出会いと再会と別れ 11
「ジョセフ」
名前を呼ばれ、ジョセフは目を覚ました。
金髪の女性がこちらを覗き込んでいる。
「おはよう、よく眠れた?」
姉かと思っていたが、姉はこんな声ではない。
昨日は、馴染みの女性のところに転がり込んだことを思い出し、起き上がる。
「……おはよう」
「もう、本当に寝るだけなんてつまらないわ」
彼女に、金を渡して寝床を借りただけだ。酒場で酔い潰れて寝ることもよくあるが、やはり、ベッドに横になりたくなる。家に帰るのも面倒だったのだ。
「あなたとはご無沙汰よ?今日くらい」
そう言って、腕に手を回し、胸を押し当ててくる。
「いや、そんな気分じゃあねえし」
腕をそこから引き抜く。
何度かそういうことをしたこともある。酔いの勢いとは怖いものだ。嫌いではないため、何人かしたことがある。
しかし、最近はそういうことに集中できなくなっていた。嫌でも、ちらつく姉の顔。
そういう関係になるのは、金髪の女性ばかりだ。自覚はしている。姉の姿を重ねていることは。
「つれないわね……あ、そういえば、友達が呼んでたわよ。また、しつこい客がいるんですって」
色々と頼まれ事をされ、それで金を稼いでいたのだ。
揉め事を解決したり、運び屋をしたり、店の手伝いをしたり、いなくなったペットを探したり。
もう金を稼ぐ必要もないのだが、自分を頼りにしてくる者は多い。金はどれだけ持ってても、邪魔ではないため、今も仕事がくれば、引き受けている。
「じゃあ、今日、寄ってみるわ」
服を着て、でかける準備をしていく。
「ねえ、いきなり、羽振りがよくなったのって、お父さんが……」
テーブルを叩き、黙れと睨みつける。彼女が、怯えたような目でこちらを見ている。
「……じゃあな」
扉を開き、出ていこうとすれば、服を掴まれ、引き止められる。
「待って、ジョセフ!ご、ごめんなさい、そう意味じゃあ……」
「ほらよ、ありがとうな」
その手を振り払い、追加の金を放り投げて、部屋から出ていく。
後ろから、声が聞こえていたが、無視をした。
時間は経ったが、まだ父のことを引きずってしまっている。父の手が、自分の手から滑り落ちた瞬間の気持ちは、忘れられない。
歩きながら、父に引き取られた時を思い出していた。
当初は、父にもジョナサンにも反抗していた。毎日、喧嘩していたし、父の言葉に反発することもあった。
ここでは、自分は邪魔者と決めつけていたのだ。
しかし、ジョナサンと派手に喧嘩した時に、二人とも同じように怒られ、同じ罰を与えられた。
過ごしていって分かったが、待遇に何も差はなかったのだ。
甘えてもいいのだと分かり、前と変わらない生活をした。自分が好きなように、自由に。
悪いことも危険なこともし、何度も二人に怒られ、注意もされたが、二人は見放すことはしなかった。
とても、感謝している。父にもジョナサンにも。
兄弟たちがいて、父がいなくても、寂しくはないのだろうが、あの家にはあまりいたくなかった。
あそこには、父との思い出があり、それを思い出しては、涙が出そうになるのだ。
父のために貯めた金も、色々なところで散財したため、だいぶ減った。まだまだ残ってはいるが。
泊めてくれた女性の友人の店に入れば、その話で出てきた女性が出迎えてくれた。
「あら、ジョセフ。今日は、頼むことはないわよ。それとも、今日はお客さんとして?」
「へ?呼んでたって聞いたんだけどよ」
予想外の言葉に首を傾げると、彼女は何か納得したように声をあげた。
「それね、昨日、解決したわ。新しいお客さんが追い払ってくれたの」
もう自分が出る幕はないらしい。
「そっか。じゃあ、また何かあったら……」
後ろで入口が開く音がし、振り向けば、シーザーがいた。
彼から、なんでここにいるんだという視線。
「この人が追い払ってくれたお客さんよ。知り合い?」
「ちげーよ」
