花は咲く前
4
勉強の時間が長引き、終わった頃には、ジョナサンと共に疲れていた。
家庭教師が明日は用事で来れないために、その分が今日に回ってきたのだ。
一度に頭に入る量なんて限度がある。覚えるためにも、復習をしなければ。
しかし、その前に気分転換しようと散歩に行くことにする。
ジョナサンは机に突っ伏したまま動かない。
「うう……」
唸っているのが聞こえ、どうせ知恵熱でも出しているのだろうと放っておくことにした。
外に出て、伸びをする。ずっと同じ姿勢だったため、体が固まっている。
「承太郎様ー?」
使用人が承太郎を探しているようだ。
声をかけると、承太郎を見かけなかったかと聞かれ、見ていないと答える。
屋敷の前でダニーと一緒に遊んでいたはずなのだが、承太郎もダニーもいない。
散歩にでも行ったのではないかと言うと、散歩はジョナサンと一緒に行き、一人ではいかないと。
そんな話をしていると、ジョナサンが屋敷から出てきた。
「承太郎を知らないかい?」
勉強が終わったら一緒にダニーの散歩をする約束をしていたのだと。
その目的の人物たちがいないと言うと、一人で行ったのかもしれないと、ジョナサンは予測していた。
「ディオ!ジョナサン!」
名前を呼ばれ、そちらを見ると、エリナが走ってくる。
全速力で走ってきたのか、彼女の髪は乱れ、息を切らしていた。頬に汗が流れている。
「あ、あの……じょ、承太郎……が……!」
出てきた名前に目を見開く。承太郎に何があったのかと聞くが、彼女は酷く慌てて、言葉が支離滅裂になっている。
「落ち着いて」
「そうだ、落ち着け。深呼吸をするんだ」
エリナはその言葉通りに深呼吸をして、少し落ち着く。
「承太郎が大怪我して、わたしの病院に運び込まれたの……!」
その言葉に、自分たちはエリナの手を引いて、走り出した。
病院に行けば、ベッドに横になっている承太郎。
酷い有り様だ。頭には包帯を巻き、顔も腫れ上がっており、腕にも包帯が巻かれていた。
エリナが、どう見ても人に殴られた痕だと言う。
幼い彼に暴力など。腸が煮えくり返る。
「運び込まれた時に、何度もダニーって」
自分たちを呼びに来る前まで、繰り返し呼んでいたらしい。一緒にいたはずのダニーはここにはいない。どこにいるのか。
「ディオ、ぼく、ダニーを探してくる。承太郎をお願いできるかい?」
「ああ」
ジョナサンは部屋を出ていく。
今、ジョースター卿は家を留守にしている。承太郎が病院に運び込まれたことは、執事には伝わっているだろうが。
エリナの父が病室に入ってきて、父が不在のことを伝えると、代わりに簡単な説明を受けた。
幸いなことに骨折はしていないが、全身打撲のために、一週間は安静にしていなければいけないこと。
怪我のせいで熱も出てくると思うが、それさえしのげれば大丈夫だと。
医者も小さな子供に暴力があったことに怒っていた。
一緒にいてもいいかと聞くと、快く了承してくれ、困ったことがあればエリナに聞いてくれと。
エリナによくしてくれた礼だと笑っていた。
こんこんと眠る承太郎を見ていると、いきなり大きな音をたてて、扉が開いた。
「承太郎!」
そこに立っていたのはジョセフ。
承太郎を見た彼は、絶句していた。
「し、死んでねえよな……!?」
「寝ているだけだ」
不吉なことを言うなと睨みつける。
その言葉を聞いて、ジョセフはそこに座り込んだ。
ジョナサンに会い、承太郎が大怪我をして運び込まれたと聞き、慌ててかけつけたという。
「とりあえず、大丈夫なんだな……?」
「今は、な」
これからどうなるかは、承太郎しだいだが、今は大丈夫だ。
「誰がこんなこと……!」
「ジョセフ」
怒っている彼の名前を呼ぶと、驚いていた。呼んだ記憶はない。たぶん、初めて呼んだ。
「ジョナサンを呼んできてくれ。承太郎を一人にする訳にはいない。それか、お前がここに」
「分かったよ、呼んできてやる。承太郎を宜しく頼む」
意外とすんなりと受け入れたことに、こちらが驚く番だった。
彼は手を振り、病室を出ていった。
ジョナサンが戻ってきたが、彼だけだった。ジョセフは後から来ると言う彼の目は赤く、表情はどことなく暗い。
