花は咲く前
1
父が死に、両親がいなくなったディオはジョースター家に引き取られることになった。
貴族と卑しい父がどういう巡り合わせで知り合ったのか。
ジョースター卿の命の恩人と聞いたが、いまいち信用できない。本当かと問いたい。あの父が人助けなど。
考えても仕方がない。死人に口なし。
せいぜい、その地位と金を利用するだけだ。
ジョースター卿には、一人息子がおり、自分と同じ歳らしい。
貴族の息子など、へらへらしていけすかない奴に決まっている。
馬車が止まり、屋敷に着いたことを御者が告げた。
馬車を降りると、そこには大きな屋敷。
いきなり、横から何かが走ってきていた。
「!?」
犬だった。
犬は嫌いだ。蹴って追い払おうとしたが、自分の後ろに隠れてしまう。
なぜか、酷く怯えている。
「なんだよー!逃げんなって!」
一人の少年がこちらに走ってきていた。
手には鎖。
「ん?誰だ?」
「ジョセフ!また、ダニーを苛めたのかい?」
後ろからの声に振り返ると、同じ顔の少年が、小さい男の子と一緒にこちらに歩いてきていた。
ダニーと呼ばれた犬は、少年へとかけ寄る。男の子が犬をなでていた。
「ちげえよ!一緒に遊ぼうとしたら逃げたんだよ」
「本当かい?」
「本当だって!」
言い争っている二人は双子かと思うほど似ている。しかし、鎖を持っている方は、少し幼い。
「誰?」
下から声が聞こえ、そちらを見ると、男の子が自分を見上げていた。
「ぼくは……」
「君、ディオだね?」
「こいつが?」
二人がこちらを見ていた。どうやら、自分のことは知っているらしい。
息子が一人いるらしいが、どう見ても三人いる。間違った情報なのだろうか。
「ああ、ぼくはディオ。君がジョナサン・ジョースター?」
「そうだよ。こっちは……」
ジョナサンが紹介しようとすると、横にいた少年が近づいてきて、まじまじと自分を見る。
「なんかいけすかねえ奴だな」
その物言いに苛立ちを覚える。
「その汚い面をどけてもらおうか」
睨みつければ、彼も負け時と睨み返してきた。
「ああ?」
「やめなよ。彼はジョセフ・ジョースターだよ」
ジョナサンが仲裁に入る。
「フン」
ジョセフは背を向け、どこかに行ってしまう。ジョナサンはそれをひき止めようとしていたが、無視されていた。
いきなり、服の裾を引っ張られる。
男の子がこちらを見上げていた。
「……承太郎」
「?」
あまり聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「名前、承太郎」
「あ、ああ」
「ディオ、屋敷に行こう」
いつの間にか、ジョナサンが横にいた。
荷物を持ち、彼と承太郎と共に屋敷へと向かった。
ジョースター卿に会うと、快く迎えてくれた。
父のことは残念だったと。
今日からここが君の家だと。
遠慮せずに過ごしてくれ。
そんなことを話していたような気がするが、自分は先程の三人が気になっていた。
ジョースター卿には一人しか息子は、いないはずだったが。
「三人を呼んできてくれ」
近くにいた執事にそう言うと、彼は二人を連れてきた。
「ジョセフは?」
「町に行ったらしく……」
申し訳なさそうに言われる言葉に、ジョースター卿はため息をついたが、いつものことだと苦笑する。
ジョースター卿の息子はジョナサンだけ。
ジョセフと承太郎は親戚の子供で、自分と同じ理由でここにいるらしい。
ジョナサンは自分と同じ歳で、ジョセフは三歳下。承太郎は四歳下。
この中のジョセフは一番の問題児であるらしく、皆が手を焼いているらしい。
「仲良くするように」
「はい!」
「はい」
こちらに来たジョナサンが宜しくと手を差し出してきた。
ジョースター卿の手前、笑顔で手を握り返した。
自分の部屋に案内され、一息つく。
どうやら、自分の格好に何も言われないのは、父はそこまで手紙には書かなかったらしい。
言う機会を逃してしまったが、そのままでは少し問題がある。
しかし、三人もいるとなると、やっかいだ。
一人ならなんとかできるが。
乗っ取り計画は、機会があれば実行に移せばいい。
