出会いと再会と別れ 10
シーザーに教えてもらった酒場に行けば、騒がしい店の中にジョセフがいた。椅子にだらしなくもたれかかり、向かいに座るスピードワゴンと楽しそうに喋っている。
近寄ると、顔を三人の方へと向ける。
「おーう、お前らかー。何か飲むぅ?」
顔を真っ赤にさせて、一目で酔っていると分かる。
「お、どーも」
スピードワゴンは帽子をあげ、挨拶する。
「ジョナサンも一緒かよ。珍しいなぁ」
「スピードワゴン」
スピードワゴンにディオは、クッキーを渡す。
「おれなんかが、貰っちゃっていいのか?」
「ジョセフが世話になってるからな」
スピードワゴンには、苦労をかけている。シーザーとディオをつけることに巻き込まれた迷惑料も入っている。
「お前だけ、ずりぃー!おれの分はー?」
「お前のは家にある。明日、大切なことがあるから帰ってこい」
「おー、分かった分かったー。で、何、飲むよ?」
アルコール類ならなんでもあるぜと、グラスに入っているものを飲むが、口から零れ、服に落ちていく。それも気にならないようだ。
「これ、引きずってでも連れて帰った方がいいぜ?たぶん、覚えてねえよ」
スピードワゴンの言う通りだと、三人は顔を見合わせ、頷いた。
「行こう、ジョセフ」
「行くぜ」
承太郎とジョナサンが、ジョセフを両脇から持ち上げ、立たせる。
「お?違うとこ行くのか?あのさー、金髪のかわいこちゃんがいるところがあって……」
ジョナサンたちはそれに相槌をうちつつ、フラフラするジョセフを支えながら、酒場の外へと運んでいく。
それに続いて、ディオが出ていこうとすれば、スピードワゴンが呼び止める。
「あいつ、あんまり寝てないみたいなんだよ。ゆっくり休ませてくれ」
「ああ、分かった」
そう言って、ディオは酒場を出た。
酔っ払って覚束ない足取りのジョセフを馬車に乗り込ませ、家まで向かう。
喋っていたジョセフは、眠くなったのか、大人しくなりうつらうつらしていた。
いきなり、頭を上げると、ディオの横がいいと言い出し、立ち上がろうとしたので、転けても困ると、彼を止め、隣にいたジョナサンとディオが変わった。
「なんだ、わたしに……」
ジョセフの上半身が倒れ、ディオの膝を枕にし始めた。
「わたしは枕か」
「うー……」
眠り始めたジョセフを、ディオは彼の頭をなで、おかしそうに笑う。スピードワゴンの言葉もあり、そのまま受け入れていた。
向かいにいる二人はそれを複雑な感情を抱きながら、見ていた。
陽も沈んだ頃に、いきなり家の呼び鈴が鳴り、急患かと慌ててエリナは出た。
「はい」
「やあ、エリナ」
そこには、ジョナサンがいた。
ジョージの会うのは、葬式以来だが、元気そうで安心する。
少し時間があるかと言われ、頷いた。
母に少し出掛けてくることを伝え、ジョナサンと共に外へと出ていく。
橋の上で、立ち止まり、そこで話すことになった。
名前を呼ばれ、ジョナサンを見る。
「何?」
「ディオから、これ」
彼が差し出したのは、ラッピングされたクッキー。たまにお菓子作りをしていると聞いて、食べてみたいと言ったことを、彼女は覚えていたのだろう。
「ありがとう。ディオにも伝えてね」
「分かった。あとね、君と喋ってこいって……すぐに帰ってきても、家に入れないって言われてさ」
それに首を傾げる。
「……ジョナサンはディオが好きなのよね?」
「な、なんで、知っているんだい!?」
驚いて、こちらを見る。
あんなに熱を持った目で、いつも彼女を見つめていたのに。
初対面から、気づいていた。彼は彼女に恋をしているということを。
そして、七年経った今でも、その気持ちは変わっていないということも。
「だって、ジョナサンはディオをずっと見ているじゃあない。気づくわよ」
彼は顔を真っ赤にして照れ臭そうにしている。
彼の想い人は、気持ちに気づいていながら、知らない振りをしているのだと思っていたけれど、そんなことはなく、そこはかとなく探ってみたが、まだ気づいていないらしい。
男性から言い寄られることも多いだろうに、彼女は変なところで鈍い。ジョナサンといい、似た者同士なのだろうか。
しかし、ディオは、まだジョナサンの想い人を勘違いしているということは。
「言ってないの?」
彼は想いを打ち明けていないということになる。
その機会はいつでもあるはずなのに。
「うん。でも、ちゃんと言うよ」
彼は空を仰ぐ。同じように空を仰げば、月と星が瞬いている。
「頑張って、応援しているわ、ジョナサン」
ありがとうと、笑うジョナサン。
彼に想われているディオが、とてもとても羨ましかった。
そんな気持ちは押し隠し、その後は、他愛もない話をした。
ジョナサンが家に帰れば、出迎えたのはディオだった。
本当に早く帰ったなら、家に入れてもらえなかったのだろう。
「エリナとのお喋りは楽しかったか?」
「うん、楽しかったよ」
「ならいい」
そんな会話をしながら、一緒に階段を上がっていく。
「エリナが、ありがとうって」
「気にするなと伝えてくれ」
彼女は部屋へと消えていった。
早く自分の気持ちを伝えなければならない。
その一歩を踏み出す勇気が、まだなかった。
朝、着替えを終え、ジョナサンは朝食を食べようと、部屋を出ると、女性の叫び声が響いた。
なんだと、そちらを見れば、全裸のジョセフがいた。昨夜は寝惚けながらも、服は脱いだのだろう。
見てしまったらしい女性の使用人は、顔を隠しながら、通路の奥へと走っていく。
「なんで、おれ、家にいんだよ!?」
昨日の記憶が全くないようで、彼は何があったか必死に思い出そうとしていた。
悲鳴を聞いてディオも出てきたが、ジョセフの姿を見て、驚いていた。
「服を着ろ!阿呆がッ!」
ディオの口調が荒々しくなるのも、しかたない気がする。
「服を着ておいで」
後で説明するから、部屋に戻って服を着てこいと促す。
「さっさとしろ!」
ディオはジョセフを蹴り、部屋に戻した。
朝食に食堂に来た承太郎は、先にいた三人の妙な雰囲気に、内心、首を傾げた。
「どうしたんだ?」
席に座りながら聞けば、ディオが不機嫌に、嫌なものを見たと。
「ちょっとな」
「うん」
起きた時に、少し屋敷の中が騒がしかったが、それに関係するのかと、朝食を食べ終わってから兄たちに聞くことを決め、朝食が運ばれてきたので、会話は中断された。
相続の手続きも終わり、ジョセフはまた屋敷を飛び出した。
ジョナサンはラグビーの練習があるからと、ディオは孤児院たちの子供たちに、教えるためにでかけていき、承太郎は彼女についていった。
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