出会いと再会と別れ 12
「シーザーじゃあねえか」
町で買い物をしていると、珍しい人物がいた。どちらかと言えば、彼は貧民街の方にいるはずなのだが。
「スピードワゴン」
「買い物か?」
頷く。料理をしているスージーQに、材料が足りないからと、メモを渡され、半ば無理矢理、行くことになったのだ。
「てか、あんたは何の用事……」
彼が抱えているラッピングされた箱を見て、顔がにやける。
「あんたにも、そんな女性がいるのか?」
可愛らしく飾られている。到底、彼には似合わない。
「ちげーよ。ジョセフに頼まれたおつかいだよ。断られないように、金も押しつけられたしな」
面白くないと表情が消える。ジョセフが贈り物をする相手なんて決まっている。
「……直接、渡さないのかよ?前みたいに」
あの酒場では、手渡していたのに。回りくどいと思う。なぜ、彼が彼女の想いを隠すのか不思議だった。
「あれは、アクシデントだ。まあ、おれは酒、おごってもらうし、嬉しいんだけどよ」
恥ずかしいんじゃあないかと彼は言う。
ディオはそれで気づくのだろうか。気づいてもらうまで、繰り返すのだろうか。
会えるのだから、直接、言ってしまえばいいのだ。
「あいつに今日、おごってもらうのか?」
「ああ」
スピードワゴンは不思議そうな顔をして、頷いた。
「そうか」
少し、けしかけてみよう。
面白そうなことになるだろう。
ジョセフは合流したスピードワゴンを酒場に連れていき、今日の結果を聞く。
「嬉しそうだったぜ」
「そうか〜。じゃんじゃん、飲めよ!」
スピードワゴンは、上機嫌で酒を注文していくジョセフを見て、苦笑する。
今日、ディオに渡していたのは、鞄だった。大きいものを預けられたと思ったが。
贈り物を見た時の反応も見てくれと言われ、箱を開けてそれを見た彼女は、驚いていたが、目を輝かせて中を見たりしていた。
愛用していた鞄がボロボロになっており、買おうと店を回っていたと。
どこから、その情報を手に入れたのか。噂で聞いたのだろうか。ディオも教えていないはずだと、不思議そうにしていた。
彼の人脈は広い。知ってても不思議ではない。
運ばれてきた酒を飲みながら、彼に一つ黙っていることを言おうか悩んでいた。ここに、人を呼んでいることだ。
今日は、ここで飲み明かすつもりなのだろう。ジョセフは席を離れ、マスターに札束を渡し、皆におごると豪語している。
店の中で、ジョセフの名前や讃える言葉が飛び交う。
言うタイミングを完全に見失い、なるようになれと、酒を一気に煽った。
酒場に入ったシーザーは、店を見渡し、すぐに目的の人物を見つけた。
その人物に近づいていけば、気づいたようで、嫌そうな顔をする。自分だって、男となんて、できれば飲みたくない。
「よお!」
声をかければ、返事をしたのは向かいのスピードワゴンだけ。
ジョセフの隣に座り、笑顔で言ってやる。
「あの恩、返してほしいんだが」
舌打ちが聞こえたが、ジョセフも笑顔を向けてきた。
「今日は気分がいいから、おごってやるよ」
プレゼント作戦はうまくいったのだろう。
「へえ、じゃあ、お言葉に甘えようか」
店員を呼び、酒を注文すると、すぐに酒が出された。
「お前、なんでディオに好きって言わねーの?」
一口飲み、そう言うと、二人の動きが止まった。スピードワゴンは、顔を強張らせているし、ジョセフは、睨みつけてきている。
「好きなんだろ、ディオのこと」
追い討ちをかけるように言えば、テーブルを叩き、彼は立ち上がった。
「てめえには、関係ねーだろ」
「ふーん、じゃあ、おれがもらうぜ」
これは、本心だった。あんな美しい女性を放っておけない。恋人になってもらえれば、自分の横にいてもらえれば、とても幸せだろう。
「てめえ……!」
掴みかかってきたが、余裕の顔で、その手を振り払う。
「関係ないなら、怒るなよ」
