その目に自分だけを 5
今日はエリナが訪ねてくる。ジョナサンが会うのは久しぶりだ。用事があって、すれ違っていたのだ。
そのことをディオに伝えれば、呆れた顔をされた。
エリナと一緒にいるときの彼女は自分といるときより穏やかで笑顔も多い。友人の中で唯一、気を許している人物でもある。楽しそうな彼女を見ているのはこちらも嬉しいのだけれど。
「それを言いにわざわざ、わたしのところへ来たのか。暇なやつだ」
ディオは本棚に向かいながら、付き合ってられないと言う。
それだけではない。彼女の勘違いも、とかなければとやってきたのだ。
なぜか、ディオは自分はエリナのことを好きだと思っている。
いや、好きは好きだ。それは友人としてだが。大人になってとても綺麗になったし、幼いときのまま、穏やかで優しい。
しかし、自分はディオのことを愛していて。どれだけ嫌われていようとも。
気持ちを伝えようとはしていたが、彼女は自分を目の敵のように接してくるし、伝えてしまえば、もっと嫌われてしまうのではないかと不安だったのだ。
しかし、父が病で亡くなり、当主になってからは、そんなことを悠長に言ってられなくなった。自分に気に入られようとする女性は増えたし、彼女のことを狙う男性も前より増えている。
今はジョースターの地位を確立させることを優先はしているが、努力が実を結び、地盤ができてきた。
後は自分の身を固めるだけだ。
「ディオ」
「なんだ?」
彼女は本棚を眺めている。聞き流されるかもしれないと開けた口を閉じた。
上の方を見ている彼女は背伸びをして、本を取ろうとしていた。彼女は背が高いが、そこまでは届かないようで指が背表紙に触れているだけだ。
「これかい?」
彼女のそばまで行き、本を抜き取る。本を差し出したが、彼女は不機嫌そうな顔をしていた。
「なんだ、自慢か」
「そうじゃあないよ」
彼女は自分の横をすり抜けると、椅子にのぼる。
「わたしを見下ろして優越感に浸るんじゃあない!」
彼女は自分を上から見てくる。
ディオは昔から自分に対抗心を持っている。彼女は自分より秀でていることの方が多く、それを自分も周りの者たちは認めているが、性差に劣等感を持っている節がある。
些細なことだと自分は思っているけれど。そういう世間の目が未だにあることが問題のなのだが。
「優越感になんて浸ってないよ」
持っている本を机に置き、椅子の上で腕組みをしている彼女に近づいていく。
「危ないから、おりなよ」
「ふん、おまえが部屋から出ていったらおりてやる」
突然、扉が叩かれ、扉が開いていく。そちらに気を取られたのか、彼女の体が大きく傾いた。
「ディオ!」
腕を伸ばし、彼女を抱き止めると、椅子が音をたてて倒れた。
扉が開き、入ってきたのは使用人のアニーだった。自分たちを見て困惑しているようだ。
「……ジョジョ、おろせ!」
彼女が肩を叩いてくる。
「あ、ああ、でも、大丈夫? 怪我は?」
足をひねっていないかと心配するが、叩かれる痛みが増すだけだ。
「大丈夫だ! さっさとおろせ!」
彼女をゆっくりとおろすと、こちらを非難するような視線がやってきた。彼女が危なかったのだけど、それを言えば、自分が本を取ったことを言われるのだろう。肩をすくめるだけにした。
ディオはスカートを払ってなおすと、アニーの勉強の時間だと言う。
彼女はアニーに勉強を教えている。珍しいことでもない。今、使用人をしている者、していた者の中には、彼女に字や計算を教えてもらっていた人はいる。
アニーは貧しい家庭から来たらしく、彼女は自分に重ねてもいるのだろう。
倒れた椅子を元に戻し、じゃあまたと声をかけ、部屋を出ていく。
「勉強、がんばって、アニー」
彼女とすれ違ったときに、彼女が頭を下げる瞬間に目があった。
その目の色に少し寒気がした。
ジョナサンが出ていき、ディオはアニーと二人きりになる。気まずい雰囲気を振り払うように彼女に声をかける。
「さあ、アニー、始めましょう」
いつもの場所に椅子を持っていこうとすると、アニーが近寄ってきて自分で運ぶと申し出てくれた。
椅子を彼女に任せ、勉強道具を用意し、ジョナサンに取られた本を手に取り、アニーのところへと戻った。
「あの……ディオ様」
「なに?」
椅子に座ると、横に座る彼女が何かを聞きたそうだった。
「ディオ様は……ジョジョ様が……好きなのですか?」
不躾な質問に面食らってしまう。
「え……ま、まあ……嫌いではないわ。家族だもの」
素直に嫌いだと言ってしまえば、心証が悪くなる。喧嘩をしているところを周りには見られてはいるが、喧嘩するほどなんとやら、だと思っているのだろう。
「ジョジョ様は……ディオ様のことがとても大切なようですが……」
「妹、だからじゃあないかしら。ジョジョが好きなのは違う人だもの……もう、みんな勘違いして……」
彼が好きなのはエリナだ。彼は自分には妹としての愛情があるだけだ。今は父が亡くなり、血が繋がっていないが、家族である自分を心の拠り所としている節がある。
だから、兄として、家族として接している。嫌々だが。
「あの……!」
またアニーが何かを聞きたそうに声をかけてくる。
「わ、わたしのこと、は……?」
彼女は顔を真っ赤にしてうつむいてしまっている。
「好きよ、アニー」
自分の教え子としては優秀であるし、仕事も不馴れながら頑張っている。仕事も勉強も必死に頑張っている彼女には好感を持っていた。
「ほ、本当ですか……!」
彼女は顔を上げ、嬉しそうに笑い、手を握ってくる。
感極まったのか、なぜか涙を流し始めたので驚いてしまう。
アニーはディオの言葉に嬉しくてしょうがなかった。目からは勝手に涙がこぼれていく。
「アニー!?」
「す、すみま……せん……」
涙を拭いながら、謝ることしかできなかった。嬉しいのだから笑顔を浮かべたいが、涙は止まらない。
手を離し、涙を拭っていると、引き寄せられ、ぬくもりに包まれた。彼女に抱きしめられているのだと分かって、また涙を流した。
「泣くほど嬉しかったのね」
彼女は自分を宥めようと背中をさすってくれる。
優しくされてくれていることがとても嬉しかった。今はこのぬくもりも、声も、体も自分だけのもの。自分にしか向けられないものだ。
彼女の背に手を回す。ずっとこうしていたい。誰にもこの人を渡したくない。ただ自分だけを見てくれればいいのに。
アニーが泣きやんだときには、もうディオたちの客人が来る時間が迫っており、勉強は明日の持ち越しとなってしまった。
アニーは目を赤くしながら、仕事に戻った。同僚たちに何があったのかと心配されたが、嬉しいことがあったと笑い、いつもと変わらずに仕事をしていた。
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