胸に花を抱いて 9
ジョナサンがそろそろ寝ようかと、ベッドに横になろうとすると、部屋にジョセフが承太郎を連れて、やってきた。
ベッドからおり、彼らを迎える。
突然のことに驚いていたが、酒を飲もうと。
「じゃ、じゃーん!」
背に隠していた二人の手には、数種類の酒瓶を手にしていた。それはパーティー会場で見たもので。何本か無くなったところで、あれだけの数の数本だ。騒ぎはしないだろう。
ジョセフが持ってきたらしいが、彼はどこにそれを隠し持っていたのか。
「嫌な気分なんて、飲んで忘れちまおーぜ!」
自分以外、未成年だが良いのだろうか。
細かいことは気にするなと承太郎が言うが、気になってしまうものだ。
今日は嫌な気分で、なかなか寝つけられないだろうと思っていたところで、酒を兄弟たちと飲むのは初めてだ。
「ということで、グラス持ってきてくれ、ジョナサン」
自分にも、役割はあるらしい。
「……待っててね」
「よっしゃあ!」
「頼むぜ」
部屋に二人を残し、グラスを取りに行った。
三人は飲みに飲み、空の瓶が部屋に転がる。
「なあ」
赤い顔をしたジョセフが二人に声をかける。
「あのさ、二人は好きな女っているのォ〜?」
その言葉にジョナサンが飲んでいたものを吹き出し、むせていた。背中を承太郎がさする。
「いるんだな?ジョナサン」
彼は嘘がつけない質だ。
「そ、そういう、ジョセフは……?」
ジョナサンは話をそらそうとしたが、彼はジョナサンが話すなら話すと言う。
「う……秘密にしてくれるなら……」
ジョセフは頷く。彼は承太郎も見ると、承太郎も頷いた。
「あの……髪はさらさらで、笑うと見とれるくらい美人でね……」
「なんだよ、具体的に言えよ、ジョナサン」
あまりにも抽象的というか、あまりにも、イメージがぼやけている感じを受ける。
「具体的に……?」
「髪が長いとか、巨乳とかさ!」
その言葉に、ジョナサンの声が小さくなる。
「髪は長いよ……む、胸は分からない……」
「髪色とかさ、背が小さいとかさ」
「金髪で……背はどうだろう……」
ジョナサンは思い出そうと唸っている。そんなことをしなければ、分からないのかとジョセフは首を傾げた。
「エリナ、か?」
承太郎が出した名前に、ジョセフが声をあげた。
「お、やっぱり、七年経っても忘れられないのかよ?」
彼女はその条件に当てはまる。
七年前から彼女とは会っていないため、思い出そうとするのも理解できる。
「ち、違うよ!彼女じゃあない!」
ジョナサンは必死に否定する。
「じゃあ、誰だよ?」
その言葉に彼は黙ってしまう。その反応ということは、ちゃんといるらしいが。
「ジョセフも少しは教えてくれたっていいじゃあないか」
自分は言ったよとジョナサンはジョセフに詰め寄る。
「え、えっとなあ……可愛いげはないんだけどさ、少し抜けてるってーか、なんか放っておけなくってよ」
ジョセフは恥ずかしそうに頭をかいている。
「見た目は?」
「髪は長くて、金髪で……おっぱいは結構あったな」
「へえー」
「そいつ、ジョナサンが言ってた奴に似てねえか」
承太郎の発言に二人が顔を見合わせた。
たまたまだと二人は笑う。
髪が長い金髪の女性など沢山いる。
「で」
「承太郎は?」
承太郎は酒を飲んでいたが、途中で止めた。二人が期待している目で見ているからだ。
グラスを置き、口を開く。
「ディオ」
彼の口から出た名前に二人が目を見開いて、固まっている。
「おれはディオが好きだぜ」
その言葉に偽りはない。自分はずっと彼女しか見ていない。
義理の姉だが、関係ない。
よく口説いてくる女はいるが、彼女に比べれば、月とすっぽんだ。
幼いころにした一緒にいるという約束を自分は忘れていない。初めて見たあの悲しそうな表情とともに。
彼女は忘れてしまっているかもしれないが。
もうあんな顔はさせたくない。
「だ……よ……」
ジョナサンが何か言葉を発したが、声が小さくよく聞き取れなかった。
