その目に自分だけを 6

客人のエリナ・ペンドルトンが着き、ジョナサンとディオは二人揃って出迎えた。
アニーは、楽しそうに話しながら階段をのぼっていく三人を見ていた。
友人のエリナも綺麗な人だ。長い金髪とたおやかな雰囲気。少しディオとは違う印象だ。
準備している紅茶とお菓子を運ばなければと台所に向かった。

紅茶とお菓子を持って、三人が集まっているジョナサンの部屋に向かい、扉を叩くと、ジョナサンが出迎え、受け取ると後は自分たちがやるからと早々に扉は閉められた。
扉が開いていた隙間からは笑い声や楽しそうな声が聞こえていたが、今はそんな声が遠い。
きっと中にいるディオは笑顔なのだろう。その顔が見たくてしょうがない。
彼女が紅茶をいれているのだろうか。彼女がいれる紅茶を飲めるなんて羨ましい。
「アニー!」
声をかけられて、体を跳ねさせる。
「買い物に一緒に来て! 一人じゃあ持ちきれないわ!」
近くに来た彼女は持っているメモを見せてくる。びっちりと書かれたそれを見て、無理でしょと言ってきたので同意をすれば、腕をひっぱられ、扉から離れていくことになる。
中にいる三人のことが気になり、扉を見ていたが、もう会話も聞こえない。
大人しくついていくことにした。

時計が鳴り、時刻を告げる。針は五時を示していた。
話に夢中になっていた三人は、空になっているティーカップや皿に気づき、エリナはそろそろ帰ると椅子から腰をあげた。
ディオとジョナサンは見送るためにエリナと共に部屋を出た。

廊下に出たディオは歩くたびに足に違和感を覚えていた。
少し痛みが――と思っていたが、見送りぐらいならできるかと無視をした。
「またいつでも来い、エリナ」
「ええ、またお邪魔するわね。ジョジョの話の途中だし」
「あの話は聞いてもあまり面白くないよ」
最初にジョナサンが階段をおりていき、次に自分が続き、エリナが最後尾で、ゆっくりとおりていく。
一段、一段、おりていくにつれ、足、いや、足首の痛みがはっきりしてきた。椅子から落ちそうになったときに少し捻ったのか。
エリナを見送ったら冷やそうと思いつつ、途中の踊り場から階段を降りたとき。
「!」
足が滑り、段差を踏み外した。体が傾き、前に倒れていく。

アニーは丁度、買い出しのものを引き渡し、玄関ホールに入ってきたところだった。
ディオの体が倒れていくところを見て、叫び声をあげた。前にいたジョナサンが彼女を受け止めたが、そのまま階段から落ちていく。
落ちてきた二人に駆け寄ると、踊り場にいたエリナも階段をおりてきた。
ジョナサンを下敷きにして、ディオは倒れ伏せていた。
「ディオ様! ジョジョ様!」
「ジョジョ、ディオ!」
エリナとともに声をかけると、ディオはゆっくりと起き上がり、ジョナサンは閉じていた目を開けた。
ディオはジョナサンの上から退こうとしているようだ。彼女に手を貸し、床へと移動させた。
「ディオ様、お怪我は?」
「足を……わたしは、それだけ……」
彼女は足首に手をやる。ブーツの上からでは分からないが、落ちたときに足を挫いたのだろう。
ゆっくりと起き上がるジョナサンに手を貸していたのはエリナだった。
「ジョジョ……どこが痛む? 気分は?」
「背中が痛いくらいだよ……」
「どうされましたか!?」
落ちた音か自分の悲鳴かを聞きつけた家の者が集まってくる。
このままではいけないと二人を近くの部屋まで連れていくことになった。

部屋に移動した後は看護婦のエリナが二人をみていった。
ディオは足を挫いており、ジョナサンは背中を強くうっており、少し腫れ、赤くなっていた。
階段から落ちてそれだけですんだことは不幸中の幸いだった。
二人を手当てしたエリナは何かあったらすぐに病院に行くことを念を押して、帰っていった。
足に包帯を巻かれ、歩けないディオを運んだのはジョナサンだった。彼は背中をうっただけだからと彼女を横抱きにし、部屋にまで運んだのだ。
ディオは大人しく、ありがとうと言い、身を預けていた。

「ジョジョ様たちが階段から落ちるなんて……大した怪我じゃあなかったからよかったけど」
「ご友人の看護婦さんがいてよかったわね」
「ディオ様の怪我もすぐ治るらしいし」
仲間たちは食事をしながら、そんな会話をしている。
聞いている自分は食事が手をつけられなくなっていた。
ディオがジョナサンとともに落ちていく場面が何度も脳内では繰り返されていた。しかも、その後に彼に抱き上げられ、身を預けている彼女も。
「!」
持っていたフォークを落としてしまい、それは机で跳ね返り、床に落ちてしまう。
慌てて、それを拾い、余っていたものと取り替えようとしたが、やめる。
「大丈夫? なんか、ぼーっとしてるけど」
心配してくれるなら、そんな話はもうやめてほしいと思う。
「大丈夫です……けど、食欲がないので……すみませんが、もう休ませてもらいます」
「風邪でもひいてるの?」
「いいえ……ひいてません。失礼します」
食べ残しを片付けてから、部屋を出ようとしたが、自分たちがすると彼女たちが言ってくれたので甘えることにし、部屋を出た。
向かったのはディオの部屋だった。
扉をノックし、部屋に入ると、なぜか出迎えたのはジョナサンだった。
そういえば、食事をこの部屋で一緒に取っていた。ディオが動けないから自分もここで食べると言うので、二人分の食事を運んだ。
とうの昔に食事は終わったのに、なぜ、彼がここにいるのだろう。
「やあ、アニー。ディオの見舞いかい?」
部屋の中のベッドには彼女がいて、自分が見ると名前を呼び、笑顔を向けてくる。
「……そうです」
見舞いと言えば、見舞いだ。彼女の様子を見に来たのだから。
頭を下げ、彼の脇を通り、ディオのもとへと行く。
「わざわざ、ありがとう、アニー」
そう言う彼女の顔色は悪くなさそうだ。
「まだ、痛みますか?」
彼女の足は布団の中で見えない。
「エリナが手当てしてくれたから、あまり痛くはないわ」
「ご無理はなさらないでくださいね。なにかご用があればわたしにお申しつけください」
彼女の足は固定されており、誰かに肩を貸してもらわなければ、動けない状態。移動も着替えもなんでも手伝おうと思っている。
「ありがとう」
「ぼくも頼ってよ」
話に入ってきたジョナサンを見上げる。
「ジョジョ、あなた、怪我人でしょう?」
「どうってことないよ」
彼女の世話をするのは自分の役目だと言わんばかりの彼。
彼女の世話は自分の仕事なのだ。奪わないでほしい。彼女の接触できる機会を。
「ジョジョ様のお手を煩わせるわけには」
「気にしないでよ。支えあうのが家族だから」
その言葉に疎外感を感じた。
家族と言っても、ジョナサンとディオは血が繋がっていない、他人同士だというのに。自分と同じなのに。彼女と過ごした年月が長いというだけ。
きっと抱いている気持ちは負けていない。
「何かありましたら、わたしに……!」
彼女の手を握り、彼女の目を見つめる。琥珀の目が見開かれ、そこに自分だけがうつる。
「わ、分かったわ……ありがとうね、アニー」
「いえ……お休みの中、失礼しました……」
彼女の手を離し、頭を下げて部屋を出ていった。


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2017/3/1


BacK