化物と人間 2
ディオは、食事を部屋に持っていったが、その人物がいない。
血を吸われたのだから、眠っているものだと思っていた。
そういえば、彼を自分の力で眠らせていない。
血を吸った後は、夢だと思わせるためにも、記憶を少し操作し眠らせている。
最初、連れてくるときは使ったが、先ほどは使っていない。
机に運んできたものを置き、開いている荷物を見る。
転がっている缶を拾う。オイルの匂い。
明かりを持って、この部屋から出ていったらしい。
自分は、暗闇でも見えるが、人間はそうはいかないようだ。
夜は明かりをつけなければならない。長い間、一人で過ごしてきたため、人間の不便さを忘れていた。
彼はどこに行ったのだろうか。屋敷からは出ていないはずだが。ここに来るまで、彼には会わなかった。そうすると、いる場所は限られてくる。
オイルの缶を投げ捨て、彼を探しに行く。
手に取る本、全てが興味深いもので、一気に読んでしまった。
吸血鬼の生態について、色々なことが書かれていた。
吸血鬼の弱点や習慣。一般的に知られている吸血鬼と似たようなことはあったが、違うところもあった。
しかし、彼女、半吸血鬼のことは何も記述がなかった。
吸血鬼もあまりいないのだ。
珍しい存在なのだと思う。
「おい」
間近に聞こえた声に、驚いて本を机に落とす。
後ろにディオが立っていた。いつの間に、入ってきたのだろうか。全然、気づかなかった。自分が本に集中していたせいだろうか。
「な、何?」
「食事ができた」
「え……食事?」
「血を作ってくれなくては困る」
ここに来てからどれだけ時間が経ったのは分からないが、自分は昼間から食事をしていない。
彼女は血を確保するためだろうが、自分も何も食べないまま血を吸われると、血が足りなくなってしまう。
「研究熱心なのはいいが、食べろ」
「うん」
冷めるから早くしろと急かされ、ランタンを持ち、書庫を後にした。
最初にいた部屋に戻ると、机には彼女が持ってきてくれたらしい食事。
「君が作ってくれたのかい?」
「当たり前だ。ここには、わたししかいない」
彼女はベッドに座る。
こんな広い屋敷に一人で住んでいるのか。
「え……使用人とかは」
「いない。化物と一緒にいたがる人間はいないだろう」
その言葉に苦笑するしかない。
「ぼくは?」
「お前は例外だ」
冷たく言われた。
気になることが出てくる。
「血はどうしているんだい?」
使用人がいないということは、別に血の提供者がいるのだろうか。
「町で確保していた。殺してはいないぞ」
「町には吸血鬼のことなんて」
彼女がいるなら、そういう話が、町の人たちの間でないのはおかしい。
「そのままにしていない。記憶を少し操作しているし、吸血の後は眠らせている」
吸血鬼は記憶を操作できると、あの本には書いていた。催眠術らしきものをあやつれるらしい。
半吸血鬼の彼女がその力があっても不思議ではない。
「こういう風にな」
彼女の目を見た瞬間、体に痺れみたいなものが走る。
体が勝手に動き、食事が置かれている机の前の椅子へと座る。
「少しの間だ」
長いことはできないと言うので、腕を動かすと動く。
短い時間だったが、自分は彼女に操られていた。
「いいから、食べろ」
彼女に聞きたいことが他にも色々あったが、ディオの目が早くと言っていた。
「い、いただきます」
見る限り、普通の食事。
恐る恐るそれを一口、食べる。
「……味が薄い」
味が薄いだけで、普通の味だ。
拍子抜けしてしまった。
「文句があるなら食うな」
「い、いや、おいしいよ!」
理由が不純だが、彼女が自分のために作ってくれたものだ。
ありがたくいただかなければ。
空になった食器を持ち、ディオは部屋を出ていく。
「君は食べないの?」
「わたしは血だけでいい」
わざわざ、自分のためだけに作ってくれたのだと嬉しく思う。
「ありがとう」
「勘違いするな。わたしの食事のためだ」
そう言って彼女は、扉を閉めた。
ディオは、血だけでもいいらしいが、食べ物も食べると言っていた。
血を摂取していれば、食べ物は必要がないのか。
彼女への興味は尽きない。
屋敷にある食料は残り少ない。
あまり、人間の食事はしない。血を飲んでいれば、飢えはしないからだ。
しかし、食べるということは、渇きを誤魔化せる。
あまり頻繁に血を吸いに行き、正体がばれるということは避けたいのだ。ただ、静かに暮らしたい。
今は、あの男がいるため、我慢などしなくていいが。
自分は血を覚えてしまったため、血からの飢えからは逃れられない。
母親が血を飲ませたから。
血を知らなければ、人間になれていたかもしれないのに。
あの父親の忌々しい血など、なくなっていたかもしれないのに。
それは、この屋敷にあった資料に書かれていたものだから、確証はないが。
水の音と食器がぶつかる音が聞こえ、我に返る。
食器を洗わなければ。
化物が人間の真似事だ。笑えてくる。
食器を洗い終えた時に、後ろから声をかけられた。
「なんだ?」
「いや、何か手伝おうと思って」
「では、これを拭いて棚に戻しておいてくれ。わたしは寝る」
そろそろ、夜が明けてくるころだ。昼間は寝ることにしている。寝なくても支障はないのだが。
「やっぱり、太陽は苦手なのかい?」
「苦手だ。灰になったりはしないがな」
あの眩しい光はいつまでたっても慣れない。
夜は安心する。月光のやわらかい光はとても好きだ。血の飢えが強まるのも、この体に力がみなぎるのも、夜になってからだ。
嫌でも自分が化物だということが、分かる。
「夜になったらでかけるぞ」
「え……血なら」
「貴様の食料だ」
後のことは彼に任せ、自分の部屋へと向かう。
生きる餌には餌を与えなければならない。
自分が穏やかに生きるためにも。
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