胸に花を抱いて 1
ディオがジョースター卿に引き取られてから、七年が経った。
三人の息子たちと共に育った彼女は、才女とも言われ、貴族の女性のような気品さも兼ね備え、それはそれは美しくなった。
短かった髪も腰まで伸び、流れる金髪は艶やかで、その髪を結わえる時は、少し古くなったリボンが使われていた。
切れ長の目と透き通るような白い肌に、仄かに赤く色づいた唇。花も恥じらい、月も雲に姿を隠すほどだと言われる美貌。
最近では、孤児院や貧民害や町の子供たちに無料で勉強を教えており、その名声は高い。
賢女や聖女だと持て囃す人たちもいるほどだ。
貴族の中でも、彼女と関係を持とうとする男性も多く、気をひこうと毎日のように彼女あての贈り物が届く。
「ディオお嬢様、今日は……」
使用人が贈ってきた人物と中身を書いたものを読み上げていく。
正直、ディオはうんざりしていた。欲しいとも何も言っていないのに、勝手に届く贈り物の数々。
いちいち、お礼の手紙を書くこちらの身にもなってほしいものだ。
しかも、その財力を見せつけるように、無駄に高価なものばかり。さすがに生き物や土地は断っているが。
そんな物より、書くものと紙が欲しい。子供たちにあげる本でもいい。
相手の機嫌を損ねれば、それはジョースター家の心証を損なうことにもなるので、上っ面だけの礼を述べた手紙を書く。
そして、こんな高価なものは自分にはもったいないとも書き添えて。
派手な装飾品は邪魔なだけで、ドレスも然り。
まだ花の方がマシだ。枯れていくだけのそれは、そういう理由から捨てられるのだから。
使用人が読み終わった一覧を自分に渡すと、そのまま部屋を出ていく。
それと入れ替わるように、入ってきたのは男性。
彼はこのジョースター家の実子であり、長男のジョナサン。
自分と同じ歳で、大学に行き、ラグビーに明け暮れ、体格もよくなり、その長身は近くにいると、圧迫感さえ感じる。
頭脳明晰であり、大学を首席で卒業できると言われている。
性格も紳士で、さすがジョースター家の跡取りということだろう。
「毎日、凄いよね」
ジョナサンは贈り物の一つを勝手に開ける。中身を確認するため、使用人たちが封は切っている。自分は触ることも、最近はしない。
「これ、ディオに似合うと思うけど」
彼が手にしているのは、羽根や花が装飾された重そうな大きな帽子。邪魔ではないのだろうかと思う。
そんなものは、もう腐るほどあるというのに。
「いらん。欲しいならやる」
「ぼく、男だし……」
困ったように笑うジョナサン。
礼の手紙は帰ってきたら書くことにし、荷物を持ち、立ち上がる。
「今日はどこだい?」
部屋を出ると、彼もついてくる。
「貧民街だ。ついでにジョセフも探してくる」
「送ろうか?」
「途中まで馬車で行く。大丈夫だ」
「気をつけてね」
「……ああ」
送り出す彼はいつもどこか寂しそうに見える。
もう大人だ。心配なんていらないのだ。
馬車を途中で降り、貧民街へと向かう。
貧民街には、勉強に縁がない子供が多い。学校に通わせる金がなく、家庭を支えるために子供が働いていることもある。
そんな子供を集め、無償で自分は勉強を教えている。
読み書きや、簡単な計算くらいだが、それができる、できないでは天と地の差があることを、自分は知っている。
最初は、貧民街に行くことさえ、反対されていた。
あそこは、治安が最低だと言っていい。女の自分が行ったら、どうなるかは、予想がつく。
しかし、あそこにいる子供たちは、町の子供たちや、孤児院の子供たちと何も変わらないと説得した。
自分はあそこの惨状を知っているのだ。教養がない故に、子供たちがどんな目にあっているか。
兄弟たちはそれを聞いて、積極的に協力をしてくれた。
教える場所も探してくれ、宣伝もしてくれた。
ペンや紙はあったので、それを持って貧民街に行った。
宣伝の効果があったのか、数人の子供が来てくれ、小さな学校の噂は瞬く間に広まり、今は沢山の子供たちが来ている。
兄弟の中でも、貧民街に入り浸っているジョセフの協力が一番大きかった。
子供たちに勉強を教え終えたら、彼を探さなければ。
学校としている家の周りには、子供たちがいた。
「こんにちは、先生!」
「こんにちは」
挨拶をしたが、子供たちが何かを取り囲んでいる。
何をしているのかと声をかければ、子供たちは指で下を指す。
入口の前に人が倒れていた。金髪の男性。殴られたのか、顔が腫れている。ところどころ、怪我をしているようだ。
行き倒れはここでは珍しくないが、死んでいるのか生きているのかと子供たちが騒ぎ、つつく者もいる。
それをやめさせ、男に声をかけたが、反応はない。手を口に近づけ、息をしていることを確認する。
放置する訳にもいかず、中に運ぶことにした。
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