胸に花を抱いて 3
学校に行けば、子供たちが窓から覗き込んでいた。
「何をしているの」
後ろから声をかけると、子供たちは驚いて、飛び上がる。
こちらを見ると、窓を指す
「先生ー、起きたよ。あの人」
窓から、中で動く人影が見える。
子供たちには、近づくなと言ったのだが。
彼が何者か分からないし、危害を加えてこないとは限らないのだ。
子供たちに近づかないようにと再度言い、中に入った。
彼はこちらを見ると、身構えた。
「誰だ」
「わたしはここで勉強を教えている、先生よ」
彼は警戒を解かない。
こちらが何かしてくるのではないかと、疑っているのが分かる。それは、こちらも同じだが。
「動けるなら、大丈夫そうね」
「手当ては……君が?」
巻かれた包帯や貼られた湿布を触ったり、見ていた。
「そうよ」
傷の手当ては慣れていた。兄弟たちがよく怪我をしてくるのだ。嫌でも、上手くなった。
彼が警戒を解いたのが分かったが、こちらに歩み寄ってくる。今度は自分が警戒をする。
「ありがとう」
笑顔でお礼を言われ、手を取ると甲に口づけされた。
ひきつりそうになる顔を笑顔で固定する。
「どういたしまして」
向けられる笑顔とその手慣れた手付きに、これで様々な女性を落としてきたのだと思った。
近くで見る顔は整っており、女受けも良さそうだ。
自分も言い寄られることが多い。こんな輩とも何度も接してきたため、何も感じない。
「綺麗な手ですね」
「ありがとう」
手は離されない。引き抜こうとしたが、離さないと言わんばかりに、力がこもる。
「おれはシーザー。あなたの名前を教えてもらいたい」
「ディオナ。みんなはディオって……」
いきなり、手を引っ張られ彼に引き寄せられる。
彼に密着するのと同時に、隠し持っていたナイフを首にあてれば、間近にある顔が固まったのが分かった。
「……なっ」
「ここら辺は物騒でな」
猫を被るのをやめる。ここには子供はいない。
護身用として、ナイフを持ち歩いている。もしもの時の用に。
「あなたの虜になってしまいそうだ」
うっとりしたような表情と、歯が浮くような言葉に、笑顔が消えていく。
「そうか。さっさと離せ」
いきなり視界が薄暗くなり、次の瞬間には、自分の体には後ろから腕が回り、後方と引き寄せられ、目の前にいたシーザーは吹き飛んでいた。
背に何かがあたり、見上げれば、承太郎が。
体を反転させられ、彼の胸に飛び込む形となる。ナイフで彼の体を傷つけそうになり、刃を体とは逆の方向に向けた。
「てめー、ディオに何をしたッ!」
怒っている。彼は自分が異性に触れられるのを極端に嫌っており、屋敷の者はいいのだが、他人となると、手が出る。必ずと言っていいほど。さきほどの酒場でもそうだ。
社交場でも、彼は自分が異性と話すだけでも、不機嫌になっている。
姉がとられるとでも思っているのだろう。
シーザーは承太郎に殴られて、膝をつき、こちらを睨んでいた。口の端に血が滲んでいる。
それを拭うと、立ち上がる。
「てめえ……!昨日の!」
彼は承太郎を知っているようだ。
「ああ!?おれはてめーなんか、知らねえぜ……!」
頭に血が上っているため顔を認識していないのか、それとも本当に知らないのかは、分からないが、ここは学校だ。暴れて、物を壊されてはたまらない。
承太郎は抱きしめるのをやめ、自分を庇うように前へと出たが、ナイフをしまい、腕に抱きつき、止める。
「落ち着け!」
「離せッ!」
「承太郎!!」
名前を呼び、やめろと睨みつけると不本意そうだったが、分かったと。
「シーザー、お前もだ」
彼の方を見てそう言うと、戦闘体勢に入っていたシーザーも、渋々だが体制を崩した。
腕を離し、彼の方に近づこうとすると、体に回ってきた承太郎の腕に阻まれた。
「……承太郎、離せ」
腕は回ったまま。力も何もゆるまない。
力では適わないため、引き剥がそうとしても無駄だろう。
「シーザーの手当てを」
「必要ねえ」
「いや、お前が判断してもだな……」
「付き合ってられねえ」
シーザーはそう吐き捨て、出ていってしまった。
引き止めようにも、承太郎が邪魔をし、それはできなかった。
「あの男と喧嘩したのか?」
ようやく、承太郎に解放され、彼と向き合う。
「いや、あんな奴、知らねえぜ」
本当かと聞くと、頷く。どうやら、彼は人違いをしているようだ。彼と喧嘩したのは兄の方だろう。
そういえば、承太郎がなぜ、ここにいるのだろうか。その兄を屋敷に届けたのなら、こんなにすぐに、ここには来られないはず。
「ジョセフ、は?」
嫌な予感がする。
「逃げられた」
予想通りの答えに、ため息が出る。探すためにこちらに寄ったのだと言う。
馬車に乗せようした時に、まんまと逃げられたらしい。
「ディオ、あいつに何もされてねえな?」
「手の甲にキスされたくらいだ」
そう言えば、服の袖で痛いくらい、そこを拭われた。
貧民街を承太郎に任せ、自分は町へと行くことにした。
ジョセフの行動範囲は広い。
誰かに聞けば、彼を見た者がいるだろう。
町へ行っても、彼はいなかったが、屋敷に帰ると、丁度、彼が屋敷を出ていこうとしていた。
「ジョセフ!」
それをジョナサンが追いかけていた。
「おれなら大丈夫だからよ、じゃあな!」
彼は自分を一瞥して、横を通り走り去っていく。屋敷に戻っても彼は、すぐに外に出ていってしまう。帰る場所は違うと言いたげに。
ジョナサンは追いかけるのを諦めたようで、自分を出迎えた。
「おかえり」
「ただいま。あいつは、お義父さんには会ったのか?」
「会ったよ」
それならいい。ジョースター卿に会ったなら、もうどこにいても。
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