今は三人について知るべきだろう。
この屋敷でうまくやっていくためにも。
いきなり、扉が開き、入ってきたのはジョセフだった。
「よお、新入り」
「礼儀を知らないのか」
ノックもせずに部屋に入ってくるなんて。貴族は礼儀を重んじるものだと思っていたが、この問題児には関係ないらしい。
「なんだよ。お前の方こそ、おれに挨拶しろよ。し・ん・い・り」
名前は、あの馬車のところで名乗ったはずなのだが。
「ぼくは名乗ったぞ。もう忘れたのか?ああ、馬鹿なのか」
小馬鹿にして言えば、気にさわったのか、顔を近づけ迫ってきた。
「お前、やっぱ、いけすかねえな」
「ああ、ぼくもだ」
まとう雰囲気が変わる。
これは知っている。貧民街にいた時には、よく感じていた。
襟が掴まれ、手が出てくると身構えたが、それはなかった。
ジョナサンが部屋に入ってきて、自分とジョセフを引きはがしたからだ。
「何をしているんだい!?ジョセフ!」
「挨拶してただけだよ!離せよ!」
首根っこを掴まれ、ジョセフはじたばたしていた。力では、かなわないらしい。
「何もされていない?」
「ああ、助かったよジョナサン」
少し乱れた服をなおしつつ、作った笑顔を向けると、彼は笑顔を返してくる。
「ジョセフ、父さんが呼んでたよ」
「あ、後で行こうと」
「すぐに来るんだ」
ジョセフが引きずられて、彼に連れていかれた。
扉が閉まる時に、二人についていく承太郎が見えた。
どうやら、ジョナサンによくなついているらしい。
ジョースター卿に言いそびれたことを伝えると、驚いていた。
謝られてしまったが、この身形ではしょうがないと思う。
「すぐに用意させよう」
「い、いえ、ぼくはこのままでも」
そう言うと、彼は憮然としていた。
「そういう訳にはいかない」
「……分かりました」
首を縦に振るしかなかった。逆らう訳にはいない。
ジョースター家での生活は厳しかったが、快適なものだった。
殴られる訳でもなく、寒さに凍えることもなく、餓えに苦しむこともない。
しかし、今日も屋敷は騒がしい。
「ジョセフ坊っちゃんはどこに?」
「また、逃げ出したの!?」
使用人が、ジョセフを探し走り回っていた。
これは、毎日のことだ。
勉強の時間になる前に、彼はいつも逃げる。
ジョースター卿は、もうこのことには諦めているらしく、お付きの家庭教師は彼がいないとなると、すぐに帰っていく。幼い承太郎でさえも、文句を言わずに勉強は受けているというのに。
そして、日が沈むと彼は帰ってくる。
いつも、服をボロボロにして。
ジョースター卿もジョナサンも怒っているが、反省している様子は全くない。
町の悪ガキと共にやんちゃをしていると聞いたことがある。
ジョセフは自分を気に喰わないらしく、ことあるごとにつっかかってくる。
まだ、殴り合いにはなっていないが、いつかはなるのだろう。
売られた喧嘩はいつでも、買うつもりだ。
2
散歩をしていると、少女の声が聞こえ、そちらに向かうと、ジョセフたちが、人形を取り上げていた。
ジョセフより身長が低い少女は、高く上げられた人形を取ろうと、手を伸ばしているが、取れるわけがなく。
「返して!」
「返してやるよー」
そう言うと、人形を近くの川に投げ捨ててた。
男が女を苛めるなど。
怒りが込み上げ、近くにあった石を拾い、笑っている彼らに後ろから投げつけた。
「ってえ!誰だよ!」
「貴様ら屑だな」
ジョセフたちは、こちらに大股で寄ってくる。
「てめえ……」
「卑怯だとでも言うか?そのまま、返すけどな」
女一人に男が寄ってたかって。
横にいた一人が動くのが分かったので、まだ持っていた石を投げつけ、怯んだところを突き飛ばす。
貧民街では、喧嘩など茶飯事だ。少しは心得はある。
「こいつ……!」
ジョセフに足払いすると、いきなりのことに、受け身も取れずにそのまま転ぶ。
もう一人は、戦意喪失したのか、逃げ出していった。
「これに、こりたらやめるんだな」
倒れているジョセフを見下ろしながら、そう言えば、彼は起き上がり、殴ろうとしてきたので、それをかわし、腹に蹴りを入れた。苦しんでうずくまる。あまり、喧嘩慣れはしていないようだ。
