化物と人間 8


ディオを部屋に戻し、食事を作ることにした。
彼女はついてこようとしたが、横になるように強く言うと、大人しく従ったと言うより、自分が催眠術を使ったのだろう。
台所に向かい、消化に良いものをとスープを作った。
味見しても味がしなかったのは、辛い。血しか受け付けなくなったのだと、嫌でも実感した。
彼女を連れてこようかと、思ったが無理をさせてはいけないだろう。
鼻はまだ食べ物の匂いを感じることができたので、それと勘を信じることしかできない。
自分が食事を持って部屋に戻ると、彼女は静かにベッドに横になっていた。
「ディオ」
机を食事を置き、彼女に近づく。
閉じていた目がゆっくりと開き、こちらを見る。
食事だと言うと、彼女は起き上がる。
スープとスプーンを持ち、ベッドの近くに置いた椅子へと座る。
「こっちに来てくれないかい?」
不思議そうな顔をしてディオはこちらに寄ってくる。
「それを……」
手を伸ばしてきたので危ないと遠ざけた。
「熱いよ」
これだけ湯気がたっているのだ。持っている器も熱い。
「食べられん」
「食べられるよ」
スープをすくい、息を吹きかけ冷ますと、彼女の口の前までもっていく。
露骨に嫌な顔をされたが、彼女は大人しく従い、口を開くいた。

食べたスープは味が濃く、とてもおいしかった。
半吸血鬼の時は、あまり味がしていなかった。ずっと血の方がおいしかったのだ。
食事の喜びというものを、初めて感じていた。
「味が分からなかったけど、よかった」
空になった食器を見て、そう言うジョナサンは悲しそうだった。
吸血鬼は食べ物を受け付けないのだ。求めるのは、血だけ。人間の時の感覚が、抜けきっていないのだろう。
早く忘れてしまえばいいのに。それが、枷になり苦しむだけだ。
「安静にしていてね」
「言われなくても分かっている」
食器を持ち、ジョナサンは部屋を出ていく。
目を閉じ、重い体を横たえると、ベッドに沈む。
すぐに意識が現をさ迷い始める。それがとても気持ちいい。
その感覚を楽しんでいると、いつの間にか眠っていた。

部屋に戻るとディオは寝ているようだった。
人間になっても彼女は何も変わっていない。
容姿も性格も。変わったのは、まとう香りだけ。
それは、自分が変わってしまったと言う方が正しいのか。
理性が揺らぎ始める。
先ほど、腹を満たしたばかりではないかと言い聞かせる。
カーテンの隙間から日光が刺す。
その光に手を少しあてれば、焼かれたような痛み。すぐに手を引っ込めたが、火傷のようになっていた。
それを見て、無性に笑いたくなり、泣きたくなった。

ディオが目が覚めて、初めに感じたことは、空腹だった。
パンでもかじろうかと、起き上がる。
薄暗い部屋を見回してもジョナサンはいない。
カーテンの隙間から入る光を見て、外には行っていないのは確かだ。この屋敷のどこかにいるのだろう。
射し込む光に手を当てると、ほのかにあたたかい。
カーテンを開け、日光を浴びる。目が眩んだが、段々と慣れてくる。手をかざし、太陽を見る。こんなにも、明るくあたたかいものだったのだ。
窓を開ければ、やわらかい風が自分をなでていく。
いても立ってもいられず、部屋を出た。

走って庭に出る。
草の上に寝転び、青臭い中、日のあたたかさを感じていた。
喜びしかない。忌々しく感じていたものを、今はありがたみを感じている。
見上げる太陽は眩しい。こんなことをしているなど、子供のようだとおかしくなり、一人笑っていた。

太陽を満喫し、屋敷に入れば、中の暗さが一層、増しているように思えた。
目が慣れれば、見えてくるのであまり気にしないが、ランタンを常備することに決める。窓を覆うカーテンなど迂闊には開けられない。
「ディオ、どうしたんだい?そんなに汚れて。転んだ?」
突然、現れたジョナサンに驚いていたが、平静を装う。
「太陽を見ていた」
地面に寝転がっていたため、土や草がついているのだろう。
「そう……葉っぱ、ついてるよ」
髪から葉を取るが、その手にはハンカチが巻いており、どうしたのかと問えば、彼は見るからに動揺し、その手を後ろに隠し刃物で切っただけだと。
下手な嘘。切り傷ならすぐ治る。彼は吸血鬼だ。早々、治らない傷など限られる。
「もう少しうまくつけ」
その手を見ようと、後ろ側に行くが彼は身をよじり、腕を高く上げ、遠ざける。
「だ、大丈夫だよ」
「死ぬつもりだったのか?」
その言葉に彼の動きが止まる。
その隙にハンカチを取れば、あらわれたのは火傷している手。太陽の光にあたったのは、明白。
「不注意、でね」
彼は笑っていたが、笑ってごまかせるものではない。
「死ぬつもりだったのか?」
再度、言葉を繰り返し睨みつける。
「死なないよ」
彼の前に腕を差し出し、袖をたくしあげ、肌を露出させた。
「では、飲め。これは、生きるための行為だ」
死ぬつもりがないと言うなら、生きるという意思表示をしてもらわなければ。
「死ぬつもりは、ないのだろう?」
目をそらされたが、すぐに覚悟を決めたような表情になり、ゆっくりと顔を腕に近づけていく。
口を開け、牙を肌に突き刺すと、痛みが伝わる。
彼は少しだけ啜っただけだった。
それで充分だったため、何も言わない。手を見れば、火傷はもうなかった。
空腹で腹が鳴り、自分も生きるためにと、何か食べようと台所に向かった。


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2013/07/19


BacK