化物と人間 9


ジョナサンから血を催促してくることはなかった。ディオが飲めと言っても、首を縦に振ることはなく。
その様子にディオは呆れていた。
早く現実を受け止めろと何度も言っているのに。
吸血をしなければ、彼も自分も死んでしまうのだ。
苛々しながらも、買い込んだ食料を整理していた。
計画をする前日、外に行かなくてもいいように、買い込んだのだ。
「くっ……」
箱、一つ一つ動かすのも一苦労だ。人間だとこれだけの力しかでないのか。酷く不便だ。
「っ!」
バランスを崩し、倒れてしまった。箱がひっくり返り、中に入っていたものが回りに散乱している。
「どうしたんだい!?」
ジョナサンが壊すような勢いで扉を開け、入ってきた。壊れたら面倒だ。あまり、この屋敷に人はいれたくはないのだが。
扉の心配をしていると、ジョナサンが自分を起き上がらせる。
「大丈夫かい?怪我は?どこか痛くないかい?」
妙に心配している彼は、確認するように体を触ってくる。
「わたしは大丈夫だ」
吸血鬼の餌となっているこの体は、怪我をしてもたちまち治してしまう。
壊れにくい体だ。
しかし、今は痛みも何もない。
立ち上がり、散乱した物を拾う。ジョナサンも拾い、それを箱に戻した。
その箱を持ち上げようとすると、その前に彼が抱えてしまった。
「力仕事ならぼくに」
どこに運べばいいのかと聞いてくるので、あっちだと言えば、彼は運んでいく。
まだある箱を持ち上げていると、彼がその箱を奪う。
「君にはこれは重いだろう?」
「運べる」
「君はただの女性なんだ。ここはぼくにまかせてよ」
ただの女性という部分を彼は強調してきた。
自分は人間になり、前のように運べなくなっている。
彼にそこを任せることにし、その部屋を後にした。
まだ、やることはあるのだ。

書庫に向かい、どこかにレシピがあったはずだと、探していた。
作れるレパートリーが少ないのだ。あまり、食べることにも興味はなかったから。
母が参考にしていたものが、どこかにあったはず。
脚立に乗り、本を探す。本を何冊か抱えつつ、探していたが、腕が疲れてきたので、一度降りることにする。
すぐに疲れてしまう。本当に不便だ。
「……はあ」
本を置き、少し休憩する。部屋を眺めるだけでは暇なので、置いた本を読むことにした。
料理の本が何冊かあることに驚きだ。この屋敷の前の持ち主は、どんな人物だったのだろうか。
本を閉じて置くと、また脚立をのぼる。
また腕を伸ばし、本を取った。

本を持ち書庫を出る。抱えている本の冊数が多いため、一歩踏み出すだけで体が揺れる。
「あ」
一冊、本が落ちていくと、それに続くように本が次々と落ちていく。
床に散らばる本。
音を聞きつけたのか、ジョナサンがやってきた。
「何度も言っているじゃあないか。君は、人間で女性なんだ!無茶はしないでくれ!」
怒りながら彼は散らばった本を拾っていく。
「人間……女性……」
人間になってから日が浅いため、あまり実感していない。
「……体は丈夫かもしれないけど、無理はしないでよ」
彼に吸血鬼としての自覚をしろと言ったが、それは自分もだ。
人間という自覚をしなければならない。もうこの体には、吸血鬼の血は流れていないのだから。
これくらいと思っていたものでも、今は持てないのだ。
「その本を、わたしの部屋に運んでくれ」
「分かったよ」
積み上げられた本を彼は、片手で持っていた。

前みたいな無茶はしなくなった。
持てないことが分かると、すぐにジョナサンを呼んだ。
彼を呼べば、屋敷内ならすぐに来てくれた。
なぜ、すぐに自分のところに来れるのだろうと不思議に思い聞いてみたが、声は届いているらしく、場所は匂いで分かると。
彼とかくれんぼをしても、すぐに見つかってしまうのかと、的外れなことを考えていた。

血を吸わずに三日が経とうとしていた。
日を追うごとに、ディオから香る匂いは、凶悪なものに変わっていた。
それは、屋敷のどこへいても自分の所へと流れてくる。
力仕事は自分の仕事のため、彼女に呼ばれれば、行かなくてはならない。
そのたびに、大丈夫だと言い聞かせ、彼女のところへと行く。
「これを……」
彼女が何かを言っているが、頭に入ってこない。
甘い香りと、金髪に隠れている首筋に釘付けになる。
羽交い締めにし、肌に噛みつきたい衝動が体を襲う。
目を閉じ、彼女に伸ばしそうになる腕を痛いほど握り、押さえる。
血なんて欲しくないと呪文のように繰り返し唱えながら。
「おい、ジョジョ!」
目を開けると、ディオが自分を覗き込んでいた。
「聞いているのか?」
「ご、ごめん。もう一度、言ってくれないかい?」
「お前は……」
ため息をつき、また説明を始めた。
今度は、彼女の言葉に集中する。


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2013/07/23


BacK