胸に花を抱いて 10
自分をベッドに座らせ、ディオは水を持ってくると、飲めと手にグラスを持たせる。あまり酔ってはいないが、ふりをしなければいけないので、それを飲む。
「あいつらに付き合うのはいいが、あまり飲むな」
成人してからは、自由に飲めるのだから少し辛抱しろと。
頷き、空になったグラスを彼女に渡すと、それを近くにある机に置く。
「気分はどうだ?」
彼女はベッドに座り、自分の顔を見つめる。
「少し……悪い……」
呟くように言い、彼女の肩へと額を当てる。
「寝た方がいいな……承太郎、このままでは……」
肩を押す手を無視し、嫌だと言うように、ディオの体に腕を回す。伝わってくる体温と柔らかさと香りに愛しさが込み上げる。
いつの間に、この体はこんなに小さくなったのか。
見上げていた顔も見下ろしたのも。
彼女を一人の女性と見るようになったのも。
いつからだったか。
「甘えてくるなんて、珍しいな」
とても嬉しそうな声。
自分から甘えたのは、久しぶりだ。
数年前から、男だからと見栄をはり、彼女に甘えることはなかった。
「やはり、まだまだ子供だな」
頭を撫でられる。
その言葉に反応し、顔を上げ、彼女と向き合う。
「なんだ?承太郎」
彼女は、不思議そうに名前を呼ぶだけで、こちらを見つめている。
彼女から見れば、自分は子供なのだろうが、今は成長して彼女と並んでも釣り合う姿をしている。
弟ではなく、一人の男性と見てほしい。
これだけ、想っているのに。あの二人に負けない。いや、誰にも。
「ディオ」
顔を近づけていくが、彼女は避けることもしない。
「ディオ!」
声と扉が開いた音に、動きを止めてしまう。
「なんだ?」
ディオは顔をそちらに向けてしう。
自分も同じように見ると、二人の兄がそこにいた。
ジョナサンは近づいて来ると、ディオと自分を引き離し、彼女を抱きかかえるとこちらに笑顔を向けてくる。
「邪魔してごめんね」
ディオは突然のことに固まって、なされるがままだ。
「承太郎のことは任せたよ」
入れ違えに入ってきたジョセフにそう言うと、ジョナサンはそのまま部屋を出ていった。
ジョナサンは間一髪だったと息を吐く。
危なかった。
ディオは気づいていないようだが、あれはどう見ても承太郎はキスをしようとしていた。
家族という先入観。弟だから、そういう気持ちを抱かないと思っているのだろう。
どれだけそう思っていても、承太郎は彼女を一人の異性と見ている。
もう少しくらい、危機管理をしてほしいものだ。
「ジョナサン!」
意識を戻すと、怒っている彼女。
「何?」
「おろせと言っているんだ!」
「なんで?」
「部屋に着いたからだ!」
見渡すと、そこは彼女の部屋。無意識に部屋まで来たらしい。
ベッドに彼女をおろすが、まだ文句を言っている。
「ねえ、ディオ」
少し屈み顔を近づけると、彼女は引くこともせず、ただ見つめるだけ。
「わたしの顔に何かついているのか?」
鼻先がつくか、つかないくらいに顔を近づけているのに。
そういう対象には、自分も見られていないという証拠だ。
「何もついてないよ」
笑い、顔を離す。
これは、なかなか手強そうだ。
「おやすみ」
不思議そうにこちらを見ている彼女にそう言って、部屋を出た。
部屋を出ると、ジョセフが待っていた。
「承太郎は?」
「ふてくされて寝た。これだから、お子ちゃまは」
呆れたように笑うジョセフ。
明日は承太郎に口をきいてもらえないかもしれない。
いきなり、自分の顔に指がさされる。
「なーんもしてねえよな?」
「してないよ」
「ジョナサンもライバルだからな」
「分かってるよ」
これは、一時的な協力。今回は、承太郎を邪魔するという目的が一致しただけだ。
ジョセフは、手を振ると自分の部屋とは反対方向へと向かう。
「ゆっくりすればいいのに」
「あのベッド、寝ずれーの」
そう言って、彼は玄関へと向かっていく。
止めはしない。彼が外でしていることは、自分は知っているからだ。努力、頑張る、それを嫌っている彼だが、本当はそんな姿を見られたくないのだろう。
自分は部屋へと戻ったが、転がった酒瓶や空になっているグラスを見て、片付けを押しつけられたことを理解した。
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