甘い言葉 2
キースは、ファイヤーエンブレムの言葉に従い、告白をしてみることにした。
彼には、嫌われていないのだ。
微かな望みはある。
自分の家にユーリが来れば、二人っきりという状態だ。ジョンはいるが、あまり邪魔はしてこない。
告白できるチャンスは豊富にあるのだ。
ソファーに座り、隣で本を読む彼。その所作が一つ、一つ美しく見える。
寄せていた肩を離し、彼の方に向き直り、名前を呼ぶ。
「なんですか?」
彼は本に栞を挟むと、本を閉じ、こちらを見る。
「ゆ、ユーリ」
「はい」
告白するとなると、妙に恥ずかしくなってきて、言葉が出てこない。彼に見つめられるのは、嬉しいのだが、これも恥ずかしく。
「あ……あ……」
頭に出ている言葉が、出てこない。愛してる、という短い言葉なのに、喉につっかえているようで。
「あい……」
ユーリはただ、蒼い目でこちらを見つめていた。
耐えきれず、目をそらす。
「あい……あいているかい……明日……?」
ようやく出てきた言葉は、なぜか、全然違うもので。
彼がカレンダーを見たのが分かった。あいてますと返事が。自分もカレンダーを見たが、明日は見事に一般的な休日で。自分も明日は、仕事は入っていない。
明日、会う約束を取り付けつつ、本当は違う言葉を伝えたかったのだと、彼に言いたかった。
しかし、彼の顔を見ると、言いたい言葉は出なかった。
その後、何度も告白しようとした。愛していると、恋人になってほしいと。
しかし、自分が言おうとすれば、ことごとく邪魔をされた。
電話、呼び鈴、事件。愛犬にさえも。まるで、告白するなと言わんばかりに。
彼が、何か言いたいのかと聞いてくれたが、その時はまた、違う言葉が出てしまった。
恥ずかしくなり、緊張し、口が動かなくなり、声の出し方を忘れる。
告白とは、こんなに難しいものだっただろうか。
「うまくいってないみたいね」
トレーニングを終え、休憩していれば、ファイヤーエンブレムに声をかけられた。
なぜ、分かったのだろう。自分は何も言っていない。
「顔に書いてあるわよ」
頬を指でつつかれた。
「お友達は、気づいてくれた?」
「全く、そして、全然だよ……」
彼は気づいてくれない。スキンシップは続けているが、効果はまだ現れない。
「一度、引いてみなさい」
「引く?」
「そう。押してばかりだと、相手は気づいてくれないわ。引くことも大切よ」
そう言う彼は、ウィンクをする。
「具体的には、どうすれば?」
少し考えた後に、ファイヤーエンブレムが出した答えは。
「そうね、スキンシップをやめてみなさい」
「……分かった」
彼に触れなくなってしまうのは、寂しいが、少し変化があるのならと、我慢することにした。
「お帰り、ユーリ!」
扉を開ければ、ジョンと共にキースが出迎えてくれた。
「ただいま、キース」
扉を閉め、そこに立っていた。
「……?」
近づいてきた彼が止まる。どうしたのだろうか。抱きしめられるものだと待っていたのだが。
「……早く、入ってユーリ」
彼は、端に寄ると入るよう促す。
今日は抱擁はないらしい。いつもと違うことに違和感を感じつつ、リビングへと向かう。
手持ちぶさたの手。今日は、手も握られていない。
キースを見れば、彼はいつも通りの笑顔を向けてきて、どうしたんだいと、言ってくる。
何もないですと返し、ソファーに座る。
彼が横に座るが、その間が空いていた。
いつもなら、密着してくるのに。何かあったのだろうか。嫌われたのだろうか。
「あの……」
彼の腕に自分の腕が当たる。そうすれば、彼は体を少し跳ねさせ、身を引いた。
「そうだ!聞いてくれないかいユーリ。今日はワイルド君、物を壊さなかったよ!」
「……知ってます、よ?」
ヒーロー管理官という役職では、ヒーローが事件解決までは何をしたかという報告は受けているし、映像に収めたものは、全て見ている。それを彼は知っているはずだが。
「あ、そうだったね。ああ、今日、仕事でね……」
喋り続ける彼。
なぜ、スキンシップをしてこないか、聞いてはいけないのだろうか。
そのことが、少し寂しい。
もうキースが触れてくることは、当たり前のこととして思っている自分に内心、驚いた。
自分から触れてみようかと思ったが、そんなことはしたことがなく、不慣れなことはしないことにした。
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