化物と人間 5
ジョナサンがディオのもとに滞在してから、一ヶ月が経とうとしていた。
研究資料も充実し、ここにいる意味もなくなってきていた。
「ディオ、ぼく、そろそろ帰ろうと思うんだ。もちろん、君のことは黙っておくよ」
そう伝えると、ディオは表情を変えずに淡々としていた。
「……そうか。いつだ?」
「明日の朝に」
「わかった」
そう言ったディオは、どこか寂しそうに見えたが、それは自分の気持ちを表していたのかもしれない。
この時が来てしまった。
明日には彼がここからいなくなってしまう。
彼と過ごしてきたが、聖人君子のような人物だ。
穏やかで優しく、純情で。
半吸血鬼と知っても、普通に接してくれた人間。
こんなに長く人間と過ごしたのは、母親以外では初めてだ。あまり、人とは深く関係を持たないことにしていたのだ。
化物と一緒にいようという人間はいないと思っていたから。
あれは、ここにいる条件は冗談だったが彼はあっさりと受け入れた。
吸血鬼に興味を持っているなんて、面白いと思い、近くに置いた。
「あいつ……なら」
引き出しにしまっていた短剣を取り出す。
引き出しの中には、一冊の本。
人間になる機会が来たのかもしれない。
「これで最後だね」
彼は吸血にも慣れたようだ。
「そうだな」
体を密着させると、ジョナサンが固まるのが分かった。
これには、まだ慣れていないのだと、笑みをこぼす。
首の付け根辺りに、牙を突き刺し、溢れた血を飲んでいく。
この血の味を覚えておこう。深く、記憶に刻み込んで、忘れないように。
「……!」
あたたかいものが背に触れている。
それがジョナサンの手だと気づき、吸血中は彼は大人しく、自分に触れてくることは、肩を押されたあの時以来。
手が動き、腕も回ってくる。体が一層、密着する。
腹も満たされたので、首から口を離した。
「何をしている……?」
彼を見たが、恥ずかしそうに顔を赤らめ笑うだけ。
離されないので、目を閉じて彼に体を預けた。力を出せば、簡単に抜け出せるが、危害が加えられているわけでもない。
体温と鼓動が伝わってくる。とても懐かしい気がした。
荷物を持ち、扉の目の前まで来た。
ディオともお別れだと思うと、後ろ髪がひかれる。
「あのさ、また来てもいい?」
後ろにいるはずの彼女から、返事はない。
駄目なのだろうか。沈黙の肯定なのか。
「……ジョジョ」
切なげな響きに、振り返る。
「え」
前からの衝撃。
何をされたのか分からず、ただ笑っている彼女を見おろす。
「ディオ……?」
「まだ、調べられるぞ」
胸が熱い。
彼女が離れていくと、血が彼女にかかる。手には、血まみれの短剣。
「お前自身でな」
「な……っ……」
体から力が抜け、膝をつく。胸に手を当てると、手が濡れる。
息が苦しい。うまく息が吸えない。
瞼が重く、目を閉じる。
笑い声が聞こえていた。
倒れたジョナサンを仰向けにし、また、胸を短剣で貫く。
これで、死んだたろう。
短剣を引き抜けば、血が溢れていく。
その短剣を自分の胸へと突き刺す。鋭い痛みが自分の体を襲う。
「はっ……」
すぐに閉じていく傷口に、何度も何度も突き刺す。
血が流れ、ジョナサンの体に流れていく。
「これで……人間に……」
短剣で体を刺すが、もう痛覚が麻痺しているのか、興奮状態で感じないのか、痛みが来ない。妙な感覚だった。
血が無くなり過ぎたのか、もう突き刺せる力がなくなってきた。
短剣を投げ捨て、彼に覆い被さるように、倒れ込んだ。
目を閉じる。
このまま、目を覚ませないかもしれない。
後はジョナサン次第だ。
4へ←
→6へ