化物と人間 10
空腹を覚え、そろそろ食事にするかと、立ち上がると、部屋の扉が開いた。
ジョナサンが立ち、うつむいている。
その体が揺れると同時に、自分の体が浮いた。
「……!?」
彼に肩に担ぎ上げられていた。移動したところなど、何も見えなかった。
ベッドに歩いていき、乱暴におろされ、ベッドに寝転ぶ形となる。
急性な行動に、戸惑っていた。
耳に雄叫びが聞こえ、それが彼の声だと理解するまで、少し時間を要した。
獣に近い声だった。
彼が覆い被さり、胸に鋭くなった爪が立てられ、布ごと肌が傷つけられ、血が出てくる。
痛みに顔をしかめていると、血を追いかけ、肌に舌が這っていく。
この体はすぐに傷を塞いでしまう。血が出なくなると、牙を突き立てられた。
血を吸われている間も、彼の爪が服を破り、体を傷つけていく。
胸から口が離れていくのが分かり、彼を見れば笑っていた。
とても楽しそうに、とても嬉しそうに。
彼は狂ってしまったのだ。餓えの限界がきて、理性が崩れた。
頭には血のことしかないのだろう。血さえ飲めればいい。相手がどうなろうが関係ない。
これが吸血鬼の本質だろう。
吸血鬼の餌となった時の恩恵は、暴走した時に殺してしまわないようにする処置に過ぎない。
あの優しかった手は、今、自分の体を傷つけて赤く染まり、それを舐めている。
さながら、獣のようだと思った。
彼がいきなり、舐めるのをやめた。
その手を見つめたまま、動かない。
ジョナサンは目に映るものを信じられなかった。
手が赤い。指の先まで。
先程までの記憶がない。
部屋に戻って、渇きに抗っていたら、暗転した。その後の記憶が抜け落ちている。
口の中にはよく知っている味がしている。これは、紛れもなく。
手の向こうの景色に、ようやく目が認識し始める。
シーツに広がる金髪。赤く、破れたドレス。白い肌につく赤い液体。ベッドに寝転ぶ彼女。
その姿をとても美しいと思った。
「もう……満足したか?」
やはり、これは自分のしたことなのだと分かり、恐怖した。
怖い、吸血鬼の自分が。知らない自分がいるのが。
最初に吸血したことさえ、あやふやなのだ。
「ごめん……ごめん、なさい……ごめんなさ、い……」
ただ謝るしかない。
今の彼女は無傷だが、自分の手が血に染まっているのは、傷つけた証拠だ。
涙が出た。怖くて、情けなくて。
「謝るな」
彼女手が伸びてきて、濡れる頬に触れる。あたたかい。
襟を引っ張られ、そのまま覆い被さる形となる。
「君を傷つけて……ごめん……ごめんなさい……」
頭に手が回ってきて、なでてくる。
耳に届いてきたのは、笑い声。
面白かった。
理性をなくし、傷つけた男が、理性を取り戻した途端に、泣いて謝る。
その妙な二面性が面白い。
本当の彼はどちらなのだろうか。
「なんで……笑っているんだい……?」
笑いを堪え、曖昧な返事をする。
苦しむ姿を楽しんでいる、そんなことを伝えたら、また首をしめられるかもしれない。
「そろそろ、着替えたいのだが」
彼は慌てて起き上がり、自分の上から退いたが、自分の姿を見ると、謝りながら目を隠し、顔をそらす。見える頬も耳も真っ赤だ。
これくらいのことで赤面するなと内心、思いつつも、触りながら自分の姿を確認する。
あちこちが破れ、このドレスも捨てなければならないだろう。
しかし、力が出ずに起き上がれない。妙な気だるさが体を襲ってきていた。
彼を呼び、手を伸ばす。起き上がらせろと。
目を隠すのをやめた彼は、目だけでこちらを見て分かったようだ。
こちらを見ないようにしながらも、背に手を回し、起き上がらせてくれた。
「体が思うように動かん……脱がせてくれ」
「えッ……!あ、あの……それは……」
酷く取り乱す彼に、冗談だと言い、部屋から出ていかせた。
脱いだドレスは一応、原型は留めていたが、着れる代物ではない。血もついている。
毎回、着ているドレスを破かれながら、食事されるなら、ドレスがなくなってしまう。
これは、問題だ。
無理矢理でも、彼には毎日、ちゃんと食事をしてもらわなければ。
しかし、あの姿を見たいと思う自分もいる。
傷つけるたびに彼は、自分という人間しか必要としないだろうから。
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