「泣いて……いたのか?」
問えば、彼は悲しそうに笑う。
「ダニー、見つけたよ……死んでいたけどね」
その言葉に、どんな言葉を返していいか分からず、黙ってしまう。
「ゴミ捨て場に捨てられてたよ……酷かった……。お墓、作っててね……遅くなってごめん」
酷く沈んでいる。ダニーは彼が一番、可愛がっていた。
大切なものをなくし、落ち込むのは当たり前だが、そんな状態では、承太郎をみられないだろうから帰れと言ったが、彼はここにいると言いはる。
押し問答をしていると、ジョセフが戻ってきた。承太郎の着替えを持って。
「ジョセフ、こいつを連れて帰れ。残るのは、一人でいい」
「ぼくだって、承太郎が心配なんだ」
「おれだって、心配だぜ!」
心配する気持ちは分からないわけではないが、ここに三人いても仕方がない。病室も広いとは言い難いのだ。
「うるせぇ……」
不機嫌な声が、小さく聞こえ、ベッドを見ると、承太郎がこちらを見ていた。
「承太郎!」
全員が承太郎の近くに寄った。
動く手をジョナサンが握ると、その手を握り返していた。
「目を覚ましてよかった」
「おれらのこと分かるよな?」
承太郎はそれぞれの名前を呼ぶが、うるさくて眠れないと文句を言われてしまった。
「ここ、どこだ?」
「病院だ。運び込まれたんだ」
せわしなく目が動いていたが、目を見開いていく。
「ダニー……ダニーは!?」
いきなり、起き上がろうとしたが、傷が痛むのか、再度、ベッドに横になった。
「ダニーが、かばってくれて……だからおれ……」
ぽつりぽつりと承太郎は何があったかを話してくれた。
ダニーと遊んでいると、いきなり、数人の少年に取り囲まれ、担ぎ上げられ、どこかに連れていかれそうになった。
ダニーが少年たちに飛びかかり、それを阻止しようとしたが、自分は連れていかれ、ダニーは数人の少年たちに痛めつけられていたと。
どこかの路地裏に入ると、一方的に殴られた。
「恨むなら、ジョセフを恨むんだな」
そう言って。
必死に抵抗したが、数人、しかも、自分より体格がいい者たちには敵わなく。
ボロボロになったダニーが来て、自分を助けてくれ、その隙に逃げ、通りすがりの人に助けを求めたところで、その後の記憶がない。
最後の方になると、彼は泣いていた。
あまり感情を表に出さない。泣いているところは初めて見た。
悔しかったのか、恐怖からか。
その話を聞いて、怒りがわいてきたが、一番、怒りを露にしていたのは、ジョセフ。壁を殴ろうとしたところを止める。木の壁は頑丈とは思えない。
「ダニーは?ダニーは無事だよな?」
その問いに答えたのはジョナサンだった。
ダニーのことを聞いた彼は、また涙を流す。
「おれのせいだ……!クソッ……!」
「承太郎のせいじゃあないよ」
そう言っても、承太郎は納得していない。彼をかばってダニーは死んだのは事実だ。
「あいつら、許さねぇ……!」
傷だらけの手が強く強く握られる。
「承太郎、そいつらの特徴、覚えてるか?」
ジョセフの問いに、承太郎は覚えていることを話していた。
ジョセフは特徴を聞き出し、それを繰り返す。
「分かった。おれに任せて、お前は怪我を治すことに専念しとけ」
その確認行動は、その者たちに報復するためだろう。
「ジョセフ、やめるんだ」
ジョナサンも彼の意図が分かったらしい。
「おれのせいなんだよ……!そいつら……」
苦しそうな表情に、何かあったかを聞いた。
町の中の子供たちにも、派閥というものがあるらしく、ジョセフたちを敵視しているグループの奴らだと。
喧嘩を売られ、ジョセフたちが叩きのめしたのだが、それを恨んでの行為。
まともにぶつかっては適わない。
だから、相手に近い弱い存在を狙った卑劣な手段を選んだ。
「だから、おれがケリつけてくる」
まっすぐこちらを見る目。
責任感というものはあるらしい。
「……分かったけど、今は我慢してほしいんだ」
「なんでだよ!」
ジョナサンは、ジョセフを壁へと押し付け、顔を近づける。
「相手は弱い者を狙う。それなら、次に狙われる可能性が高いのは」
