出会いと再会と別れ 9
数日後に、葬式は沢山の人が参加し、しめやかに行われた。
父が亡くなったことを聞いたエリナや、ジョナサンが来なくなったことで心配しくれたツェペリたちも参列してくれた。
皆が帰った後に、執事がジョージが書いた遺言書を読み上げた。
当主は、ジョナサンが継ぐことと、遺産は平等に分けられることや、子供たちを残して早く逝くことや、心配した言葉が書かれていた。
ジョナサンが当主になることは、皆が当たり前だと思っていたし、莫大な遺産が分けられることにも異論が上がることはなく、手続きなどは後日にと、その場で解散となった。
「ジョセフ」
執事が出ていった後に、ジョナサンが、椅子から立ち上がったジョセフを呼び止めた。
「これ」
持ってきていた袋を、彼に渡す。父に密かに言付けられていたのだ。
「……!」
受け取ったジョセフは、何か分かったらしく、驚いていた。
中のものをひっくり返し、積み重なったものを見て、見開いた目がこちらを見る。
「父さんはそれには一切、手をつけてないよ」
それを見ているディオも承太郎も驚いているのが、分かった。
「し、知ってたのかよ」
「うん。ジョセフが外で父さんの為に頑張っていたことも、それでなかなか帰ってこれないのも」
父が、こっそりと教えてくれたことだった。
積み重なっている札束は彼の紛れもない、苦労の証だ。
ジョージが病に倒れてから、ジョセフは前より屋敷に帰ってこないことが多くなり、心配していた。
何やら、町などで仕事をして働いていることを人伝に聞いてはいたが、その理由はすぐに判明した。
休んでいるところに、いきなりジョセフが来て、金を差し出してきた。
驚いて理由を聞けば、それを治療費にあててくれと。
費用は心配せずとも足りていたが、彼なりの親孝行なのだろうと、お礼だけを言い、受け取ることにした。
ジョセフは、皆には秘密だと言って、逃げるように窓から出ていってしまった。
しかし、子供が稼いできたものに手をつけることには気がひけ、受け取ってはいたが、全てしまっていた。
そして、ジョナサンだけには、ジョセフが何をしているかを告げ、自分にもしものことがあれば、ジョセフに返してくれと。
ジョセフ以外は、毎日のように顔を見せてくれていたが、彼は仕事が忙しいのか、あまり顔を見せてはくれない。
心配だと息子や娘にこぼせば、彼らはジョセフを連れてきてくれた。
怪我をしていた時もあった。大丈夫、心配するなと、彼は笑うため、それには、あまり触れず、労る言葉をかけた。
病で臥せている自分には、それくらいしかできないとジョージは思っていた。
「これは、君が稼いだお金だ。君が好きにするといい」
そう言われても、ジョセフには使い道なんて限られており、使っても金額が知れている。豪華なものには興味がないし、あまり必要性を感じていない。
何個か札束を抱えると、ジョナサンに押しつけた。
「やる。好きにしていいんだろ。使え切れねーし」
「え……でも……」
ジョナサンは戸惑っていたが、札束を持たせる。返ってこないはずだった金だ。
承太郎とディオにもジョナサンと同じ金額を与えたが、まだまだ金はある。
外に行って使えば、いつかは消費できるだろう。
何個か札束を懐に入れ、後は部屋にでも置いといてくれと言い、部屋を出た。
久しぶりに、外の仲間たちに会いに行くことにする。
ジョセフが残した金を、彼のベッドの上に投げ、渡された金の使い道を三人は考えていた。
ジョナサンは使用人のボーナスを与えようと。
承太郎は気になっていたコートを買おうかと。
ディオは、お菓子作りにあてようと。
いつもの日常に帰るために。
いつまでも、悲しんでいるわけにもいかない。生きているのだから、前を向いて歩いて行かなければ。
屋敷にはいつもの日常が帰ってきていた。
「ジョナサン様」
使用人が部屋に来て、ディオが呼んでいると言う。使用人からは、甘い匂いがしたため、味見をさせたいのだろうと、下に降りた。
使用人に案内された部屋に入れば、屋敷の者が集まり、お茶の準備をしていた。
テーブルには、ディオと承太郎がもう座っていたが、承太郎はもう食べていた。
使用人が引いてくれた椅子に座ると、空のティーカップに紅茶が注がれていく。
皿の上には、クッキーがあった。
「久しぶりに作ったんじゃあないかい?」
「ああ、気分転換にな」
