胸に花を抱いて 8
パーティーの前日に、言っていた通りにジョセフは帰ってきた。そのことに、使用人たちは驚いていた。
そして、パーティー当日になり、会場は遠いため、昼過ぎには馬車に乗ることになっていた。
子供たちは、病気のために行けない父に留守を任せ、出発しようとしていたが、馬車を待つ間、とても騒がしい。
「ジョセフ、ネクタイを上まで上げなさい!承太郎も!」
「息苦しいんだよ」
ディオは緩めていたジョセフのネクタイを上まで上げる。
「会場ではするぜ」
「そう言ってしないでしょう!」
承太郎はネクタイを取っていたため、それをつけ直す。
「馬車、まだ来てないよね?」
部屋に忘れ物を取りに行っていたジョナサンが戻ってきた。
丁度、その時、迎えの馬車が来たと、使用人が告げる。
使用人たちに見送られながら、馬車に乗り込んだ。
その主催した貴族は王家に近く、権力も絶大だ。周辺の貴族たちほとんどが招待され、大きな屋敷には、数えきれないほどの人が入っているのだろう。
馬車から降り、見上げる大きな屋敷と、次々とそれに入っていく人々。
「凄いね」
「そうね」
ジョナサンのエスコートを受けつつ、ディオは会場へと入っていく。
その後ろには、ジョセフと承太郎もついてきていた。
中に入れば、もう沢山の人がおり、並ぶテーブルには豪華な食事の数々。酒も色々な種類があるようだ。
中心から延びる階段の上の椅子には、現当主と次期当主が鎮座していた。
「あまり離れないでね」
ジョナサンが肩を手に回し、抱き寄せた。
見れば、自分に視線が集まり、皆がひそひそと話している。自分は話題に事欠かない人物らしい。いつものことなので気にはしない。
「承太郎!」
後ろで黄色い声が上がり、そちらを見れば、承太郎に女性が群がっている。
承太郎は女性に人気がある。未亡人にも、逆に口説かれたり、同じくらいの娘たちに猛烈なアピールをされたりと。
「うっとおしーぜ、おめーら!」
彼は声をあげたが、彼女たちは嬉しそうな声をあげるだけ。
承太郎がパーティーに行きたがらない理由はこれだ。
「あれ、ジョセフは?」
承太郎と同じように自分たちの後ろにいたはずなのに。
視線を巡らせば、テーブルで食事にがっついている彼がいた。
「大丈夫、かな」
「何かあれば、放り出せばいいわ」
「それは……」
回りから拍手が起こり、会話を中断した。
上を見れば、現当主と次期当主が立ち上がり、そばにいた付き人が今から、当主交代の義を始めることを宣言した。
当主交代も終わり、元当主と現当主の挨拶も済ませば、後は自由行動となる。
ジョナサンも色々な人たちと挨拶をするため、自分から離れている。離れることを渋っていたが、自分がいては話せないことも多いだろうと、離れたのだ。
ジョナサンと離れた瞬間に群がってきたのは、男性たち。
自分が贈った物の感想や、お礼の手紙に書かれていた意味の問いや、自分と約束を取り付けようとする者、様々だ。
感想は月並みのを答え、お礼の手紙の意味はそのまま伝え、約束はうまく交わした。
疲れきたので、断りをいれ、そこから離れると角にあった椅子へと座る。
ため息をつく。未だに自分に注がれる視線は無視をするため、目を閉じた。
「あの方、貧民街の出身ですってね」
聞こえてきた言葉に、閉じていた目を開け、周囲を見渡す。
「貧民街に行っているのも、もしかしたら……ねえ」
「卑しい人……」
口許を扇子で隠し、こちらを見ている女性の集団がいた。
わざと聞こえているように言っている。なんと幼稚なことか。どうせ、男に相手にされないからと嫉妬しているのだろう。
「知ってます?あそこの息子さんの下お二人」
「ああ、貧民街に入り浸っていると……」
「長男は優秀なのに……あの人の影響かしら」
睨みつけると、小馬鹿にしたようにクスクスと笑うだけ。
「あら、怖いわあ」
「所詮、売女なのかしら」
我慢の限界だった。あることないことよく言う。
立ち上がり、彼女たちのもとへと向かっていく。
「きゃあああ!」
叫び声に足が止まる。
彼女たちに酒が浴びせられたのだ。
「おっと、ごめんねえ〜、ぼくちん、酔っ払っているみたいで〜」
笑いながら、ジョセフが酒瓶を振っている。
「あ、あなた……!」
また叫び声が上がった。今度は、彼女たちのドレスに食べ物が付着している。
「おっと、手が滑っちまったぜ」
そう言いつつ、落とした皿を拾う承太郎。
「やっぱり、低俗な人間なのね……!」
「なんでこんな人たちが……」
彼女たちは、人が見ていることも忘れているのか、二人を罵倒する。
「人を侮辱する人は卑しくはないのかな?」
いつの間にかジョナサンが二人のそばにいた。
「まあ、よっぽどディオの方がマシだよな」
「女の嫉妬は醜いぜ」
彼女たちは、図星なのだろうか、顔を真っ赤にして、黙るどころか汚い言葉を吐いていた。
それを無視し、三人がこちらにやって来る。
「帰ろう、ディオ」
ジョナサンが自分の手を掴み、出口へと向かっていく。
「たらふく食ったしなあ」
「疲れたぜ」
二人は、もうネクタイを緩めていた。
まだパーティーは続いているが、屋敷を出た。
戸惑っていたが、ジョナサンと共に馬車へと乗り込んだ。
どうやら、彼女たちの言葉は、ジョナサンたちに聞こえていたらしく、行動を起こしたらしい。
「家族が侮辱されて怒らないわけないよ」
そう言って彼は、拳を固く握る。
いい家族を持ったのだと素直には喜べない。
あのパーティー会場でしたことは、ジョースター家の名を傷つけるものではないだろうか。
「あの、ディオ、あんな言葉、気にしないでいいからね?な、泣かないで……」
悲しそうな顔をしていたのだろうか。
的外れの言葉に、笑いが込み上げてきた。
「ありがとう、ジョナサン」
取りあえず、二人にも、お礼を言わなければ。
二人にもお礼を言うと気にしなくていいと言われた。
あの女性たちは、いつもああやって人の悪口を吹聴しているらしく、あの者たちを快く思っていない者も多いという。
最後のあれで、心証は地に落ちているだろうが。
「気にしなくていいぜ」
「ディオは何も悪くないしな」
そう言って、部屋に戻っていった。
「今日はもう休むといいよ」
ジョナサンはそう言うと笑って、戻っていく。
休もうと自分も部屋に戻ることにした。
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