ジョナサンがこちらを見る。
「ディオ、か」
頷き、ジョセフから離れる。
「ぼくはジョセフより大きいし、大人は狙わないと思うし……後はエリナも危ない。承太郎がここにいるからね。だから、承太郎が屋敷に戻るまでは我慢してほしいんだ」
自分なら大丈夫だが、エリナに危害が加わるのは避けたい。
「ちょっと、あなた達、静かにしなさい」
騒いでいたためか、エリナが怒りながら部屋に入ってきた。
「話すなら外で」
「エリナ、でかけるなら、なるべく一人にならないでね」
ジョナサンはエリナの言葉を遮った。
何も知らない彼女は首を傾げる。
「……なんで?」
顔を見合わせ、事情を説明するかどうかを迷ったが、ジョナサンが頷き、かいつまんで事情を説明した。
「分かったわ。気をつけるわね」
そう言うが、あまり実感はなさそうだ。
「うん、で、ジョセフ」
ジョナサンは部屋を出ていこうとしたジョセフを腕を掴んで止める。
「……う」
エリナが入ってきてから、彼は彼女を見ようとしなかったし、喋りもしなかった。
「エリナに言うことがあるだろう?」
ゆっくりと彼は彼女の前に立つ。
「あの時は、すみませんでした!」
頭を下げると、彼女は頭を上げてと言い、頭を上げた彼の頬を軽くつねり、他の子を苛めないでねと笑った。
逆にディオにやられた怪我は大丈夫なのと心配されていた。
言うなと怒るジョセフを、軽くエリナは流している。彼女は大人だ。彼がまだまた子供なのかもしれない。
「ディオも気をつけてね」
「ぼくなら大丈夫だ」
「だめだよ。一人にならないで」
いきなり、服が引っ張られて、服を掴む承太郎を見る。
「おれ、帰る……そうしたら……」
「駄目よ。これから熱が出てくるかもしれないし」
「ああ、悪化したらどうする」
「承太郎は怪我を治すことに専念すればいいんだ」
「食べて、寝て、治せ、な!」
迷惑をかけていると思っているらしい。これは承太郎が悪いわけではない。
家に帰ると言う承太郎を、四人で説得し、今日は自分が残ることになり、交代で承太郎をみることになった。
5
承太郎は動けないことに苛ついていたが、治すことに専念していた。
熱が出たが、それはすぐにひき、みるみると怪我を治していく。
その回復力にエリナの父も驚いていた。
少し動いていただけでも、痛がっていたが、一週間もすれば、人の手を借り、歩けるまでに回復をしていた。
ジョースター家には特殊な何かがあるのだろうか。ジョセフもすぐに治っていたが。
「もう、家に帰ってもいいよ」
怪我は全快とはいかないが、そこまで治っていたらと、退院の許可がおりた。
「やったぜ!」
喜ぶ承太郎を見ながら、自分も嬉しくなる。
明日には承太郎は帰るために、準備をしていると、エリナに呼び出された。
「どうした?」
エリナの表情が優れない。何かあったのかと心配したが、そうではないらしい。
「父が仕事でインドに行くの……わたしたち、それについていかなくちゃあならなくて……」
本当は、もう旅立っていたはずなのだが、その話をされた時に、承太郎が運ばれてきた。
予定をずらしているらしい。
承太郎が明日、退院。明後日には旅立つと。
薄々は気づいていた。荷造りをしているところを見ていたからだ。
「承太郎があんな状態なのに……ごめんなさい」
「いや、そう言うのはこちらだ。忙しい時にすまないな」
エリナは泣いていた。泣きながらも、本当は寂しいと。ここには何年経っても、戻ってくるからと。
彼女は結んでいたリボンを手に握らせてきた。
「あげるわ……大切な親友だもの」
自分は何かあげようかと思ったが、あげられるものはない。
「いらないわ。ディオには沢山もらったもの……でも、それをなくさないでね」
彼女に自分は何もあげていない。
それを問うと、笑ってもらったわと言うだけ。
エリナは涙を拭うと、それだけだからと、廊下を歩いていく。
その背中を見ながら、リボンを強く握りしめる。
退院当日に、ジョースター卿がやってきた。
承太郎のことを伝えられ、大急ぎで帰ってきたらしい。
まだ怪我をしている彼を見て、涙を流しながら抱きしめる。
よく頑張ったと。