「うまいぜ」
「当たり前だろう。わたしが作ったんだぞ」
得意気に言う彼女だが、最初はチョコレート味でもない真っ黒になっているクッキーを無理矢理、食べさせられたし、生焼けのスコーンを食べさせられたこともあったのだ。
回数を重ね、使用人たちの協力もあり、今はとてもおいしいお菓子が出てくるようになった。
クッキーを取り、一口食べる。ほどよい甘味が口の中に広がっていく。彼女に美味だと伝えれば、嬉しそうで、使用人たちの分もあるから、遠慮せずに食べてくれと言っていた。
「これを、子供たちにも配ろうと」
「一緒に行くぜ」
「一緒に行くよ」
承太郎と言葉が重なる。
手伝ってくれと言うつもりだったのだろう。
「あ、ああ、宜しく頼む」
驚いていた彼女だったが、すぐに席を離れた。
承太郎を見ると、少し不機嫌そうだ。自分だけでいいのにと言いたそうだが、それには笑顔だけを向けた。
クッキーを小分けにし、簡単に飾り付けしたそれは、結構な量だった。
孤児院の子供たちと学校の子供たちと後はジョセフにもと、彼女は付け足した。
沢山あるから、知り合いにも渡せばいいだろうと。
承太郎とジョナサンは、クッキーを詰めた袋を両手に持ち、ディオと共に、話ながら目的地に向かっていた。
最初は孤児院。
大人たちは、ジョージの訃報を悲しんでくれていた。何名か葬列にも来ていたのだ。
ディオは、子供たちに教えることは、ジョージが亡くなってから、休んでいた。
もう少ししたら、それも再開することを伝えていた。
「あの……失礼なのですが……今後の援助は……?」
ここの援助は、ジョージがしていた。その縁もあり、ディオが教師としてここに通っていたのだ。
それなら、心配いらないとジョナサンが答えた。引き続き、援助はしていくと。
こんな時にすみませんと、頭を下げられたが、金がなくては、ままならない。慈善活動とて、金が必要なのだ。
気にしなくていい、これからも頑張ってとジョナサンは笑った。
子供たちにクッキーをあげ、孤児院を後にし、貧民街の学校に行けば、子供たちと一緒に遊んでいるシーザー。
学校の前は、学校がなくても子供たちの遊び場になっている。シーザーはディオ目当てだろう。
子供たちが、久しぶりだとディオに群がる。シーザーも近寄ろうとしたが、二つの障害に阻まれ、近づけないでいた。
学校の扉には、先生はお休み中と書かれている紙が貼ってあった。
誰かが、来れないことを知り、貼ってくれたのだろう。それをはがす。
いつから、学校が再開するのだと聞かれ、もう少ししたらと答える。
「皆、急に休んでごめんなさいね。クッキーよ。一人、一つずつね」
子供たちにクッキーを配り終えたが、余っており、ディオはシーザーを呼んだ。
近づけないようにしていた二人は、不本意そうに彼を解放した。
「ほら、スージーQたちにも渡せ」
「グラッツェ!」
シーザーはニコニコしながら、クッキーを受け取り、彼女の手を掴もうとしたが、承太郎が彼女を抱き寄せたため、できなかった。
「お礼くらいさせろよ」
「触んじゃあねえよ」
一発触発の二人の間にジョナサンが入り、やめさせる。
「シーザー、ジョセフがどうしてるか知らないか?」
ディオはそう聞きながら、承太郎の腕を引き離そうとしていた。
「あんたたち、知らないのか?」
シーザーは首を傾げた。
「最近、屋敷から出ていなかったから」
ジョナサンの言葉に、喪にふしていたことを彼は思い出したのか、謝ってきた。
「あいつ、いきなり羽振りがよくなって、酒場で客全員に奢ったり、女のところを転々として遊んでいるみたいだぜ」
ジョセフの噂は嫌でも耳に入ってくると。
「家に帰ってこないと思ったら……父さんが亡くなったこと、結構、堪えてるみたいだね」
悲しいことを忘れようとしているのだ。自分の中で区切りをつけようと、父にあげた金を使いきろうとしているのだろう。
「いる場所、分かるかい?」
「あそこの角を曲がって、少しいったところの酒場が騒がしかったぜ。あと、じいさんが心配してたぜ。早く、来いよ」
「うん。ありがとう、シーザー」
シーザーはクッキーを持って帰るからと、そこで別れた。
シーザーがそこから離れると、承太郎はようやくディオを解放した。
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