化物と人間 1
見慣れない顔だった。
この町には長い間いるが、初めて見る人物。
たくましい巨体に、くせがある髪。人懐っこそうな顔をしている。
恰好は地味ではあったが、着ている服は上等なもの。良いところの出なのだろう。
大きな荷物を背負っているところをみるに、旅行者。
しかも、暗い顔をしながら、宿屋を出てきたのは、泊まるところを確保できなかったとみえる。
自分には、またとないチャンス。
この町の住人の血は、飽々していたところだ。
時間が遅すぎたのか、満室だと言われ、宿屋を出た。
同じことを言われ、断られたのはこれで数件目だ。
ジョナサンは意気消沈して、歩いていた。
今日は野宿になりそうだ。こんなに遅くなるまで、泊まるところを確保しなかった自分が悪い。
ため息をつくと同時に、何かが体にあたった。
「え」
自分は立ち止まっただけだが、目の前では金髪の女性がうずくまっていた。
「す、すみません!大丈夫ですか!?」
ぶつかって突き飛ばしてしまったらしい。
自分が屈むと、その人は顔を上げた。
間近にある顔は、美しく、目を奪われる。
「ああ、大丈夫だ」
いきなり、意識が遠退いていく。
「わたしは、な――」
暗闇の中で笑い声だけが聞こえた。
目を開けても、暗闇だった。
開けているのか、それとも目が見えているのかさえ分からなかったが、少し時間が経つと、目が慣れてきたのか、見えたのは天涯。
ベッドに横たわっていた。
起き上がると、横から声が。
見れば、窓から差し込む月光の中で、先ほどの女性が椅子に座り、読んでいた本を閉じた。
「君は……」
「気分はどうだ?」
こちらを見ると、微笑む。
光に照らされ、その姿はさながら女神のよう。
みとれていると、彼女は立ち上がり、こちらに近づくと、手を伸ばしてくる。
「な、なんともないよ」
それに自分が触れてはいけない気がして、体をそらして、その手を避けた。
「そうか」
そう言うと、手をおろす。
「いきなり、倒れるから驚いたぞ」
意識を失う前の記憶を思い出そうと目を閉じた。
宿屋で満室だと断られ、途方にくれて歩いていたら、彼女とぶつかって――そこまでしか思い出せない。
彼女の言うように倒れてしまったのだろうか。
迷惑をかけたのだと、謝り、お礼を述べる。
「ぼくはジョナサン・ジョースター」
「だから、ジョジョか」
なぜ、愛称を知っているのだろう。名前は今、教えたのに。
彼女は持っている本を見せてくる。それは、自分の研究内容をまとめたものだった。
「興味深いものを調べているようだな」
彼女は興味を持ったようだ。
考古学の一環として調べているが、皆がそんなものがいるはずないと馬鹿にされた。
「ここに住んでるんだよね?何か知ってないかな」
知るきっかけは、世界を旅する友だ。彼は見たと言っていた。
その話はあまりにも、空想とは言いがたい。
夢だったのではないかと彼は笑っていたが、その話は妙に生々しかったのだ。
「吸血鬼」
この地では、そういう伝承があると。
もう廃れてしまったのか、町の住人は何も知らなかったが。
「ああ」
彼女は頷いた。
「ブラム・ストーカーの物語だろう?」
「えーと……それじゃあなくて」
それは、吸血鬼を一般に広めた小説だ。
「冗談だ」
彼女は可笑しそうに笑う。
「じゃあ、何か知っているのかい?」
「わたしがそうだとしたら?」
笑いながら言われた言葉に、冗談なのだと思った。
どう返答すればいいのか迷う。
「まあ、半分だかな」
「……冗談だよね?」
いきなり、ベッドに押し倒された。
驚いていたが、肩を押す力が凄まじいことに気づいた。自分の半分しかない腕の細さなのに、どこからこんな力が。
「これでまだ?」
見上げる彼女は余裕すら感じられる表情をしていた。
顔が近づいてくる。間近に迫った時、横へとそれ、首に痛みが走った。
「……え」
飲み下す音が耳に届く。
何を飲んでいるのか、理解はできなかった。
「これで、どうだ?」
離れた彼女の口元には赤い液体。
口の中に見えたのは、赤く染まる牙。
「ほ、本当に……?」
恐怖心より好奇心の方が勝った。
「吸血鬼?」
「半分だ」
「半吸血鬼ってことかい?」
「ああ」
起き上がり、彼女を見る。見た目は人間と変わらない。
口元についている血を指で拭うと、それを舐めていた。
その仕草が、官能的でとっさに目をそらす。
「怖くないのか?」
「え……そうだね」
ベッドに押し倒された、血は吸われたが、殺されてはいない。
それよりも、彼女に興味があった。
「吸血鬼に会ったことは?」
「ない。しかし、見た目は人間と変わらないと聞いた」
「君は毎日、血を吸わないとだめなのかい?」
「毎日じゃあない。数日に一回だ」
「血以外は?何を食べるんだい?」
「お前たちと同じだ」
「君以外に吸血鬼や半吸血鬼は?」
「いない。ここには、わたしだけだ」
「君は」
いきなり、口を塞がれた。
「そこまでた。血の分だけは答えたぞ」
静かにと彼女は笑う。
「お前が血をくれるなら、ここにいてもいいぞ。吸血鬼の研究資料もある」
血を分けるだけで、吸血鬼の研究が思い存分にできる。
「どうだ?」
半吸血鬼という彼女のそばにもいたかった。
頷くと、手が離れていく。
「あ、あの……名前、教えてくれないかい?」
部屋を出ていく彼女を呼び止め、これくらいはいいだろうと質問をする。
「ディオナだ。ディオと呼べ」
それだけ言うと、部屋を出ていった。
部屋を見回したが、明かりがない。
荷物の中に、ランタンがあったはずだと、ベッドのそばにあった荷物をひっくり返す。
ランタンを見つけ、オイル缶から燃料を入れる。
火をつけ、回りが明るくなる。
それを手に、彼女がどこにいったのだろうと探すことに。
部屋を出ると広い廊下。窓から見える景色に、町から少し離れているのがわかった。
自分の屋敷を思い出す。
しかし、見るに大きな屋敷だ。こんなところに、彼女は一人で住んでいるのだろうか。
もしかしたら、使用人くらいいるのかもしれない。彼女は血を必要としていたし、血の提供者くらいはいるだろう。
一つ、一つ、部屋を見ていく途中で、書庫を見つけた。壁を覆う膨大な本の量にも圧倒されつつも、机に置かれている本に目をやる。
それは、年季が入り、古くボロボロになっていたが、埃はかぶっていない。
ランプを置き、その本を手に取り、表紙をめくる。
「吸血鬼について……?」
どうやら、独自に吸血鬼を研究していた者の著書らしく、あらゆることが書いていた。
これが彼女が言っていた資料だろうか。
近くにあった椅子に座り、とりつかれたように、その本を読んでいた。
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