「馬鹿が」
そう吐き捨て、苛められていた少女に近寄る。
「大丈夫か?」
「う、ん」
金髪の可愛らしい少女だった。
「人形……!」
川に沈んだ人形。彼女は手を伸ばし取ろうとしていたが、届かない。
あまり深くはない。川に入り、人形を取って彼女に渡した。
「ありがとう……」
「次からは気をつけるんだな」
去ろうとしたが、腕を掴まれた。
「わたしはエリナ。あなたは?」
「……ディオだ。もう今日は帰れ」
町に戻っていく彼女を見送り、濡れた服を着替えるためにも、屋敷に戻ることにする。
ジョセフは、恨めしそうにこちらを見ていたが、放っておいた。
服を着替え、使用人に濡れた服を渡した時に、不審な顔をされたが、散歩している時に、川にハンカチを落とし、それを取ったのだと言うと納得したようだ。
自分の部屋へと続く扉を開くと、いきなり何かに足を引っかけた。
「!」
突然のことに、受け身も取れずに、倒れ込む。
起き上がろうとすれば、仰向けにされ、誰かが覆い被さってきた。
「よお」
「……!」
見下ろしているのは、ジョセフ。
「昼間は痛かったぜ、ディオ」
「どけっ!」
足を動かすが、上に乗られては、何もできない。たぶん、彼は自分より重い。
殴ろうとすれば、それは易々と受け止められてしまう。
「昼間の勢いはどうしたよ?」
振り上げられた拳が頬を殴る。
痛みに怒りが沸き、彼の襟を掴み、頭突きを喰らわせた。
「がっ……」
上体が後ろにいく。そのまま、後ろへと押し倒す。
形勢逆転だと笑み浮かべるが、抵抗なのか服を掴まれ、その手を離させようとするが、引っ張られることになり、ボタンが飛んでいく。
「離せッ!」
「昼間のようにはいくかよ!」
もみくちゃになりつつ、殴りあっていると、ジョナサンが入ってきた。
「どう……」
驚いていると、ジョセフが頬を殴る。
やり返そうと、拳を振り上げたが、ジョセフが殴り飛ばされ、床に倒れ込む。
「え」
ジョナサンが腕を突きだし、前にいた。彼がジョセフを殴ったのだ。
彼はそのまま、ジョセフにのりかかり、殴り始めた。
「君がッ!彼女に謝るまで、殴るのをやめないッ!」
彼女。確かにジョナサンはそう言った。どうやら、ジョースター卿は自分のことを話したらしい。
呆気に取られていたが、このままではいけないと、ジョナサンを止めようとしたが、力ではかなわず、止められない。ジョセフは一方的に殴られ、酷い有り様になっている。
女性の悲鳴。使用人が扉の前にいた。何事かと、入ってきたらしい。
それにジョナサンの動きが止まる。
「も、もう、やめろ……ジョナサン……!」
彼の腕を掴む。
しかし、自分は見えていないのか、視線はジョセフだけを見たまま。
「女性に手をあげるなんて……!」
「ど、どういう意味だよ……!?」
起き上がったたジョセフは、困惑していた。
「ディオ……ディオナは女性だ」
少し落ち着いたのが分かったため、ジョナサンの腕を離す。
普段、呼ばれているのは愛称。本名はディオナ・ブランドー、いや、今はディオナ・ジョースターの方が正しいか。
ディオナと呼ばれることは、久しくなかった。
少し開いた扉から、承太郎が入ってくる。自分の前まで来ると、着ている上着を脱ぐと、自分の胸へと押しつける。
なんだと、その上着を少し浮かせ見ると、はだけた服からサラシが弛み、胸が見えていた。
「す、すまんな、承太郎……」
「血、出てるぜ」
承太郎が服の裾で、口の辺りを拭ってくる。
どうやら、殴られた時に切ったらしい。
「いったい何事だ!」
使用人が呼んできたらしく、入ってきたジョースター卿は、自分を見て、青ざめている。
「これは……どういうことだ!」
説明する前に、怪我の手当てを受けることになった。
傷の手当てをしてもらい、服も着替え、呼び出された部屋にいくと、そこにはジョナサンがいて、心配された。
大丈夫だと言うと、なぜか彼が頭を下げる。どうやら、自分が女だということをジョースター卿から教えられた時に、ジョセフはおらず、彼だけが知らなかったのだという。
「ごめん……」
「お前に謝られてもな」