彼もここでは有名になってきている。
「今日は、あいつらは来てないかい?君が美し過ぎるから、悪い虫も寄ってくるようだね」
「うふふ、ありがとう」
シーザーは自分を無視することにしたらしい。彼の言葉を聞いていても、苛々するだけなので、出ていこうとすれば、今度は怪我をしている男が入ってきた。
目があうといきなり、瓶で殴られた。不意打ちだったため、食らってしまい、痛みに少し意識が飛び、体が後ろに倒れていき、しりもちをついてしまう。
「あなたたち……!」
「そいつは関係ねえだろうが!」
「お前を見たら、苛々しちまってなぁ」
そんな言い争いを聞いていたが、そんな理由で殴られたのだと分かると、怒りが沸いてくる。
近くにあった椅子を支えに立ち上がり、それを持ち上げ、シーザーたちと言い争っているそいつを殴った。
「いってえじゃあねーか!このタコッ!!」
崩れ落ちたところに、追い討ちに椅子を降り下ろす。
後ろにいた男たちの殺気がこちらに向いたのが、分かったが、それならやり易いと、先手必勝だと椅子を投げつけ、襲ってくる奴らを殴り飛ばしていった。
シーザーもいつの間にか、参戦し、男たちを全て追い払った。
途中から、勝ち目はないと悟ったのか、逃げていく者もいた。
店の中に、倒れている男たちを外に投げ捨てれば、外にも仲間がいたが、動けない彼らを慌てて、回収してどこかに行ってしまった。
「……で、あいつら何?」
感情に任せて殴っていたが、正体を知らない。
「彼が追い払ってくれた人たち」
彼女は奥の部屋に逃げていたため、怪我はなかったが、店は椅子やテーブルが壊れ、滅茶苦茶になっていた。
「ごめん。君のお店……」
「いいわ。それよりもあなたたちの怪我を」
「いいって!それよりも、店、これで綺麗にしてくれ」
彼女に札束を握らせると、受け取れないと首を横に振るが、滅茶苦茶にした原因は自分にあるため、無理矢理、押し付ける。店ができなければ、生活も苦しいだろう。
「ありがとう……ジョセフ」
シーザーと店の片付けを手伝い、そこを後にした。
店を出て、酒場にでも行こうかと歩いていると、シーザーが肩に手を置き、大丈夫かと聞いてきた。
心配されることはないと言ったが、頭から血が流れてきた。
「うおっ」
「少しじっとしてろ」
いきなり、胸のあたりに抉り込むように指を突き刺され、痛みと苦しさに膝から崩れ落ちる。
「て、てめー、何……」
「こんなもんだろ」
立ち上がり、文句を言おうとしたが、体に痛みがない。あの苦しさもなく、妙に体が軽い感じもする。
「治してやったんだ、感謝しろよ」
頭に手をやれば、血も止まっていた。
ジョセフは巻き込まれたに過ぎない。
少し責任を感じており、怪我くらいは治してやろうと思っただけだ。
「じゃあな」
「お、おい」
腕を掴まれた時に波紋が流れ込んできたのが分かった。
彼が触れた腕には、まだ波紋が残っていたのかもしれないが、確かめるために彼の手を振り払い、手を掴む。
「な、何すんだよ!?」
波紋を感じる。
自分が与えた波紋を、この男は自分のものにしたのだ。
祖父が彼も誘っていたが、素質を見抜いていたのだろう。知らず知らずに、波紋の呼吸をしているのだ。
「お前、修行すれば結構……」
「なんの修行だよ?てか、離せッ!」
手が振り払われた。
「波紋だよ。気が向いたら、ジョナサンと来いよ。じいさんが喜ぶからな。兄弟子として可愛がってやるぜ」
「ぜってー行かねえ!」
心底、嫌そうな顔と予想通りの言葉に、笑いが込み上げてきた。
「怪我、治した礼、いつかしろよー」
「おい、てめえが勝手に……!」
「じゃあな、ジョセフ!」
飛んで屋根までのぼり、家を目指した。
下では何かジョセフが喚いていたが、無視をした。
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