胸に花を抱いて 6
シーザーは、学校に寄ってみた。彼女、ディオがいるかもしれないと。
しかし、彼女もいないし、子供たちもいない。
今日はいないのかと、フラフラと歩いていると、彼女を見つけた。
「ディオ!」
走り寄ると気づいたようだ。
「シーザー、だったか」
怪我は大丈夫かと心配され、大丈夫だと返す。治癒能力は高いので、もう怪我は治っている。
こんな美人が、自分のことを気にかけてくれていたことをとても嬉しく思う。
今日も彼女は美しい。そう言うと、渇いた笑いだけが返ってきた。
「今日の学校は?」
「ない。それよりも、お前と喧嘩した奴を見なかったか?」
「……あいつか」
自分と喧嘩し、彼女を口説いていれば、殴ってきた男。たぶん、特別な関係なのだろう。
「見てない」
目立つ男だ。見たらすぐに気づく。
「そうか」
そう言うと、彼女は自分の横を通っていく。
「待って、おれも一緒に探すよ」
彼女と一緒にいられる機会を逃すわけにいかない。
一緒に並び、歩くが、彼女は鬱陶しいという視線を送ってきただけで、何も言わなかった。
「もう少し笑ってくれないかな」
彼女の肩に手を回し、引き寄せてウィンクをするが、彼女は無表情だ。あまり、反応がないのが悲しい。自分がすることや、言った言葉に、これまでの女性たちは喜んでくれていたのだが。
「そうだな、探し人を見つけてくれたら……」
「てめえええ!」
後ろから声が聞こえ、振り向くと、探し人がいた。
怒りを露にしながら、走ってくる。
「この野郎ッ!ディオに触るんじゃあねえよ!」
彼は殴ろうと腕を構えたが、自分の手を振り払い、彼と自分の間に彼女が立ったため、その構えで止まる。
「シーザー、お前が前に喧嘩したのはこいつ、ジョセフだ」
学校で呼んでいた違う名前に、首を傾げた。
「え?」
「学校でお前を殴ったのは弟、承太郎だ」
「邪魔すんなよ!ディオ!」
睨みつけてくる彼をよく見る。
学校で殴られた方とよく似ているが、服装も、髪型は違うし、よく聞けば、声も違う。
肩がぶつかっただけで、喧嘩を売ってきたのは彼だ。
「分かった。少し退いてくれないか、シニョリーナ」
喧嘩に彼女を巻き込む訳にはいかない。彼女の肩に手を置けば、ジョセフが声をあげる。
「だから、触んなつってんだろーが!!」
彼はディオの腕を掴み、自分自身の方へと抱き寄せた。
それは、承太郎がしたことと同じだった。さすが、兄弟。することは同じ。
「やることが似てるな。弟の分も返してやるよ」
「上等、また叩きのめしてやるッ!」
ディオを解放すると、手に拳を叩きつけ、構える。
彼女はその様子をただ見ている。学校ではあれだけ止めていたのに。
野次馬が集まり、自分たちを取り囲む。野次が飛んでくる。
「美女の取り合いかよー!」
「ジョセフ、ほどほどにな!」
「金髪の兄ちゃんも頑張れよ!」
自分も構えると、ジョセフが先に動いてきた。
スピードワゴンは、人集りを見つけ、そこに近づき、人をかき分け、中を見る。
「なっ……」
人に囲まれている中心では、ジョセフと見知らぬ金髪の男の殴り合っていた。しかも、それを見ているのは、ディオ。
「降参するなら、別にチャラにしてやってもいーぜ?」
「誰がするかッ!スカタン!!」
二人とも、流血し、顔も腫れている。
「おい!ジョセフ、先生!」
声をかけるが、野次に紛れ聞こえていないようだ。
外側から回り、また人をかき分け、ディオの横に出た。
「あんた……なんで見てるだけなんだよ!」
声をかけると、顔をこちらに向ける。
「スピードワゴン」
「止めろよ。姉だろ」
「シーザーが叩きのめすか、二人とも倒れてくれたら嬉しいんだがな」
そう笑って二人に視線を戻した彼女は、何かを腹に抱えているようだ。その顔に何か悪戯を思いついた時のジョセフを彷彿させた。血は繋がっていないが、彼の姉ということを思い知らされる。
「スピードワゴン、危ないぞ」
そう言われ、正面を見るとこちらにジョセフが飛んできていた。
「うおっ!」
反射的に避けてしまい、ジョセフは人の壁にぶつかり、なぎ倒す。
「お、おい、大丈夫か!?」
そう声をかけたが、彼は起き上がり、戻っていく。自分は見えておらず、戦っている相手しか見えていないようだった。
「いい一発だったぜぇ」
「まだ来るのかよ」
二人とも、息が上がりボロボロだったが、まだやるようだ。
最後は二人とも顔に拳が入り、倒れた。もう体は動かないらしく、罵倒し合っていた。
近くの酒場に入り、二人の手当てをすることになった。
ディオは先にシーザーの手当てをしていたが、あまりにもジョセフがうるさいので、交互にするはめになっている。