照れ臭いのか承太郎は、ジョースター卿の肩に顔を埋めていた。
見送ってくれるエリナに、栞を渡した。承太郎がくれた花を押し花にし、栞にしたものだ。
エリナはいいのにと言ったが受け取ってくれた。
明日、見送りに行くと言うと、彼女は首を横に振る。
「わたしたちの見送りはいいわ。承太郎についてあげて」
馬車に乗り込む時に、エリナは笑っていた。
「また、な」
自分も笑い返す。
「うん、またね!」
いつものように別れた。
彼女とは親友で、また再会するのだから。
屋敷に戻った承太郎は、すぐにベッドに横になって、眠ってしまった。
ジョースター卿は、承太郎の怪我が良好に向かっているということに安心していた。
しかし、承太郎が屋敷に帰ってきてから、承太郎のをみているのは自分だけ。
ジョナサンとジョセフがコソコソと何かをしている。
承太郎は何も言わない。
「承太郎が屋敷に戻るまでは、我慢してほしいんだ」
そんな言葉を思い出す。
二人は何かをするつもりだ。
「何をしている?」
「どわあっ!」
「わあ!」
部屋で角で話す二人の背後から話しかけると、二人は飛び上がる。
「なんだ、ディオかよ……」
「な、何か用……?」
「何を企んでいる?」
二人は顔を見合わせ、何もと笑う。ジョセフは普通だが、ジョナサンは顔がひきつっている。
嘘はつけない彼だ。
「やり返すのか?」
彼らの企みは、たぶん、承太郎がされたことの報復。
「言えない」
「お前には関係ないだろーが」
「……!」
ジョセフのその言葉は、聞き捨てならない。自分だって、承太郎がされたことは、腹がたっている。
ジョセフに掴みかかったが、ジョナサンが止めに入ってきた、
「君を巻き込む訳にはいかないんだ」
「ぼくだって……!」
承太郎をあんな目にあわせた者を探し、同じ目にあわせたい。
「お前は承太郎についてやってくれよ」
頭をかき、ジョセフは言う。
「寂しがり屋だからね」
「承太郎はお前になついているしな。一人になりたくないだろうし……お願いだからよぉ」
「ぼくからもお願いするよ」
二人に頭を下げられ、何も言えなくなった。
承太郎はもう手を借りずに、歩けるようになったが、外には出ようとはしなかった。
やはり殴られたこと、ダニーのことは堪えているらしい。
室内で遊ぶ承太郎の相手をしていたが、やはり二人は何かしているようだった。
承太郎もそれには気づいているようだったが、見てみぬ振りをしている。彼がそうしているのだから、それをどうこう自分は言えない。
一人になるのを恐れてか、夜は専ら自分と一緒に寝ていた。
「ディオ、エリナは?」
ベッドに横になり、夢に入りかけていたが、その問いに目を覚ます。
最近、エリナと会っていないと。
「エリナは遠いところに行ってしまったんだ」
見送りはエリナが断ったために行かなかったが、やはり行けばよかったと思う。
承太郎のすぐそばにずっといたが、少しだけ抜け出して、行けばよかった。
承太郎のことしか考えていなかったため、今頃になって、友達、いや、親友に会えないのは、寂しいものだと実感してくる。
もらったリボンは短い髪には似合わず、しまっている。
「おれが迷惑、かけたからか?」
「いや、違う。お父さんの仕事だと」
それを聞いて、承太郎は安心する。あの一件をずっと引きずっているのだ。
承太郎はディオを見て、寂しそうな表情に見えていた。
彼女は自分に付きっきりだ。他にいる兄弟の代わりに。
ジョナサンとジョセフは、忙しそうにしている。何かをしているようだ。
あまり会話もしない。避けられているようにも感じる。
「おれなら大丈夫だぜ」
一人は苦痛ではない。一人でいろと言われれば、別にそれでもいい。
「だから」
エリナが遠くにいるのは、嘘なのだと思う。
自分のせいで、彼女に会えないなら。
「ぼくは、大丈夫じゃあないな……」
その笑顔が、始めて見る顔で。
今にも泣きそうな顔に、彼女の手を掴む。
「おれ、ディオのそばにいるからな……!」
そう言うと、ディオは驚いていたが、いつもの笑顔を浮かべてくれた。
「ありがとう、承太郎」
そう言って彼女は抱きしめてきた。
