笑う者 泣いている者 5
ディオの首筋に牙を立てようとしているジョナサンの動きが止まり、いきなり顔をそこから離し、扉を見た。
「き、た」
こんな夜遅くに訪ねてくる者はあの三人しかいない。帽子を被っていた男の言った通り、また来たようだ。昨日の今日。もう夜更けだ。来ないものだと思っていたのだが。
「無視するか?」
今は彼の食事中だ。だから、ベッドに押し倒されている。
「ジョセフなら……扉を壊して入ってくるだろうね」
「それは困る」
屋敷のものは壊されたくはないし、入口を防ぐものがなくなれば、太陽も人も拒めなくなる。
「おまえは会いたくないんだな?」
起き上がらせてもらいつつ、問えば、彼は頷く。
「追い返してこよう」
ナイトドレスの胸のところの紐を取り、谷間を見えるまではだけさせる。
そのまま、部屋を出ようとすれば、止められる。せめて、なにかはおってくれないかと。
「セックスをしている途中だと分かれば、帰るだろう」
彼はその言葉に顔を赤くする。
「い、いや……あの……」
「しないのか? まあ、どちらでもいいけどな」
彼を残して部屋を出た。
呼び鈴を鳴らし、扉を叩いていたが、入口が開くことはない。ジョセフは窓から侵入しようと提案するが、盗人みたいなことはやめろとシーザーやスピードワゴンに止められた。
遅い時間のため、寝ている可能性の方が高いのだ。出てこなくても不思議ではない。
今日は諦めて帰り、また朝に訪ねればいいと言われたが、ジョセフは首を横に振る。早く迎えに行かなければ、ならないと。ジョナサンの存在が、もっと遠ざかっていく気がすると。
「おれが迎えにいってやらないといけねえんだ」
近くで鍵が開く音がし、三人は扉を見た。
ゆっくりと開き、質素なナイトドレス姿の女主人が出てきた。
「無粋な奴らだな」
唾を飲み込むほど、彼女は色香を漂わせていた。少し乱れているその姿は胸のところの紐がとけ、谷間まで見えていていた。三人の視線が釘付けになっている。
「食事中だ。要件なら明日、聞こう」
「め、飯……?」
食事をしていたような雰囲気ではない。
「ジョジョのだ」
彼女は少し乱れている髪をかき上げた。やはりと彼らは思った。彼女は情交をしている最中なのだ。
「あと、ジョジョから伝言だ。会いたくない、とな」
閉められていく扉を手で止める。
「おれは、会いたいんだ」
彼女は離せと視線で言うが、力を込めて拒否を示す。
「邪魔なんだよ!」
ジョセフは、扉を閉めようとする彼女の体を力任せに押す。それは抵抗もなく、ふらりと後ろに倒れていく。
「あぶなっ……」
シーザーが腕を差し出したが、違う腕が彼女の体を受け止めた。
「兄貴!」
ジョナサンが、いつの間にか立っていた。
「帰ってくれ」
ジョセフが近寄ると彼はディオを離し、ジョセフの胸ぐらを掴み、体を軽々しく片腕で持ち上げ、外へと放り投げた。それは驚いていた二人も、文字通り、放り投げられた。
「ジョナサンっ!」
「な、何すんだ、ジョースターさん!?」
目を白黒させて、彼らはそれをした人物を見上げた。ジョナサンはラグビーをしていたとはいえ、然程、体型が変わらない男性を片腕で持ち上げることはできないはずだ。しかも、涼しげな顔で、まるで小石を投げるかのように。
「もう来ないでほしいんだ。ジョセフ、シーザー、スピードワゴン。ぼくは大丈夫だから、帰って」
扉が音を立てて、閉められた。呆気に取られていたが、ジョセフは立ち上がり、扉を叩く。
「なんでだよ、ジョナサン!」
しかし、その扉が開くことはなかった。
ディオは叩かれる扉を見ていた。壊されるのではないかと不安だったからだ。その前では項垂れているジョナサン。どうして、出てきたのだろう。会いたくないと言ったのは彼なのに。
扉が叩かれなくなり、静かになる。まだ扉の前では話し声もしていたが、それもしなくなった。
「戻るぞ。飯がまだだろう」
彼の頭が微かに揺れ、ふらりとこちらに来た。暗くて表情は分からないが、どうせ、泣きそうにでもなっているのだろう。手を掴み、部屋へと向かう。手が痛いくらい掴み返してきた。
ジョナサンが腹を満たしてからは抱かれるものだとディオは思っていたが、自分を抱きしめ、胸に顔を埋め、ベッドに寝転がっているだけだった。
「しないのか?」
「……しない」
「わたしは寝るぞ」
「うん……」
頭を抱いて目を閉じる。体温が奪われ、体が冷えていく。いつまで経っても彼の体があたたかくなることはない。
その冷たさも心地がいい。あまりにも寒いと人は眠ってしまうらしいが、それと同じだろうか。
意識を手放す前に、ジョナサンの身内を思い出していた。
彼らはまた来るのだろう。ジョナサンを取り返しに。
彼を渡す気はない。これは自分のものだ。彼らのジョナサンは死んだのだ。今は自分だけの――。
ディオは浮かんだ感情を感じないように意識を手放した。
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