「だめだよ……承太郎でも……ディオは渡さない」
見開いていた目がしっかりとこちらを見る。
それは初めて見る目だった。彼の目はいつも、優しい光を湛えたいたが、今は嫉妬が見える。
「ま、待てよ!二人もディオが好きなのかよ!?」
「……も?てめーもか、ジョセフ」
ジョセフはしまったという顔をした。
「ということは、皆、ディオが好きなのかい……?」
ここにいる三人が、顔を見合わせていた。
七年も一緒に異性が一つ屋根の下にいれば、彼らもそういう気持ちを抱くだろう。
そばにいる女性が美しく育っていくのを、ずっと見ていたのだ。
他人が見ても、一目で恋に落ちるほどの美貌になっている彼女。
多少なりともそれを利用している節はあるが、その女性らしさを家族には使わない。
三人と対等であろうとしていた。
今でも、自分でできることは果敢に挑戦をし、なんでもやっている。
台所に立った時には、使用人が悲鳴をあげて、やめてくれと頭を下げていたが、彼女はそれを無視していた。今の時代、貴族の娘が、家事をすることなどあり得ないからだ。
今では、子供たちにあげるお菓子を作っている。彼女の姿勢に使用人たちも理解を示し、すすんで手伝っている。
そんな力強く生きている彼女にひかれない訳がなかった。
酒も入っていることもあり、三人は言い争いは段々と熱を上げていく。
「ジョナサンはエリナが好きじゃあねえのかよ!」
よくジョナサンはエリナのことを気にしていた。
しかし、それは、彼女の親友がいなくなったことと、友達としての心配だと。
「ぼくはディオしか見てないよ!」
「兄貴たちでもディオは渡せねえぜ」
見事に三つ巴。
今にも殴りかかりそうな勢いで、彼らは言い争っていた。
いきなり、扉が開き、そこに立っていたのは、今まさに話していたディオだった。
彼女は、眉をひそめ、鼻と口をおおう。
「お前たち、酒を飲んでいたのか……」
隣はディオの部屋だ。言い争う声で起きてきたらしい。
扉を閉め、一目散に窓に近づき、開ける。三人は慣れてしまっているため、部屋に充満している酒気に全く気づいていない。
「静かにしろ!うるさくて起こされたぞ!」
「ご、ごめん」
三人は、気が気ではなかった。あの話を聞かれていたのかもしれないと。
「な、内容とか、聞いてねえよな?」
「聞き取れるか!聞きたくもない!どうせ、ろくでもないことを話していたんだろう」
三人にとっては、ろくでもない話ではないし、彼女にも関係している話だ。
とりあえず、内容までに聞かれていないことに、三人は安心する。
「ジョナサン、なぜ、未成年の二人が飲んでいる?」
「も、持ってきたのは、ジョセフと承太郎だよ」
その言葉にディオは、ジョナサンに向けていた怒りの矛先を下ろす。呆れたようだった。
貧民街を出入りしている二人だ。飲酒していても、おかしくはない。金さえ払えば、あそこは誰にでも提供するのだから。
フラフラとおぼつかない足取りで、承太郎がディオに近づいていく。さっきまで酔った様子はなかったのに。
「承太郎?」
真正面から彼女を抱きしめる。
「どうした?」
「酔ったぜ……」
彼女の細い腕が、承太郎の背中に回る。
大丈夫かと問う彼女。
二人はそれが演技なのだと分かった。彼は先手をうってきたのだ。
一番下の弟である承太郎には、彼女は何かと甘いことがある。
抱きしめられても、下心などないと思っている。
ジョナサンやジョセフが同じことをすれば、怪訝に思われ、抱きしめる前に逃げられるだろう。
「部屋に戻った方がいい」
彼女は彼を支えながら、扉に向かっていく。
「飲むのはいいが、ほどほどにしろよ」
そう言って、彼女は承太郎と共に部屋を出ていった。
出ていく時に、一瞬こちらを向いたが、承太郎は勝ち誇った笑みを浮かべており、残された二人は悔しげに床を叩くのだった。
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