笑う者 泣いている者 4

「ここか?」
「情報だとな」
「本当に人が住んでんのか?」
人の気配がしない屋敷を見上げる男が三人。太陽が見下ろす中、一人の男が呼び鈴に手を伸ばした。

「……!」
廊下を歩いていたディオは聞こえた音に反応する。久しく鳴っていないその音。ここを訪ねてくる者などいないはずだ。もしかしてと、ある人物を予想したが、こんな人間らしいことをするはずがない。
「誰か来たみたいだ」
いつの間にか、ジョナサンがそばにいた。彼も音を聞いたのだろう。
「おまえは奥にいろ。昼間だからな」
扉を開けることは少なからず日光を入れてしまう。
「何かあったら、すぐ呼ぶんだよ」
「ああ」
頷いて玄関に向かう。

扉に近づけば、話し声が聞こえた。三人分の男の声。気配を消しながら、耳をそばだてる。
「ジョナサンがここにいるって聞いたんだよ」
「ガセじゃあねえのか」
「俺も聞いたんだぜ。同じ顔をした男がここにいるって」
聞こえた名前にジョナサンの知り合いだと分かったが、警戒は緩めない。


帰ってくる予定の日にジョナサンは帰ってこなかった。そんなこともよくあったため、あまり心配はしていなかった。そんな時は手紙がきたのだ。
無事と帰りの遅れを知らせる便り。今回はそれがなかったのだ。待てど暮らせど。
さすがに心配になり、何かトラブルに巻き込まれたのだろうかとジョセフは彼を心配していたシーザーと兄が飛び出すきっかけを作ったスピードワゴンも巻き込み、ジョナサンを探した。
意気揚々に吸血鬼などという幻の生物を求めていった彼を。
スピードワゴンの情報を手がかりにこの町に行き着き、自分と同じ顔の男が来なかったかと聞いて回れば、すんなりとこの屋敷にいることが分かった。
「おい」
扉越しに声が聞こえ、ジョセフは扉により一層、近づいた。
「おれはジョセフ・ジョースター。ここに、ジョナサン・ジョースターはいるか!?」
「ああ、いるぞ」
聞こえる声は紛れもなく、女性だ。
「……この屋敷の女主人か」
横にいるシーザーが少し嬉しそうだ。女好きである彼は本当に探し人を求めているのか、甚だ疑問だ。この屋敷には美しい女性が住んでいるとも聞いていた。
それを聞いたシーザーが、目を輝かせたのを見ている。
「俺はジョナサンの弟だ。会わせてくれ!」
扉を叩くとスピードワゴンが制してくる。開けるものも開けられないと。扉から少し離れるとゆっくりと扉が開いた。
昼間だというのに、中は驚くほど暗い。ぽっかりと開いた大きな口のようにも見えて、足を踏み入れれば、食べられそうな。そんな恐怖を感じていたが、こちらは三人もいるのだ。何かあった時は対処できる。
他の二人とも顔を見合わせ、中に入った。