二人に挟まれながら、まだ喧嘩をする二人の仲裁もしながら。
入口の扉が開き、近寄ってきたスピードワゴンは、袋を差し出す。
「包帯とかこれで足りるか?」
「ああ」
それを受け取る。スピードワゴンには、包帯や湿布を買ってきたもらったのだ。店主から貸してもらった救急箱のものでは足りなかったのだ。
「マスター、準備中にすまねえな」
彼は、カウンターに座る。
「いや、いいよ。美女は目の保養だ」
開店準備をする店主に、ディオはお礼の意を込め、笑顔を向けると、彼はやっぱり、いいねえと笑う。
「ディオ、おれは探し人を見つけたけど」
そんな約束もしたなと、シーザーの方を見る。
「ありがとう、シーザー」
にっこりと笑うと、シーザーは太陽のように眩しくて綺麗な笑顔だと言ってきたので、その笑顔もすぐに消えた。
「歯がガタガタ浮くような台詞だぜ」
ジョセフのその言葉に内心、同意する。
シーザーがため息をついた。
「そんなのでよくこんな綺麗な人を恋人にできたな……ん?なんだよ、その目は……」
自分もジョセフもスピードワゴンも、同じような目で見ていたのだろう。彼はその視線に困惑していた。
「な、何言ってんだッ!こいつは姉ちゃんだ!」
ジョセフは慌てて、否定を始め、スピードワゴンは笑っていた。
「はあ!?……どう……見ても……似てねえ……」
シーザーはジョセフと見比べて納得がいかない顔をしている。
笑っているスピードワゴンも知った時には、同じ反応をしていたのだ。
「血は繋がってないからな」
途中で止まっていた手当てを再開する。
血は繋がっていなくても、ジョセフは弟だ。承太郎のようにはかわいくはないが、本当に手のかかる弟だ。
ジョセフの手当てが終わり、招待状を渡すと、あからさまに嫌な顔をする。
シーザーの手当てをしながら、ちゃんと来るようにと言う。
「お前、貴族だったのか……」
シーザーは驚きの表情でジョセフを見ていた。どこからどう見ても、ジョセフは貴族には見えないだろう。
「おれも信じられなかったからなあ」
スピードワゴンはまた笑う。
「いーんだよ。そんな肩書きいらねえし」
彼は家族以外の貴族を嫌っていた。ジョセフの行為は貴族にあるまじき行動だと、上流階級の者たちは、彼を煙たがっている。
そんな理由で、パーティーを行きたがらないが、招待を蹴るのは失礼だ。自由に行動を許されているのだから、最低限の責務は果たすべきだ。
「物好きな奴らだな」
シーザーは鼻で笑う。酔狂だと思っているのだろう。
「おれはこっちの方が気楽でいいんだ」
「いるのは良いが、パーティー前には帰ってこい」
「めんどくせえ。行かねえよ」
ジョセフは自分の膝の上に招待状を投げ返す。そういう訳にはいかない。
どうしたものかと、少し考える。
目の前の彼を見る。顔は整っており、あげている髪を下ろし、服をどうにかすれば、もう少し好青年に見えるだろう。
「ならば、シーザー、お前が来るか?」
三人が声をあげる。
「ジョセフが来ないなら、代わりに。何、服はこちらで用意する。身形をどうにかすれば……」
「ちょ、ちょっと……待てよ」
ジョセフが肩に手を置いてきたが、無視をする。
「わたしの恋人とでも言えば」
腕が伸びてきて、膝の上にあった招待状が取られる。
「行くからなッ!おれが行く!そんな奴、行かせるかよ!」
してやったとほくそ笑む。ジョセフはこういう者だ。
「では、前日には帰って来い」
横に立つ彼を見上げれば、力強く頷いた。
シーザーは笑ったディオを見て、最初から連れていく気はなかったのだと思った。彼を行かせるためだけの言葉。
しかし、美女に恋人と言われ、悪い気はしていない。
ジョセフとディオ、あと承太郎だったか。特別な関係で、あの執着から恋人なのだと思ったが、箱を開けてみれば、義理の兄弟。
自分が、こんな機会を逃すわけがない。
「ディオ、本当に恋人になってみないかい?」
手当てをする彼女の手を掴めば、手が叩かれた。その衝撃で手を離してしまう。
「触んな」
ジョセフが不機嫌そうにこちらを見ている。
「そんな暇はないからな。さて、終わったぞ」
丁度、自分の手当ては終わったらしく彼女は立ち上がる。あっさりとフラれてしまったが、そんなことで諦める自分ではない。
店主から借りた救急箱を返すと、彼女はお礼を言って酒場から出ていく。
ジョセフがそれについていくので、自分もついていこうとすれば、男に止められた。
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