「ちゃんと、ジョセフにも謝らせるよ」
そんな会話をしていると、ジョースター卿にと共にジョセフが部屋に入ってきた。
ジョセフは、自業自得と言ってしまえばそうだが、心配するほど、ボロボロだった。それは、そうだ。自分と殴りあった後に、ジョナサンに殴られたのだから。
ジョースター卿もジョナサンと同じように、心配してきたが、大丈夫だと返す。
「ジョセフ」
ジョースター卿は横にいる彼の名前を呼ぶ。その声は、恐ろしいほど、怒りをはらんでいた。
「悪かったよ……!すみませんでした」
頭を下げるジョセフ。
喧嘩した理由を聞かれ、経緯を話したが、あまりジョースター卿はいい顔をしなかった。
「理由は分かった。しかし、ディオ、君は女性だ。おしとやかに」
「……はい」
そんな振る舞い、全く知らないのだけれど。母は教養は教えてくれたが、女性らしさは教えてくれなかった。あそこでは、男らしく振る舞っていた方がよかったのかもしれないが。
ジョセフは、父からの説教を受け、それが堪えたのか、傷が痛いのか分からないが、ずっと大人しかった。
ジョナサンも殴るのはよくないと怒られていたが、それだけだった。
ジョセフの自室謹慎が言い渡され、解散となった。
翌日。
ジョセフが大人しく謹慎など受けるわけはなく、すぐに抜け出していた。反省をしていたのは、ジョースター卿に説教を受けていた時だけらしい。
怪我も治っていないはずなのに、元気がいいことだ。
使用人が屋敷中を探していたが、見つからず、外を探すことになった。
勉強が終わり、ジョナサンもジョセフを探すために、外に出ていってしまった。
自分は彼が行くところは知らないので、それには参加しない。
承太郎が暇そうにしていたため、声をかけると、ジョナサンと遊ぶ約束をしていたという。
しかし、彼はジョセフを探しに行ってしまった。
「一緒に……遊ぶか?」
そう言うと、承太郎は大きく頷いた。
丁度、自分も暇だ。
承太郎が勝手に走っていくので、あまり離れるなと手を繋ぎ、それをおさえていた。
「あの、ディオ!」
声をかけられ、立ち止まる。
ジョセフたちに苛められていた少女が、こちらに走ってきていた。
自分の姿を見て、驚く。
頬に湿布を貼ったままだ。
「エリナ、だったか」
「だ、大丈夫?」
もう痛みはない。傷の治りは早く、悲しいことに殴られることには慣れている。
もしかして、自分のせいかとエリナは聞いてきたので、違うと言っておいた。ジョセフの逆恨みだ。彼女は何も悪くない。
「あの、昨日はありがとう、これ、お礼」
そう言い、彼女は手に持っていた篭を差し出す。
その中には、林檎が入っていた。
受け取るのは断ろうと思ったが、承太郎がそれを欲しそうにしていたので、受けとることにした。
林檎を一つ、承太郎に渡せば食べ始める。
「弟?」
そういう存在になるのか。いちいち、説明するのも面倒なので、そうだと言う。
「仲がいいのね。名前は?」
「承太郎」
「珍しい名前ね。私はエリナよ」
エリナに微笑まれ、承太郎はうつむいてしまった。恥ずかしがっているのだろうか。
「わたし、おつかいの途中なの。じゃあ、またね!ディオ、承太郎」
手を振るエリナに、手を降り返す。承太郎は林檎を食べながらも、手を振っていた。
承太郎は木に登ったりと、走り回ったりと、自分はそれに付き合っていた。家ではおとなしいが、外に出ると、水を得た魚のようだ。
一緒に遊んでいたが、疲れたので休憩するかと声をかけ、木の下で隣同士で座り、休んでいた。
「本当に痛くねえのか?」
承太郎はそう言うと、手が伸びてきて頬をなでてくる。
「こーすれば、痛みがなくなるってジョナサンが」
ずっと心配だったのだろうか。
彼は心配なんてしなくていいのに。
「痛くない。大丈夫だ」
笑って、彼の手に手を添える。
「お帰りないませ、承太郎様、ディオ様」
屋敷に帰ると、使用人に迎えられたが、何やら奥が騒がしい。
ジョナサンがジョセフを見つけ、連れ帰ってきたらしく、父が説教中らしい。
ジョースター卿に同情しつつも、エリナに貰った林檎を手に部屋に帰った。