触れる温かさと柔らかさに、胸が高鳴る。
しかし、そこは居心地がよくて、すぐに眠ってしまった。
承太郎の傷も全快し、人と一緒なら外に出られるようになった。
そんな矢先、いきなり事件は起こった。
6
夜。ジョナサンとジョセフの帰りが遅く、皆で探しに行こうかと話し合っていると、二人は帰ってきた。
血を流し、顔は腫れて、身形もボロボロで。
ジョセフは一人の人間を引きずっていた。その者も、同じようになっていた。
屋敷は騒然としていたが、二人が承太郎を呼ぶ。
承太郎と一緒に近づくと、彼はその男の前に行くと、何かに気づいたようで。
「……!」
ジョセフを見る。彼は笑っていた。
「全員、連れてくるのは無理だからな。リーダーだけ」
二人で承太郎の報復をしたのだ。
ずっと、このために彼らは走り回っていた。
ジョセフは掴んでいた手を離し、謝れと言う。
男は地に頭をつけ、掠れた声で謝罪を繰り返す。顔が腫れているため、うまくは言えてないが、辛うじて聞き取れる。
「はあ……スッとしたぜ」
「ジョナサン、ジョセフ……」
「ダニーの分も謝らせたから」
もう充分だろうと、ジョナサンはその男を引きずり、屋敷から出ていく。
「ごめんな、承太郎。おれ、これくらいしかできなかったけどよ」
ジョセフは承太郎の頭をなでる。
「……充分だぜ」
そう言う彼は、泣いていた。ありがとうと。
「そう言ってくれ……る、と……」
ジョセフが倒れ、皆が彼にかけ寄った。
医者をと声が上がる。
「最近、寝てなかったから」
ジョナサンが戻ってきていた。
「ぼくも……」
彼も膝から崩れ落ちる。倒れていく体は自分が受け止めた。
「ごめん……力が入らなくて……」
「お前たち、馬鹿だな」
笑い声だけが返ってくる。
承太郎はジョナサンにもありがとうと言っていた。
ジョセフは使用人たちに部屋に運ばれ、ディオはジョナサンを彼の部屋まで肩を貸す。
ソファーへと座らせ、血を拭うためにも、服を脱ぐのを手伝っていると、承太郎が濡らしたタオルを持ってきてくれた。
礼を言い、それでジョナサンの体を拭う。
「痛いんだけど……」
「我慢しろ」
承太郎がその様子をただ見ていたが、どうやって二人でやり返したのかを聞く。
二人は承太郎が言っていた特徴と、ジョセフの情報でその犯人を探していた。
承太郎を痛めつけたのは、その者たちで間違いないだろうが、それをより確かにするため、情報を手に入れた。
その者たちは、得意気にそれを言いふらしていた。ジョセフが大人しくしていたことも原因なのだろう。
疑いようもない。
そして、今日、その者たちが集まっている場所に二人だけで乗り込んでいき、そこにいた全員を叩きのめしてきたと。
リーダーだけを連れてきて、承太郎に謝らせたのだ。
「無茶をするな」
傷の手当てをしながら、その話を聞いていた。
「どうしても許せなかったんだ」
承太郎のこと、ダニーのことをと。
「死ななくてよかったな」
手は血だらけで、様々なところに殴られたあとがあり、出血もしている。結構な人数を相手にしたことが分かる。
「だから、二人を巻き込む訳にはいかなかったんだ。ありがとう、ディオ。承太郎の世話をしてくれて」
「別にいいがな。承太郎は寂しかっただろうが」
自分は、二人がしようとしていたことを分かっていたため、二人の代わりに承太郎と共にいたが。
「おれはディオがいたから、寂しくなかったぜ」
その発言は本心か強がりかは分からない。
少し微笑み、ジョナサンの手当てを続けた。
頑張ったねとジョナサンは承太郎を褒めていたが、なんでおれがという顔をしていた。
翌日。
二人は父親に説教されていたが、二人は気にしていないようだ。
承太郎もその日から、一人で外に行くようにもなった。
自分は、怪我してあまり動けない二人の世話をしていた。
「ジョセフ」
部屋に入ると、窓に向かっていた。
追いかけて、寸でのところで襟首を掴み、引き止める。
「まだ安静にしていろと言われているだろう!」
「暇なんだよォー!」
「知らん!」
とりあえず、連れ戻し、ベッドに座らせ、自分は椅子に座り、包帯を代えようとしたが、彼の体には何もない。
