痛いイタイ


「待て、待てだ。ジョジョ」
しつけるように言うが、目の前の犬は、聞いておらず、自分に飛びかかり、ベッドに押し倒された。
腕を掴んで、噛みついてくる。
歯が肉に食い込み、痛いは痛いが、理性を無くした獣の前では、抵抗も無意味。
その光景を自分は楽しそうに見る。
着ているドレスを胸から腹へと破られ、また買いに行かなければと思う。
あらわになった肌に、歯が立てられ、牙が肉に食い込む。
血を飲まれ、それを自分は受け入れている。
普段はこんな乱暴ではなく、穏やかで、争いを望まない性格だ。いつも優しそうな笑みを浮かべた好青年。
それが、彼、ジョナサン・ジョースター。
驚くほどの二面性だ。理性のかたをはずせば、こんな面もあるのだと。
しかし、それは自分が見たかったものの一つ。
起き上がり、布切れになったドレスを脱いでいると、首に噛みつかれ、血を飲み下す音が耳に伝わる。
痛覚が麻痺しているのか、痛みは感じない。背中に爪が立てられる。傷つけられることにも慣れてしまった。
手が止まり、首から顔が離れていく。
こちらを見る目は絶望と恐怖に染まっていた。
欲望が満たされ、正気に戻ったらしい。犬が人に戻った。
「……ぼく、は……また……」
赤く染まった手を見て、頭を抱えうつむく。
「ウアアアァァアアっ!!」
悲鳴のような叫び。
「ごめん、ごめんなさい……」
謝罪を繰り返す彼。顔を覆う、手の隙間から涙が流れていき、血と混じり落ちる。
「いちいち謝るな。ただの食事だと何度言えば……お前がやせ我慢などしなければいい話だ」
「で、でもぼくは、血なんて……」
「まだ言うか。お前は、もう人間ではないのだ。諦めろ」
自分の血を与え、彼を吸血鬼にした。
自分はその力を失い、ただの餌となったが、それは前々から望んでいたことだ。
吸血鬼は血を欲する。血を飲むことは、人間が食事をすることと同じだ。
しかし、人間だったジョナサンは、血を飲むのをためらっていた。そんなことはできないと。
血は毎日、飲まなければいけないということではない。飲まなくても生きてはいけるが、その衝動を抑えきれはしない。
もって数日。理性のかたが外れる。
半端者の自分は、そんな衝動はなかったが、狂ったように血を求める彼を見て、耐え難いことなのだと理解した。
変な意地などはらず、諦めて、血を飲めばいいだけ。自分をいたぶって血を飲むことにならない。毎日、指先から垂らした血を数滴飲めば、すむ話だ。
「な、なぜ、君はぼくを……」
血まみれの顔でこちらを見てくる。
「フフ……」
彼の顔についている血を舐めとる。前は美味しいと思っていたが、今ではただの鉄の味。逆に気分が悪くなるような味だった。
「吸血鬼になってもお前は変わらないだろう?」
頭を胸へと抱き寄せ、耳に口を近づけ、言葉を流す。
「ぼくは……変わりたくない……ぼくはジョナサン・ジョースターだ……」
彼は吸血鬼になっても彼だ。だからこそ、人間だった頃との違いに苦しむ。
その姿は大変、好ましい。
「だからだ。さて、もう血はいらないのか?」
彼は、自分がどこに頭を置いているか気づいたらしく、離れていき、顔を真っ赤にして目をそらす。
「……ご、ごめん……!」
彼は着ている服を脱ぎ、自分に差し出してくる。
シーツがあると主張するよう、彼に被せ、視界を遮る。自分は気にしないが、彼はあまりこういうことには免疫がないらしい。
「あ、の……怪我は?」
「もう塞がっている」
彼につけられた傷は、もう塞がり血も出ていない。
吸血鬼の餌。それは、食料がなくらないようにと吸血鬼が血を吸う人間に与える力と言っていい。
自己治癒力の向上、緩やかになる老化。それは、餌が死なないようの処置に過ぎない。
普通の人間より生きるが、吸血鬼のように長生きではない。
そんな情報をどこで手に入れるのか、少なからず自ら望んで餌になりにくる人間もいるらしい。
「血を流してくる。その情けない顔をどうにかしろ」
ドレスを脱ぎさり、風呂へと向かう。