入口からの光で屋敷の中は見えたが、異様だった。窓と言う窓は全てが布に覆われており、光を拒んでいた。代わりにと壁には小さな明かりたちが揺らめいている。
「扉を閉めろ」
ランプを手に彼女は立っていた。二階に続く階段の前で。明かりに映し出される屋敷の主人は、噂通りの美女だ。長い金髪が灯に照らされ、周りが光っているようにも見える。
しかし、美しい薔薇には棘があるものだ。警戒を怠ってはいけない。それは二人とも分かっているのか、動かない。
「わたしはこれしか持っていない。しようにもできん」
警戒を解かすためか、彼女は手に持つランプを見せ、持っていない方の手のひらを見せてくる。
「スピードワゴン、閉めろ」
彼女から視線を外さないまま、彼に言うと扉がゆっくりと閉めていく。彼女はランプを持ったまま動かない。扉が完全に閉まると周りの闇が深くなる。圧迫感を感じてしまい、少々、息苦しい。
明かりがあるとはいえ、なぜ、彼女はこんな所で平然としているのだろう。
「さて……来い、ジョナサン。弟たちが、待っているぞ」
彼女の横に突然、彼が現れる。来た気配も足音もなかった。最初からそこにいたように。驚いていたが、久しぶりに見た兄の姿に声をあげる。
「兄貴!!」
「ジョナサン!」
「ジョースターさん!」
彼は何も変わっていなかった。見送った、あの時と同じ。
しかし、明かりに浮かび上がった目は悲しげで。
「わざわざ、会いに来てくれたようだぞ」
隣にいる彼女は彼を見ながら微笑む。
「手紙、来なかったからさ。心配したんだよ、無事でよかった……」
安心したと笑い、彼に近づいていく。
「来ないでくれッ!!」
予想もしていなかった言葉に呆気に取られてしまい、足を止めてしまう。
「な、何、言ってんだよ……!?」
「おれたち、あんたを探してたんだ!」
二人にも、予想外のことだったのだろう。動揺している。
「帰ってくれ」
何かを諦めてしまったような、虚しさを含む声色。
「ぼくは……帰れない」
帰れないも何も、彼の家はあそこだ。帰る場所なんて、一つしかない。
「なんでだ!?」
理由を言えと言えば、口を開き、何かを言おうとしていたが、口を閉じ、目を閉じて視線を外された。
その横では、その様子を見て、おかしそうに笑う女。
「……! その女が何か……」
彼女は何かを知っているのが分かり、睨む。
「その女性に惚れたのか?」
シーザーの言葉に彼が目を開く。分かりやすい反応だ。
「なら、連れて帰ればいい」
その通りだと頷いた。こんな暗い屋敷より、あの明るい屋敷の方がいいに決まっている。ジョナサンは泣きそうな顔になり、首を横に振る。
「駄目、なんだ。ぼくは……ぼくが……」
彼は言い淀む。その言い方はさも自分に原因があると言いたげだった。いきなり、視界に光るものが見えた。彼女はいつの間にか、手にナイフを持っている。
「人間ではなくなったと」
笑いながら、彼女は腕にナイフを突き刺す。
「なっ……」
彼女の言動の不可解さに頭がついていかない。
「教えればいい」
ナイフを引き抜けば、血が溢れ、垂れていく。こちらにまで、鉄臭さが漂ってくる。
「昨日は飲んでいないよなぁ?」
ジョナサンは目の前に差し出された赤い液体を垂れ流す腕を見て、嬉しくてたまらないというような笑顔を浮かべていた。彼の顔が近づき、腕を覆う布を剥ぎ取ると出された舌が、その血を舐めた。
次には口を開け、鋭く大きくなっている牙でその腕に噛みつく。喉が動くのが見え、飲んでいるのだと理解した。彼は血に夢中になっているようで、こちらの存在を忘れているようだった。
「きさまらが知っているジョナサン・ジョースターはいないぞ」
彼女は嫌がることも怖がることもなく、ただ血を吸われていた。
「吸血鬼……」
まさしく、口から溢れた言葉は、それを表していた。
血を無我夢中で飲む姿は伝え聞いた吸血鬼そのものだ。
「兄貴……! ジョナサン!!」
そんなはずはないと名前を呼べば、彼はようやくこちらを見る。笑みを浮かべ、口の回りには血を付けながら。
彼を怖いと思った。それは怒られたときや、喧嘩をして殴り合いになった時の怖さではない。初めての怖さだった。

見ていた視界が段々とはっきりしてきて、ジョナサンが最初に認識したのはジョセフの表情だった。口の中の味と口元に触れると濡れていた。彼の表情からも、自分が何をしたのかが、一目瞭然だった。
あの時とあの夢と同じ目で、彼はこちらを見ている。
「……ジョセフ、そんな目で……見ないでくれ……」
だから、会いたくなかったのに。こんな姿を、家族たちには見せたくなかった。自分が、化物だと嫌でも思い知らされるから。
「っ……!」
その視線に耐えきれなくなり、その場から逃げた。視界が滲んでいく。

いきなり、ジョナサンがいなくなり、ディオは一人、残された。逃げたのかと何も映さない闇を見ていた。
「ジョセフ!」
彼らに視線を戻せば、弟は屋敷から飛び出していき、それを金髪の男が追いかけていく。
「シーザー!」
帽子を被った男は二人を追いかけようとしたが、何を思ったのか立ち止まり、こちらを見た。
「また来るからな! ジョナサンに伝えとけ!」
それだけ言い残すと彼は飛び出していった。開けっ放しの扉を閉め、鍵を閉めて、彼を探す。部屋に入れば、ソファーに項垂れた彼がいた。
「また来ると言っていたぞ」
「……会いたくない」
彼の目の前に行き、頬に手を添え、上に向かせると彼は泣いていた。
「あんな目で……見られたくない……嫌だ……」
彼は自分を抱きしめると胸に顔を埋めて、さめざめと涙を流す。自分以外の人間に彼の正体がバレたのは初めてで、しかも、彼の家族たちだ。このことに堪えているらしい。
ジョナサンの家族たちはどうするのだろう。あの屋敷には化物がいると町の連中に言いふらすのだろうか。余所者の妄言だと信じてはくれないだろうが。
それとも、彼をここに置いていくのだろうか。あの発言からして、あの男は諦めてはいないようだが。どれを選ぶのだろうか思いながら、彼の頭を抱き、撫でていた。


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2016/06/01


BacK