ベッドにそれらは、乱雑に投げ捨てられていた。
「勝手に外すな」
睨みつけると、視線をそらされる。
まだ傷は完治していないのにと、新しいガーゼと湿布も持ってきた救急箱から取り出す。
「いてえな!」
湿布をはると、怒ってくる。怒られる筋合いはない。優しくはしてないが。
「ちっとは優しくしろよ!」
彼の腕が振られ、それが体に当たり、体が後ろに倒れていく。
「……!」
腕が掴まれ、引き寄せられる。
彼に体を受け止められた。
「暴れるな、この……」
離れて彼を見たが、固まっていた。
傷が痛んだのだろうか。
問いかけてみるが、返事はない。
「ジョセフ?」
「は、離れろよ!」
そう言うだけで、手は出てこない。彼のせいでこうなったのだから。
彼から離れ、椅子に座り、ガーゼを傷にあて包帯を巻いていく。
その間、妙に静かだった、
いいことなので、気にしないことにした。
二人の傷は、すぐに回復した。やはり、ジョースター家の血には何かあるのではないか。
彼らが異常なだけか。
「ジョセフ、ちゃんと起きてよ」
フラフラするジョセフをジョナサンが支えている。
「まだ眠いぜ……」
彼は何度目かのあくびをし、目をこする。今日の話は前からしていただろうに。
「早く行こうぜ」
承太郎がもう扉を開けていた。
一番、楽しみにしてたのは彼だ。
「いってきます」
使用人たちに見送られ、屋敷を出た。
四人は怪我が治ったら、ピクニックに行こうと約束をしていた。
目的地は、エリナに連れていってもらった花畑。
彼女は遠い異国の地で頑張っているのだろうか。
「なあ、そのエリナは?」
「そういえば、彼女、見ないね」
「父親の仕事でインドに行った」
ジョナサンとジョセフには、話していなかった。
「そうなんだ……」
「だからか」
ジョセフはあまり興味がなさそうだったが、見るからに落ち込んでいた。エリナに好意を持っていた彼だ。普通の反応だろう。
「戻ってきたら、一緒に行けばいい」
彼女は戻ってくると言っていた。
その時に皆で行けばいいだけだ。
花畑に着き、色々と遊び、持ってきたサンドイッチを食べた後は、眠くなり、木漏れ日の下、ディオもあくびをかみ殺す。
承太郎は自分の膝を枕にして、すやすや眠っている。
ジョセフは横で寝転び、いびきをかきながら寝ている。
「ディオも眠いなら、寝ていいよ」
そう言いつつ、ジョナサンは脱いでいた上着を承太郎にかけ、自分の横へと座る。
「時間が来たら起こすから」
彼は持ってきた本を読み始める。外に遊びに来たのだから、わざわざ持ってこなくてもと思いつつ、言葉に甘えようと目を閉じた。
肩に感じる温もりに鼓動が高鳴り、ジョナサンは本に集中できなくなってしまった。
眠ったディオが寄りかかってきたのだ。
読んでも内容が入ってこないため、本を閉じた。
彼女に触れている。それだけで、体温が上がり、汗ばむ。
視線をそちらに向けると、寝顔がある。
とても綺麗だと思った。白い肌も、長い睫毛も、ふっくらとした唇、何もかも。
これが、恋というものなのだろうか。
初めての感覚に戸惑いを隠せない。
肩を叩かれ、ディオは目を開ける。
「そろそろ、帰ろう」
ジョナサンが目の前には立っていた。
伸びをし、覚醒させる。
膝枕で寝ていた承太郎も、横で寝ていたジョセフも、もう起きており、会話していた。
「ん……?」
手を地につき、立ち上がろうとしたが、足に違和感を覚える。
痺れている。承太郎を膝枕していたのだ。そうもなるだろう。
「どうしたんだい?」
会話をしていた二人も目の前にくる。
「立てん。痺れているようだ」
痺れを我慢し、曲げていた足を伸ばす。
「運ぼうか?」
「運んでやろうか?」
「運ぶぜ?」
見事に被った発言に、三人が驚き、顔を見合わせていた。
「いや……いい」
足の感覚が戻るまで待つことになり、感覚が戻ってから、屋敷へと帰る。
そして、七年後。
それぞれの気持ちは様々なものが芽生え、複雑に絡み合うことになる。
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