部屋に戻ると、ジョナサンはいなかった。
屋敷からは出ないため、自分の部屋にでも戻ったのだろうと、クローゼットからバスローブを取り出し、まとう。
「ディオ」
振り向けば、暗闇からジョナサンが出てきた。暗闇と同化していたことを彼は気づいていないだろう。
「なんだ?もう腹が減ったか?」
「違うよ……」
その手に持つお盆の上にはティーセット。
紅茶を入れたと、笑顔を向けてくる。その笑顔は、無理矢理つくったものだと分かった。
促すよう椅子を引くジョナサン。
椅子に座れば、紅茶を入れたティーカップが自分の前へに差し出された。
ベッドへとジョナサンも腰を下ろした。
一口、飲む。
「ふむ……まあ、ほめてやろう」
美味しさに目を細める。
「ディオ、ぼくは君を傷つけたくない」
真っ直ぐに見るジョナサンを横目で見ながら、ティーカップを受け皿へと戻す。
「そうか。やせ我慢は終わりか?」
肘をつき、頬に手の甲をあて、彼と向き合う。
「違う!ぼくは君の血なんて……飲みたくない……」
「わたしの血が飲めないなら、他の人間を襲うか?町に行けば餌はたくさんいるぞ」
少し前の自分がそうしていたように。
人間が集う町は、食料庫だ。
「ぼくは、誰も傷つけたくない!町の人も……君も……」
「傲慢だな。血を求める本能からは、逃げられん」
「でも、ぼくは……飲みたくない……」
拳を握りしめ、悔しそうにして吐き捨てる。
子供のわがままだ。
腹がへれば、食べ物を求める。
喉がかわけば、飲み物を求める。
それは、人間としての普通の欲求。
吸血鬼なら飢えれば、血を求める。
それが吸血鬼の普通の欲求だ。
本能に逆らうのは、難しい。欲には従順になるのは摂理。
「まあ、ここを出ていくなら、止めはせん」
ティーカップをまた手に取る。
「太陽の下は歩けんが、食料は困らんだろう」
紅茶を飲み干し、彼を見れば、今にも泣きそうな顔をしていた。
出ていける訳がない。
その理由は、彼自身が一番、よく分かっているはずだ。
「貴様の意地でたくさんの人間が傷つくな。ああ、もしかしたら、勢いあまって殺す――」
「やめてくれ!」
ジョナサンは立ち上がり、言葉を遮った。
「やめてくれ……」
力なくベッドに座る。
ここにいれば、人間は自分しかいない。
大量の人間を傷つけるか、一人を傷つけるか。その被害の大きさは火を見るより明らか。
「お前に死という選択肢はないからな」
手に入れた玩具を手放すつもりはない。
自分も、血を飲まれなければ、この姿を長く保つことはできない。
「死ぬつもりは……毛頭ないよ」
「そうか」
潔く死を選ぶと思っていたが、ジョナサンは自殺はしないらしい。
一番、簡単に死ぬのは、太陽の光を浴びること。案外、吸血鬼はすぐに死ねるのだ。
死なない理由はどうであれ、彼は自分と一緒にいるのだ。
「ジョジョ、寝るぞ」
彼に血を吸われると、いつも眠たくなる。
吸われる側になってから、初めて知ったことだ。普通に吸われていないからか、吸血されれば、そうなるのか。
同じ人間が他にいないため、分からない。
「おやすみ」
「運べ」
睡魔は強く、抗えずに目は閉じていく。座ったまま、眠れそうなくらいだ。
手が体に回り、椅子から体が浮く。体を預け、触れたものは冷たい。
そう、彼は生きている死人。
意識が現実と夢の狭間を漂う。
ベッドに横にされ、柔らかい毛布がかけられた。
「おやすみ」
そう聞こえ、離れていく。
その瞬間は、苦手だった。彼がどこかに行ってしまいそうで。次、目を覚ませば、彼は死んでいるのではないかと、いなくなってしまうのではないかと。
誰にも求められず、ただ一人で過ごしていく。
彼に会うまで、この屋敷で一人で過ごしていたように。
裾を掴み、彼をひき止めた。弱い力だったが、ジョナサンは止まった。
眠いと思いながら、ひき止める言葉を紡ぐ。それは、ちゃんと伝わったか分からない。口の中だけで溶けたかもしれない。
ベッドが軋み、近くが沈む。
自分に大きな体が寄り添う。
触れても冷たいだけのそれに、体を寄せ、安心感を覚える。
「……ジョナサン」
名前を呼べば、近くにいると体を優しく叩かれた。
小さい頃、まだ母がいた頃は、こんな風に寝ていた。
その時のことを思い出し、懐かしさで胸が締めつけられる。
ぼんやりとしか思い出せない幼い頃の情景を見つつ、自分は眠っていた。

望まないまま吸血鬼になった男と望んで人間になった女との奇妙な生活はまだまだ続く。


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後書き
独自吸血鬼パロの短編
Pixivより少し流血や暴力表現を抑え目です
ディオは元半吸血鬼
元人間のジョナサン
精神的な痛さと肉体的な痛さが書きたかった


2013/06/21


BacK