彼の怒りが沸いていっているのが、手に取るように分かる。
「関係あるぜ……!誰にもやるかよ!あいつは、ディオは……」
拳が振り上げられる。それで、彼は何人もの男を追い払ってきたのだ。
それだけ、彼女のことを想っているくせに。
「おれのだッ!!」
自分の顔をめがけてきた拳が光るのが見えた。
シーザーを殴ると、彼は飛ばされ、隣のテーブルを倒し、床に手をついた。
周りの客たちがざわつく。酒が入っているため、止めることはなく、囃し立て始める。
「誰にも渡すかよ……誰にも……」
シーザーに追い討ちをかけようと近づくと。
「何をしている!」
聞こえた声に、その主を探すが、すぐに自分の前に飛び出してきた。
なぜ、ここにいるのだと驚いていると、ディオは自分とシーザーを見比べていた。シーザーは立ち上がると、彼女の腰に手を回し、手を持つと、殴られた方の頬に持っていく。
「ディオ、あいつが、いきなり殴ってきてさ。君の手で撫でてもらえば、すぐに治りそうだ」
「大丈夫そうだな」
呆れたような声で言っていたが、なぜ、彼女は彼の手を振り払わないのか。
見せつけるようなその行為に、怒りが頂点に達した。
二人の近づき、彼女の腕を引っ張ると同時に、シーザーを殴り、引き離した。
いきなりのことに、体制を崩した彼女が、自分に向かって倒れてくるのを抱きとめる。
「スピードワゴン、ディオを頼む」
ディオを後ろにいるスピードワゴンに預け、シーザーの方に向けば、いきなり顔に衝撃。
「あんまり調子にのんなよ」
彼は瓶をこちらに向けて、持っていた。中身が溢れていっている。何かが床に落ちる音。転がるのは、コルクの栓。
「この野郎……!」
「手加減しねえぜ」
その瓶の中の液体がこちらにかけられてきたが、隙を生み出すためだけの行為は突っ切ればいいと、前に踏み出せば、それは、石つぶてのような固さで、体を撃った。
「がっ……!」
予想以上の衝撃と痛みに体が動かない。
何とか、踏ん張って倒れることはなかったが、一瞬でシーザーが近づいてきて、アッパーを食らってしまい、そこで意識が飛んだ。
シーザーのアッパーを食らったジョセフの体は飛び上がり、後ろに倒れていく。
「ジョセフ!」
ディオは近づこうとしたが、スピードワゴンに危ないと止められる。
周りの客が投げたのだろうか、瓶が自分の前に落ちた。
シーザーは倒れたままの彼を引きずり、入口へと向かっていく。
「待て!」
止めるスピードワゴンを振り払い、彼らの元へと走っていく。
入口の扉を開くと、そこから投げ出されたのが見えた。
「家に帰れ、スカタン」
そう吐き捨てたシーザーはこちらを向くと、なぜか笑顔だった。
「連れて帰ってやりなよ、ディオ」
背を押され、自分も酒場から出るはめに。
彼に呼び出された真意を聞きたかったのだが、今は弟が心配だった。
倒れている彼を見れば、起き上がっている。
「ゲホッ……」
「大丈夫か」
屈んで、彼を見る。血は出ていないが、体が痛むのか、少し動くだけでも苦しそうだった。
「帰るか?」
それにジョセフは、黙って頷くだけだった。
シーザーは席に戻ってくると、酒を一気に飲む。客たちも喧嘩が終わりだと分かると、席に戻っていく。
「さて、言うかな」
その言葉に、スピードワゴンは、彼がしたことの真意が分かった気がした。ここに、ディオを呼び出した意味も。
「あんた……まさか」
彼はジョセフの背中を押したのだ。
「見直したぜ」
ただジョセフに溜まっていた鬱憤を晴らしたわけではないようだ。
「ふられればいいんだよ」
そう言い、彼は笑う。
「あいつからディオを奪うのも楽しそうだよなぁ」
鼻歌を歌いながら、また酒を飲んでいた。
「……前言撤回するぜ」
感心した自分が馬鹿だと思った。
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