胸に花を抱いて 12


孤児院での授業が終わり、シーザーいる所に行くと、道具を片手に家具を直している彼がいた。
「わたしが帰ってくるまで、待っててって言ったのに」
「本当にやるのか?」
「できないことがあると、我慢ならないのよ」
シーザーに椅子や机の直し方を教えてもらう約束をしたのだ。
ついでに、孤児院の壊れた家具を直してもらうという魂胆。
報酬は彼が届けに来たお金と自分とのデート。修理を頼んだり、買い換えたりする金額に比べれば、安いものだ。
「さあ、シーザー教えて」
「分かったよ。怪我には気をつけてくれ」
下ろしていた髪を一まとめにすると、頷いた。

手取り足取りディオに教えていたシーザーは、役得だと内心、ほくそ笑んでいた。
手を添えても、顔を近づけても、彼女は作業に集中しているのか、嫌がる様子もない。
今は、中板が折れてしまった本棚を直していた。新たに作った中板をはめ込もうとしていた。
しっかりと入れるためにも、ハンマーで叩くのも、彼女がすることに。
ハンマーで叩くが、あまり力が入っていない。腰を入れてと腰に手を回す。
「ちょっといいかな」
扉が開き、入ってきたのはジョセフ。いや、雰囲気が違う。こんな穏やかなものを彼はまとってはいない。しかも、この状態だと真っ先に殴られているはずだ。
「ジョナサン」
違う名前が呼ばれ、彼女の兄弟なのだと理解した。本当にこの兄弟はよく似ている。
「何をしているんだい?」
一点に注がれる視線に気づき、彼女の腰から手を離す。
「家具の直し方を教えてもらっていたの」
「彼は?」
「前に話したシーザーよ」
そう彼女が説明すれば、納得したようだ。
ジョナサンはこちらに近づいてきて、手を差し出す。
「ぼくはジョナサン・ジョースター。よろしく、シーザー」
「あ、ああ、よろしく、ジョナサン」
その手を握り返せば、強く握られた。
他の兄弟とは違い、好意的なところに戸惑う。
握手をやめると、ジョナサンは手伝うと言ったが、ディオは断っていた。
「じゃあ、見てていいかな?」
「見世物じゃあないわ」
「何かあった時のためだよ」
邪魔にならないようにと、部屋の角に行く彼。
続けてと笑う。
見張られているのだと思う。自分が彼女に手を出さないようにと。

家具の修理が終わり、各々を部屋へと戻しに行く。
それは、男であるシーザーとジョナサンの仕事になった。
「なあ、ディオはいつもあんな感じなのか?普通、貴族の女性は肉体労働なんて嫌がるもんだろ」
家具を運びながら、ジョナサンに問えば、彼は笑って答えてくれた。
「彼女は、自分で何でもしたいんだよ。昔から。男ばっかりに囲まれて育ったからかな。対抗心だと思う」
貴族の女性は、何もしないことが美徳だが、それは我慢できないと、ディオは子供たちに勉強を教えたり、お菓子を作ったり、今でも色々なことを学んでいるらしい。
「周りは戸惑ったり、いい顔はしないけどね」
彼女自身が家具を直すと言ったときには、孤児院の者たちは、驚いて、止めようとしていた。それを彼女は突っぱねていたが。
「ぼくたち家族くらいは、理解してあげないと」
そう言った彼は、とても穏やかな顔をしていた。

家具を元の位置に戻し終わり、ディオが待っている部屋に帰れば、彼女は手を眺めていた。
「ありがとう、二人とも」
こちらにお礼の言葉をかける。それにシーザーは、お礼なんて別にいいと笑っていたが、自分は彼女の前に立ち、見ていた手に顔を近づけた。
「怪我をしているじゃあないか」
手の甲にうっすらと血が滲んでいた。
「少し切っただけ」
道具を直している時に切ったらしい。
慌てた様子で救急箱を抱え、女性が部屋に入ってきた。
その救急箱は自分が受け取るが、彼女は、何度も謝罪を繰り返し、頭を下げる。謝ることはないと頭を上げさせた。これはディオが勝手に怪我をしたのだから。
シーザーがそばに寄り、女性を慰めている間に、ディオの手当てをすることに。
舐めとけば治ると言う彼女。そうかと救急箱を置き、手を掴み口を近づけたが、寸前のところで、手を引っ込める。
「な、何を!」
予想外の行動に戸惑っているようだ。顔を赤くしている様は可愛いと思う。
「だって、舐めとけば治るって」
彼女が言ったのだ。だから、自分はそうしようとしたのに。
「……手当てして!」
手を差し出してきたので、救急箱を開け、道具を取り出す。

シーザーは二人のやり取りを横目で見ており、女性をさりげなく外に出した。
まるで扱いが透明人間になったようで、いい気はしていなかった。
「なあ、ディオ」
二人に近寄り、ディオのそばに立つ。
「何?」
「デートはいつする?」
にっこりと笑う。
「デート!?」
言葉に反応したのは、彼女ではなく、ジョナサン。驚きで手当てが止まっている。
「デ、デートって!?」
「教えてもらったのと家具を直してもらったお礼」
冷めた目でディオは彼を見ていたが、彼はこちらを見ていた。嫉妬を宿しながら。
彼も他の兄弟たちと同じなのだ。ディオが大切で、家族以上の気持ちを持っている。
しかし、これは、自分と彼女とだけの約束。
「明日でもいいかしら」
「ああ、おれはいいよ!」
勝ち誇った笑みをジョナサンに向ければ、彼は悔しそうにしていた。
待ち合わせの時間と場所を決め、自分はさっさと孤児院を出ていくことにした。

「ジョナサン、早くして」
手当てをする手が少し震えていた。急かされているからか、怒りからか。
「本当に、デートするのかい?」
「約束だもの」
なぜ、よりによってデートなのだ。余りある金があるのだから、それをお礼にあげればいいのに。
羨ましい。彼女とでかけることはたまにあるが、デートのような甘いものではない。
「できたよ」
「ありがとう、ジョナサン」
救急箱も返し、自分たちも帰るために孤児院を出た。
帰り道にシーザーと二人っきりになるのは、危険だと言ったが、彼女は大丈夫の一点張り。
そんな危険な場所には行かないし、何かあれば護身用のナイフがあると。男がそんな物を、本気を出したら、ものともしないのに。
「わたしは子供ではないッ!」
遠回しにデートに行ってほしくないと何度も伝えた結果、彼女の機嫌を損ねることになってしまい、意地でもデートに行くと言う始末。
部屋にとじ込もってしまった彼女。
もう、これは告白した方がいいのだろうか。誰にも渡したくないのだと。シーザーにも他の兄弟たちにも。
しかし、あの状態では良い返事が貰えないのは火を見るより明らかだが、諦める訳にはいかない。
シーザーには彼女を渡さない。


11へ←   →13へ





2013/08/14


BacK