら、彼にどう気持ちを伝えようか悩んでいた。
自分は、ユーリが好きだ。それは、友達ではなく、恋愛対象として。
同性にこんな気持ちを抱くのは、初めてだが、彼から離れて自覚した。自分には、彼が必要だと。彼と一緒にいたい、喋りたい、触れたいのだ。
その気持ちは、秘密を知って、あの熱さに触れた時から、少なからずあったと思う。
苦しそうな彼を抱きしめたのも、火傷を隠そうとキスマークを付けたのも、彼を優先して助けたのも、そんな気持ちが奥深くにあったから。
彼のことをもっと知りたいと思い、秘密を黙る条件として、友達となった。
会っていくうちに、様々な面を見ていった。
彼は律儀で、真面目で、優しい人だ。料理を教えてくれと言えば、至極丁寧に教えてくれたし、誘いもあまり断ることもなかった。忙しい身なのに、自分に付き合ってくれていた。
それは、秘密をばらされるかもしれないという強迫観念から来ていたのかもしれないが。
無表情だと思われた顔は、案外、表情豊かで。怒ったり、驚いたり、呆れたり、悲しんだりと。
しかし、笑顔は見たことがなかった。自分といることは、やはり不本意なのだろうかと、不安になったりもした。
けれど、本当に友達となった時に見せてくれたのだ。とても素敵な笑顔を。あれは見た時、この人は、なんて綺麗なんだろうと思った。元から、整った顔立ちだとは思っていたが。
それから、自分の前では笑ってくれることが多くなった。
笑顔を向けられるたび、勘違いしてしまいそうになる。
しかし、彼は自分を友人ぐらいにしか思っていないはずだ。
同性から、こんな気持ちを持たれているとは、夢には思わないだろう。
それを伝えてしまえば、今まで築き上げたものが壊れてしまう不安があった。
また、彼が自分から離れていってしまいそうで、その一歩を踏み出せずにいた。
態度には示しているが、彼が気づく様子はない。
それでもいいと、どこか思っている自分もいるのだ。
彼は男性で、恋人がいるかもしれないのだ。いなくても、好きな女性くらいいるだろう。
それなら、自分に勝ち目はない。
彼に確かめるのも怖く、聞けずにいた。何も知らない方が幸せな時もある。
「キース?」
気づけば、彼が首を傾げ、こちらを見ていた。
「どうしたのですか?いきなり、黙って……疲れましたか?邪魔なら、もう帰りますよ」
何度も首を横に振り、彼が離れないよう手を強く握る。
「い、いや、大丈夫だよ。いてほしい」
少し離れただけなのに、彼の手は冷たい。自分の手の温もりが、少しずつ伝わっていく。こういう風に、自分の気持ちも伝わっていけば、いいのにと思う。
しかし、そんな都合のいいことはないのだ。
「……分かりました」
振り払われない手。
期待してしまいそうな自分がいた。
一人で悩んでも、解決策は見つからず、キースはファイヤーエンブレムに相談してみることにした。
彼は、友達が男性だと知っているし、こういう相手の恋愛の知識は豊富なはず。
トレーニング室で、彼に相談があると持ちかければ、その夜にレストランに行くことになった。
ファイヤーエンブレムがよく来るというレストランに行くことに。
店員に案内されたテーブルに座り、適当に料理と飲み物を頼むと、彼から切り出してきた。
「相談って何かしら?」
「友達のことなんだ」
「あら、仲直りして順調じゃないの?」
関係は良好なのだが、それがまた、やっかいで。
彼に話す。
仲直りした時に、好きだということは伝えたが、自分が表現方法を間違い、友達には、友人としての好意だと受け止められてしまった。
あの時、なぜ、好きと言ってしまったのだろう。違和感を覚えた時に、言い直せばよかったのだ。愛していると。
「彼は、自分を友達としか見ていないんだ」
厄介ねと、ファイヤーエンブレムは呟く。
「しかし、私が気持ちを伝えたら、その関係も壊れてしまうのではないかと……」
「不安?」
その言葉に頷いた。
おまたせいたしましたと、店員が、とてもいい笑顔で飲み物を運んで来てくれた。
それに、お礼を言う。
「相手には、その気はありそう?」
「分からないけれど、最近は、抱きしめても、嫌がりはしないよ」
飲み物を飲んでいたファイヤーエンブレムが、いきなり、むせた。
今の言葉が聞き間違いではないなら、友人の男性にかなり積極的にいっているようだ。
あまり、相談に乗っている意味がないような気がする。
「だ、大丈夫かい?」
「……大丈夫よ」
ナフキンで口許を拭う。
「抱きしめてるって、言ったわね?」
「気持ちを伝えるためにね!」
聞き間違いではないようだ。そこまでされて相手は、本当に気づいていないのか。余程、鈍感なのか。
いや、相手の認識が違うのかもしれない。
「逆効果、かもね……」
それが、友達にとって普通のこととして受け止められていたら、スカイハイが他の人にも普通にしているものだと、思っているのかもしれないのだ。
結果、気持ちが伝わらない。
「なんだい?」
「いえ……相手は嫌がってないのよね?」
「受け入れてくれているけど」
同性にそれをされて、嫌がっていないのに、なぜ、それを答えとしないのだろう。
気持ちがないのなら、そこまでされたら、不快に思うはず。
「……あんた、女性と恋愛したことある?」
気になったことを聞くと、困ったように笑うスカイハイ。
「その前に、ふられてしまうんだ」
彼は、異性とも、まともに恋愛をしていないのだ。
経験不足。気づかない訳だ。
ため息をついたと同時に、料理が運ばれてきたが、手を付ける気分でもない。
「ストレートに伝えてみなさいな。あんたなら大丈夫よ」
スカイハイの彼は、少し抜けているところがあるが、そこも魅力だろう。顔も性格もいい、完璧な人物だ。
恋人にするなら、文句もない。
相手も、どうやら気があるようだし。
「だ、大丈夫だろうか?」
未だに不安そうなスカイハイ。いつもの勢いでいけば、いいものを。
「大丈夫よ。景気づけにお尻、叩いて……いや、揉んであげましょうか?」
手をヒラヒラすると、彼は顔の前で手を振る。
「そ、それは、遠慮するよ……」
遠慮しなくてもいいのよと、笑えば、遠慮してないよと、苦笑が返ってきた。
しかし、ここまでスカイハイを悩ます友達が気になる。
彼は、友達について、かたくなに教えてくれない。知られてはまずい相手なのだろうか。
「で、その愛しい人物は、だーれ?」
スカイハイは教えないと、笑うだけで、料理を食べ始めた。
「お礼にちょっと、教えてくれてもいいじゃない!」
「相談にのってくれたことは、本当にありがとう。そして、ありがとう。でも、教えられないんだ」
ここの料理はおいしいねと、続いていく。
これは、口を割るのは一苦労しそうだと、笑顔で料理を頬張る彼を見ていた。
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