ジョセフの自室謹慎は効果が全くなかったと言ってもいい。
どこに閉じ込めても、隙あらば、抜け出してしまう。
悪知恵だけはよく働くらしい。それを勉強に少しでも、分ければいいのにと思った。
しかし、あの一件から、ジョセフは自分を見ても、何もしなくなった。避けていると言っても過言ではないだろう。
女に手をあげてしまったという罪悪感はあるのだろうか。
最近、ここら辺の子供のリーダー的存在になったという。惹き付ける何かが彼にはあるのだろう。
ジョナサンと承太郎とは、それなりに上手くいっていた。
ジョナサンは弱々しく、弱音をすぐにはくが、彼らの兄としての自覚があるのか、いざとなると男らしさを見せる。
抜け出すジョセフに勉強を教えているところや、怒るところを何度か見た。承太郎も気にかけており、一緒に遊ぶことも多い。
あのジョセフを殴り倒した爆発力も馬鹿にはならなず、侮ってはいけない。
承太郎は、妙に自分になついていた。
自分には、弟か妹がいたらしい。それは、あの父のせいでこの世に生を受ける前に死んでしまったが。
弟がいたら、こんな感じなのだろうと思うと、承太郎の存在は可愛らしかった。
幼いが利発であり、おとなしいというか物静かだった。あまり表情も変わらない。あの三人の中では一番、落ち着いているだろう。
ダニーと駆け回るところを見るに、とても活発な子だ。
口が少し悪いのはジョセフの影響だろう。
そして、エリナとも。彼女とはよく遊んだ。貴族ということで、敬遠する者も少なくない。気兼ねなく接してくるのは、彼女だけで友と呼べるのは、兄弟たちを除いては、エリナだけだった。
3
朝に、使用人が目を輝かせて見せてきたのは、ワンピースやドレスという女性物の服だった。
ジョースター卿がわざわざ、特注で作らせたらしい。
それに袖を通すのは、まだ勇気がなかった。産まれてこのかた、女性の服装を着たことがない。
しかし、渋っていると無理矢理、使用人たちが着せてきた。ジョースター卿も楽しみにしていると言われ、覚悟を決めるしかなかった。
一番、装飾が少ないワンピースを着させてもらった。
髪を少し整えていた時に伸ばした方がいいと言われた。
髪は、ずっと短髪だ。伸ばせば、少しは似合うようにはなるだろうと、鏡を見る。
女装しているようにしか見えないが、しょうがない。
着替えが終わると、ジョースター卿が入ってきた。
自分を見たとたんに、似合っている、綺麗だと自分を褒める。
正直、複雑な気持ちだったが、お礼を述べた。
自分の格好を見たジョナサンと承太郎は驚いていたが、似合っていると誉めてくれた。
ジョセフは、男女がそんな恰好しても似合わないと、吐き捨てどこかに行ってしまった。
ジョナサンはその言葉に憤っていたが、自分はその通りだと思っていたため、何も感じなかった。
でかける時に、承太郎がついてきた。ジョナサンの手を引いて。
「承太郎、今日はエリナと……」
今日はエリナと会うのだ。承太郎の相手はできないが、代わりにジョナサンが。
「みんなで遊ぶ」
「えーと、それは、ぼくとディオと承太郎と……そのエリナと全員で遊ぶってことかい?」
ジョナサンがそう言うと、承太郎は頷いた。
「約束したのかい?」
首は横に振られる。自分も初耳だ。
「みんなで遊びてーんだ!」
駄々をこね始めた。わがままを言わなかった彼。初めてのことに驚いていたが、ジョナサンも珍しいと驚いていた。
「ディオ……いいかな?」
哀願するような視線。
「エリナがいいと言ったらな」
そう言って彼を納得させ、ジョナサンと承太郎と一緒に、屋敷を出た。
待ち合わせ場所に行くと、エリナがいた。
「……ディオ?どうしたの、そんな……」
自分の姿を見て、困惑していた。彼女には、性別のことを話していない。
「え?え?もしかして……」
「あれ、ディオ、彼女には話してなかったのかい?」
エリナはジョナサンの言葉を聞いて確信に変わったようだ。
悲鳴のような声をあげ、自分に謝ってきた。
謝ることはない。ジョースター家に迎えられた時にも、誰一人として自分を女性とは思っていなかったのだ。
「ディオ……その人は」
