胸に花を抱いて 5
翌朝、贈り物を運んできた執事に書いた手紙を預ける。
一緒に運んできた使用人は、昨日と同じように、紙に書かれたものを読み上げる。
変わらない贈り物の量に、ため息をつくしかない。
リストを貰い、今日は孤児院に行くために、準備をする。
孤児院に行くと、子供たちと世話をする大人たちが出迎えてくれる。
「ディオ様」
「ディオ先生、こんにちは!」
「ディオ先生!」
挨拶を返す。
この孤児院は、金銭的な援助もしているため、まだ環境はいい。
子供たちは、自分が知っているかぎり、大きな病気にもかからず、餓死もしていない。必要最低限の生活だが、子供たちは幸せそうだった。
「先生!!」
ここにいる大人たちは、皆が先生と呼ばれている。
二人の子供が走ってきていた。しかし、近づいてくるのは、必死の形相で。
「ミールが……ミールが!」
「椅子が壊れて……!」
子供に案内してもらい、他の者たちと走ってそこに向かう。
そこは遊び場として使っている部屋だった。
部屋には大泣きしながら倒れている男の子と、それを取り囲み、どうしたらいいのか分からない子供たち。
「どうしたの!?」
一緒に来た大人が、その男の子を抱きかかえる。そのかたわらには、崩れている椅子。
「何があったの?」
あやしている間に、他の子供たちに何かあったのかを聞く。
どうやら棚にあるものを取ろうとして、椅子にのった時にいきなり脚が折れ、乗っていたミールは落ちたのだという。
一応、ミールを見てみたが、高さはあまりなく、尻から落ちたため、そこが痛いと言うだけ。泣いていたのは、落ちたことに驚いていたためだろう。
「大丈夫?」
「だ、いじょうぶ……」
ミールは目尻に涙をためながら、頷いた。強い子だ。
あの呼びに来た二人にと一緒に、勉強部屋へと向かっていった。
その姿を見て、幼いあの頃を思い出した。
勉強を教えた後、屋敷へと帰ると、招待状を渡された。
どうやら、その招待する家が当主交代の記念を大々的にやるらしい。
それは、兄弟全員にあるという。
ということは、ジョセフにも承太郎にも。あの二人はああいう華やかな場所は苦手で行きたがらない。
承太郎は、厳しく言えば、渋々来るが、何度か逃げられている。ジョセフは無理矢理にでも連れて来なければ。最近は全く、参加していない。
明日にでも、探しに行こう。
養父の様子を見に行き、その後はパーティーに行く、ドレスを選んでいた。
ジョナサンは、お礼の手紙を書くのを手伝っていた。これは、いつものことだ。
彼女は一人で膨大な量を書いており、毎日のように追われていた。
手伝おうかと、声をかければ、彼女は、疲れている顔で頷いた。
そこから、自分はずっと手伝っている。
一昨日までは、ただお礼を述べる文章だったが、昨日から、断る内容になった。
もう贈り物は飽和状態になっていた。彼女の部屋に入りきらないものは、倉庫に仕舞われているものもある。
妙に静かになり、彼女の方を見ると、ペンが止まっており、彼女が俯いていた。
眠っている分かり、彼女の手からペンをゆっくり取る。
「……ん」
彼女が反応し、顔を上げたが、眠いのか、また目を閉じていく。
ディオは、ついさっきまでパーティーに着ていくドレスを選んでいたのが、使用人たちと揉めに揉めたらしい。
パーティーは目立つほどいい。だがら、皆が派手で豪華な装飾をしている。
しかし、彼女はそこにいるだけで目立つため、ドレスは目立たない色を彼女は選んでいたのだが、使用人たちはそれはそれは派手なものを用意している。
部屋の角に置かれていたドレスは、黄色を基調として、宝石と造花が装飾として様々なところに散りばめられていた。
地につくまでの布の長さ。これを着て歩くのは大変だろう。彼女はいつも、装飾が少ないと言うより、町娘と変わらない格好をしている。
親しみを持ってもらうためらしく、貧民街では高価なものを身につけていると、恰好の的になってしまうらしい。自衛のためだとも言っていた。
パーティーの後はいつも、彼女は疲れている。
重いドレスと、途切れることがない人との会話。
休ませようと、自分も彼女を気にかけ、話しかけては話を中断させて休ませてはいるが、そんな彼女のところに、また話しかける者もいる。
子供たちに勉強を教えている方がマシだと、愚痴を聞いたこともある。
また、俯いて眠ってしまったディオに、もう少しなので、後は自分に任せてベッドに休むように言えば、便箋やペンを退かすと机に突っ伏し、眠ってしまう。
「ディオ」
「……うるさい」
少しの距離なのだが、その少しの移動も面倒らしい。
しかし、こんな所で寝ては、ちゃんと休めないだろう。
「ディオ、起きてよ。運ぶから」
ゆっくりと彼女が起き上がったところを、抱き上げる。
軽い。ちゃんと食べているのは、分かってはいるが、心配してしまう。
自分たちより、食が細いのはしょうがないが、もう少し食べるべきではないのだろうか。
触れる体には、あまり肉はないように思う。
うるさい鼓動に彼女は気づいているのだろうか。しかし、彼女自分に体を預けてたまま、何も言わない。
ベッドにゆっくりと歩いていく、彼女を起こさないように、少しだけでも彼女に触れていられるよう。
ベッドに横にし、シーツと毛布を被せる。
「おやすみ」
そう言うと、彼女は少し目を開けた。
「……任せた」
「うん」
また、目を閉じていく。
自分は早く終わらせようと、机に戻っていく。
手紙も書き終わり、戻る前に彼女を見れば、とても穏やかな寝顔。
少し赤らんでいる頬に、ふっくらした唇。長い睫毛。
あの時から、彼女は美しくなった。髪も長くなり、女性らしくなった。中身も外見も。
言葉遣いは猫を被っていなければ、荒いこともあるけれども。
髪に触れ、少量だけ掴み、口づける。
彼女は勘違いしたままだ。
自分がずっとエリナを好きだと思っている。
かわいらしいとは思ったが、その前に、自分は一目で違う人に心を奪われていた。
初めてワンピースを着たディオに。どこか恥ずかしそうにしていた。
少年のような格好はそれはそれで似合っていたが、少女の姿になった彼女は可憐で。
あの時の彼女を忘れられない。
この気持ちは伝えられていない。このままでも、彼女とは一緒にいられる。
髪を離し、彼女から離れる。灯りも消し、部屋から出た。
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