笑う者 泣いている者 2
部屋で一人、過ごしていたディオは、時間を見て、またジョナサンの横で寝ようと立ち上がった。ナイトドレスに着替え、彼の部屋へと向かう。
寂しいわけではないが、最近は彼と一緒に寝ている。
自分の横でジョナサンは一人で我慢大会をしているのだろう。別に襲われれば、抵抗などしない。したくてもできないだろう。
自分の願いを叶えるため、彼は人間をやめさせられた。少し、その礼をしてもいいだろうと考えているだけだ。
金なんて、坊っちゃんの彼が欲しがる訳はないし、彼の知識欲も満たされている。食欲は血を、睡眠欲はないし、後は本能である生殖行為、性欲だ。
この体なら彼は十二分に満足できるだろう。ありがたいと思うべきだ。この豊満な体を抱けることを。多少乱暴にされても、壊れはしないし、痛みを快楽に変えろと命令すれば自分にも負担はかからない。
もうこちらから襲う方が早いだろうか。服を脱ぎさって迫れば、彼も抵抗はしてこないだろう。
ジョナサンの部屋の扉はすんなりと開き、部屋の中の光景が目に飛び込んできた。彼はベッドの上で顔を赤らめながら、自慰をしていた。
上半身はシャツ一枚残し、下半身は当たり前だが、何もはいていなかった。余程、その行為に集中しているのか、彼はこちらに気づいていないようで。
男ならそれくらいするだろうが、実際の行為を見るのは初めてで動揺して固まっていた。
「ディ、オ」
自分の名前を呼んで、彼は射精し、荒く息をしていた。
ゆっくりとジョナサンはこちらを見ると目を見開いたまま、自分と同じように固まってしまった。
ジョナサンはうつむいた。ディオを視界に写さないことが精一杯だった。行為に集中し過ぎて、彼女が来る音を聞いていなかった。しかも、鍵をかけ忘れていたようだ。
そばにある、キルティングケットで下を隠したが、遅い。していたところを見られた。言い訳なんて出てこない。できやしない。
「ジョジョ」
彼女が近づいて来たのが分かったが、顔を見れずにうつむいたまま。何か言おうと様々な言葉を思い浮かべたが、口が動かない。
「おまえも男だ。自慰くらいするだろうが」
淡々とした声が怖い。
「なぜ、そこまでしていて、わたしに手を出さない? オカズはわたしなのだから」
名前を呼んだのも聞かれていたのだろう。ベッドが軋み、彼女が一層近づいてきた。顔に両手が添えられ、上を向くことになり、彼女を見ることになる。
「さあ、命令しろ」
彼女は真剣な目でそう言う。我慢などもうできなかった。萎えていた性器も彼女に直接、触られたわけでもないのにたっている。彼女をベッドに押し倒す。
「君を……抱きたい」
「……そこは、抱かせろと言え。このマヌケ」
彼女は呆れてそう言うだけで、嫌がる素振りも見せない。嫌ではないことが分かり、自分は嬉しかった。
次にディオが目を覚ますと鳥の鳴き声が聞こえ、下半身だけ服を身につけたジョナサンが自分を見下ろしていた。
「おはよう、体は大丈夫?」
「ああ」
体に痛みも違和感もない。丈夫な体だ。一晩、抱き続かれても壊れはしないだろう。体も綺麗になっているのは見なくても分かった。
「着られる?」
差し出されたアンダードレス。わざわざ、自分の部屋から取ってきたのだろう。
起き上がり、それを受け取る。体を覆う布を取れば、彼が視線をそらした。昨夜、散々、見ただろうに。何を今更、顔を赤くしているのか。それとも、したことを思い出しているのだろうか。
ドレスで裸体を覆い、彼を見る。
「ご飯、食べる?」
シャツを着ながら、問われた言葉に首を横に振る。
「……それより」
腹はまだ空いていないし、先に確かめたいことがあった。
「あれは、うわ言か?」
「あれって?」
彼は首を傾げる。
「愛していると何回も言っていただろう」
確かめなければ。彼自身の言葉なのか。
「……ぼくは君が好きだよ」
彼は恥ずかしそうに笑うのを見て呆れてしまう。
「食料としてだろう」
食欲と性欲の捌け口なのだから、そう思うこともあるのだろう。そんな心情を持ってもおかしくはない。餌がこんなに美しく魅力的なのだから。
「違うッ! ぼくは君を、君自身を愛しているんだ」
彼は強く否定する。そうしなければいけないというように。
「勘違いだ。おまえを吸血鬼と知っているのはわたしだけだし、血を欲す本能がそう思わせるだけだ」
彼はたぶん、寂しがり屋なのだろう。独りになることを恐れるあまりにそんな想いを作りあげてしまったに違いない。
「ディオはやっぱり、ぼくが嫌い?」
彼は悲しそうに問う。やっぱりと付けられたのは吸血鬼にしたことか、その当初に彼をもてあそんだことか。彼は嫌いとか好きとか、そんなことではなく。
「……さてな」
彼は条件にあった人間で、今は必要な存在。ただそれだけ。自分も勘違いをしてはならない。
「命令をして、聞き出せばいいだろう」
自分のことをどう思っているか、そう聞くだけで口は勝手に喋るだろう。
「……やめとくよ」
彼は弱々しく首を横に振る。
「でも、ぼくは君が好きだから」
言葉にするのは暗示か何かか。
「一緒にいてほしい」
隣に座った彼はベッドの上に置いてある手に手を上から重ねてきた。
ジョナサンとディオは一緒のソファーに座りながら、本を読んでいた。
カーテンから漏れる光もなくなったのも、気づかないほど、彼らは夢中になっていた。
元から暗いこの部屋にはディオのために、いつでも明かりが灯っているため、感覚が鈍っているのもあった。
「今日は吸わないのか」
ディオの言葉にジョナサンは彼女の方へと視線を移す。
「あれ……?」
いつもなら、渇きがくるのだ。こんな近くで彼女がいれば、香りに誘発され、嫌でも渇きを覚えるだろう。
しかし、今はそれがない。
「うん。空いてないから」
彼女は本を閉じ、机に置くと自分へと近寄り、見つめてくる。まるで、目の奥にある欲を覗き込もうとしているように。
「やりながら、飲んだからか? いや、性欲を満たしたからか……」
恥ずかしげもなく言われた言葉に自分が恥ずかしくなる。
「あのときの血はうまかったか?」
彼女はにっこりと笑う。おいしかったと言えば、またそうさせてくれるのだろうか。不純な考えだと頭からかき消したが、舌はあの味を思い出し、少しだけ渇きを覚える。
「ディ、オ」
渇きを感じたら、歯止めはきかない。持っている本を投げ捨て、彼女をソファーに押し倒す。
「よほど、うまかったらしいな」
彼女は抵抗もせずに、おかしくてたまらないというように笑うだけ。花の蜜に誘われた蜂のように、自分は抗う方法は知らずに彼女へ溺れていった。
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