化物と人間 4
明かりは必要最低限にした。自分が移動するところだけ。彼女には明かりなんて必要ないのだ。
ランタンにも補充し、一息つく。
空腹を感じ、何か食べようかと思ったが、この屋敷の主人に許可をとってからにしようと、彼女を探す。
そういえば、彼女の部屋はどこなのだろう。
「ディオー?」
部屋を出て、名前を呼んでみる。
「なんだ?」
こちらにディオが歩いてきた。
「お腹が空いて」
「少し待て。着替える」
彼女のドレスは汚れていた。オイルが入った樽を運んだせいだ。
「いや、ぼくが作るよ」
前回は彼女が作ってくれたのだ。彼女ばかりに作らせる訳にはいかない。
「作れるのか?」
疑いの目で見られる。
「作れるよ」
研究で世界を飛び回り、野宿をしたこともある。自炊は必然的に覚えた。
「自分の分だけ作れ。わたしはいらない」
そう言って彼女は隣の部屋に入っていく。
自分の隣の部屋が彼女の部屋らしい。
台所はあそこだろう。
ディオが皿を洗っていたところだ。
部屋の窓からは、母の墓が見える。
作った場所は偶然だ。
墓標には何も刻まれていない。
作った当初は、毎日、花を添えていたが、最近はそれもしていない。
自分を育ててくれた恩はあるが、血を覚えさせたのは彼女だ。
「お父様の血を絶やしてはなりませんよ」
そう言って、彼女は自身の血を自分に与え続けたのだ。
彼女は父を愛していた。異常と思える程に。
しかし、父はこの屋敷に、彼女一人置いて、捨てたのだ。
その事実を知っていたのか知らない。
自分は母が死んでから知った。
母は美しい人だった。
貴族の娘だったらしいが、取り巻いていた環境は、あまり良くはなかったらしい。
それは詳しくは知らないが、彼女は耐えきれなくなり、家を飛び出した。
さまよっているところを父が見つけ、連れてきたという。
「あの人は、わたしを愛してくださっているのよ」
屋敷を与えて、彼は迎えに来るからここで待っていてくれと。
彼女はその言葉を信じ、待ち続けた。
その愛は本当に愛だったのだろうか。
彼女にとってはそうだったのかもしれない。
馬鹿な女だと思う。
愛していたら、こんな所に置いてはいかないだろうに。
最期の時、彼女は父の名前を呼んでいた。
近くにいる自分じゃなく、いない人物の名を。
そこで、現実に意識を戻した。
ノックの音が聞こえたのだ。
「開いている」
扉が開き、ジョナサンが入ってきた。
「あの、ご飯……」
食事を持ってきた。どうやら、自分の分まで作ったらしい。
「聞いてなかったのか」
いらないと言ったのだ。血を飲めば、数日はいらないし、空腹もない。
「一人で食べるなんて寂しいじゃあないか」
近くの机に着々と準備がされる。
「勝手に食べろ」
「食べられない訳ではないんだろう?一緒に食べよう」
机に置かれた食事。その前に座る彼は、笑顔で待っている。
「早く」
ため息をつき、その前に座る。
「いただきます」
「……いただきます」
湯気をたてる野菜のスープ。
それを食べながらも、やはり血の方がいいと、彼を見ていた。
「ディオ、君の母親は?」
食器を洗いながら、気になっていたことを聞く。
「なぜ、それを聞く?」
洗い終わった食器を彼女に渡せば、それを拭いていく。
オイルを運んでもらった店主に聞いたと言うと、納得したようだ。
「死んだ。病でな」
「じゃあ、父親が吸血鬼なのかい?」
不老不死である吸血鬼が病気になるとは、考えにくい。
食器の方を彼女に差し出すが一向として、受け取る様子がなく彼女を見る。
拭き終わった皿を持ったまま固まっていた。一点を見たまま。
「ディオ?」
名を呼べば、気づいたようで皿を置き、皿を受け取る。
「そうだ。会ったことは……ないがな」
皿を持っている手が震えていた。触れてはいけないところに触れてしまったのだろうか。
「あのさ、母親はどんな人だったんだい?」
違う話題の方がいいと思い、話題を変えた。
「あまり覚えていない」
そう言って笑う。
「ジョジョ、お前、着替えはないのか?」
こちらを見て、上から下まで視線を巡らす。
「え?あるよ」
「昨日から服が同じだぞ」
生活リズムが狂っているため、昨日と今日の区切りが分からなくなっていた。もう一日経っているのだ。
「そういや、シャワーも……」
「かごを持っていくから、そこにいれろ。部屋には風呂もある」
拭き終わった食器を棚に戻し、早々と着替えようと早々、部屋に帰る。
部屋には風呂に通じる扉もあった。
狭いが脱衣場もあり、そこに着替えを持って入った。
服を脱ぎ始めた時に、扉が開く。
洗濯籠を持ったディオが立っていた。
「早く脱げ」
「いや……あの……」
異性に見られて、脱ぐのも恥ずかしい。
「さっさとしろ!」
かごを置くと、彼女は自分を脱がしにかかってきた。
「ちょっと、ディオ……!」
やめさせようとしたが、力で敵わなく、あっさりと脱がされた。
「……うう」
女性に服を脱がされ、裸を見られるとは思わなかった。
「タオルだ」
ディオは気にしていない様子で、タオルを置いていくと、洗濯物が入った籠を持つと、扉を閉める。
うだうだしていても、しかたない。
シャワーを浴びることにした。
洗濯物を干し終わり、ジョナサンがいる部屋に向かった。
空腹だ。
人間として腹を満たしても、この空腹は別だ。
部屋に入れば、ジョナサンがいた。上半身は裸で。シャワーを浴び終わったところだろう。
「ん、何か用かい?」
濡れている髪を拭きながら、彼はこちらを見ていた。
「食事だ」
彼に近づき、ベッドへと押し倒す。彼はいきなりのことで理解していないらしく、呆気にとられていた。
覆い被さり、首の付け根辺りに牙を立てる。
「……!」
少しの痛みに、混乱していた頭が、今の状況を理解した。
ディオの食事だ。
しかし、ジョナサンは意識は違うところに向かっていた。
半吸血鬼と言えど、女性で、微かに良い匂いがする。密着する体は柔らかく、熱い。意識しないようにすればするほど、逆効果でしかなく。
「はな……れて……」
女性にあまり触れたことはなく、免疫がない。
遠慮がちに肩を押したが、それを反抗だととらえたらしく、体が一層密着した。
「っ……!」
違うと言おうとしたが、声がうまく出なかった。
目を閉じて、ただ食事を終わるのを待った。
ディオは満足し、起き上がり、ジョナサンを見た。
顔を赤くし、目を強く閉じていた。
「終わった……かい?」
目を開け、こちらを見る。
「ああ」
「あの、早く、どいてほしいんだけど……」
自分は彼にまたがっている状態だ。彼からおりると、起き上がり、置いてある服を着る。
「あのさ……体を密着させることは、ないんじゃあないかな」
「ん?嫌か」
大概の男は喜んで、油断をするためこういう方法をしている。
「あまりよく……ないと思うんだ」
まだ彼の顔は赤い。
一つの考えが浮かび、彼に触れてみる。
「な、なんだい!?」
それだけで彼は驚いている。
「……なにも」
笑い、手を離す。
どうやら、異性に免疫がないらしい。純朴な青年だ。
「ねえ、血をあげたから、質問してもいいかい?」
「ああ」
半吸血鬼についての質問ばっかりだった。
それは、また口を塞ぐことで終わるのだった。
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