エリナはジョナサンを少し警戒しているようだった。ジョセフとよく似た顔をしているため、勘違いしているのだろう。
「あいつじゃあない。ジョナサンだ。まあ……承太郎の兄だ」
違う人物と聞き、エリナは警戒を解いた。
「わたし、勘違いしてばっかりね。はじめまして、ジョナサン」
微笑みかけられ、ジョナサンは顔を赤くする。
「はじめまして、エリナ。ジョセフが迷惑をかけてごめん。彼の代わりに謝るよ」
「もう気にしてないわ。あなたが謝ることではないし」
エリナが言うことは正論だ。悪いのは、ジョセフ。彼はいつもジョセフの尻拭いをしているが、それもジョセフがつけあがる要因の一つだろう。
承太郎がエリナの服を掴む。どうしたのと言いたげに彼女は首を傾げる。
「承太郎が皆で遊ぶと言い出したんだ。いいか?」
「邪魔ならいいんだけど」
エリナは首を何度も横に振る。
「いいえ!人数が多い方が楽しいもの」
しかし、行きたい場所があるらしく、そこで遊ぶことになった。
近くらしいが、そこまで歩いていくこになる。
「あれ、お前の兄貴と弟じゃあないか?」
友人が指差す先には、ジョナサンと承太郎が、からかった少女とディオが楽しそうに会話しながら、歩いていた。
ジョナサンも兄ではないし、承太郎は弟ではないが、いちいち説明するのも疲れる。
「あの短髪の女、誰だ?」
「ジョセフ、知ってるか?」
友人たちは、男の恰好をしているディオしか見たことがない。
自分も今日、初めて見たが別人のようだった。女の恰好をすれば、ちゃんとそう見えるのだ。
「ディオ。あいつ、女だったんだよ」
「ディオってあいつか!?」
「うわ、まじかよ……」
信じられないと友人は騒いでいた。
ディオに喧嘩を売った者は少なからずいて、全てが返り討ちにあっていた。
「行くぞ」
背を向け歩き出す。
「待てよ、ジョセフ!」
見ていると、苛ついてきた。
別にいい。自分には他の友人もいる。
エリナが連れてきたのは、花畑だった。
色とりどりの花が咲いていたが、いかんせん興味がない。
綺麗だというジョナサンの美的感覚を少しは分けてもらうべきか。
歩き疲れていたので、座りエリナと話していると、承太郎がこちらに走ってきた。
ジョナサンと一緒に走り回っていたはずだが。
「ん」
エリナに差し出したのは、白い花だった。どうやら、彼女のために摘んできたらしい。
「まあ、ありがとう、承太郎」
笑顔の彼女には、白い花が似合っていた。可憐という言葉が頭に浮かぶ。
「ディオ」
承太郎は自分にも、花を差し出していた。黄色の花を。
「あ、ありがとう」
礼を言い受け取ると、彼は一目散でジョナサンのもとへとかけていく。
声は聞こえなかったが、どんなやり取りをしているかは分かった。
承太郎はジョナサンに頭をなでられている。
「ジョナサンの入れ知恵か……」
花をあげると、二人が喜ぶとでも言ったのだろう。
エリナは嬉しそうに、その貰った花を頭につけていた。
器用だと見ていると、つけてあげると言われ、断ると、遠慮しなくていいと、笑顔で迫られた。
少し攻防していたが、押しきられ、頭に花をつけられた。似合わないだろうに。
「可愛いわ」
その言葉はそのまま、彼女に返したい。その言葉に自分は程遠いのだ。
日が沈んできて、帰ることにした。
承太郎は遊び疲れたのか、眠そうにしていたので、ジョナサンが背負うと、そのまま眠ってしまった。
途中でエリナと別れ、屋敷へと続く道を歩く。
「エリナって可愛い子だね」
「惚れたのか」
美少女で性格もいい。しとやかで女性的だ。自分と違って。
好意を持っても不思議ではない。
「い、いや、そう思っただけだよ!」
顔を真っ赤にして否定するジョナサン。その反応は実に分かりやすい。
「分かりやすいな」
「だから、ちが」
声をあげるので、口を塞ぐ。
「静かにしろ、承太郎が起きる」
そう言い、手から口を離し、承太郎の様子を見れば、すやすやと眠っていた。
何かジョナサンがブツブツと言っていたが、無視をした。
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