出会いと再会と別れ 7
ディオがジョナサンの部屋を出ると、使用人に声をかけられた。
ジョセフが庭で寝ていると。
風邪をひく前に家の中に戻るように言ってほしいと。どう声をかければ、分からないと。
夜になれば冷え込み、彼も薄着だったので寒いはずだ。
任せてと言い、自分の部屋に戻り、ストールを取り、庭へと出た。
そこには、腕や足を放り投げて寝転ぶジョセフがいた。顔に手をあて、表情が見えない。頬が濡れているのは、見ない振りをする。
「そんなところで寝るな」
「……うっせえ」
「服が汚れる。起きろ」
顔を見せないようにし、彼は起き上がるが、こちらに背を向けて座る。泣き顔をそんなに見せたくないのだろうか。男としてのプライドだろうか。
背につく、土や草を払っていく。
「辛いだろうが、明日から忙しくなる。家にいろ」
彼は昔から、嫌なことがあると、その場所から逃げ出すのだ。
今回は許されない。
「……分かってるって」
その声が震えている。
父は、ジョセフに一番、手を焼いていた。外で色々と揉め事を起こし、いつからかだったか、あまり素行の良くない連中と行動を共にし、家に帰ってこなくなった。
そんな彼を、不思議なことに、父は咎めることはなく、ただ心配をしていた。
諦めていたのか、信用していたのは定かではない。
ジョセフを連れて帰れば、嬉しそうにしていたのは知っているため、愛情はちゃんとあったのだろう。
寒そうな背に、ストールをかける。
「一人にしてくれ」
「断る」
こんな時くらい、素直になればいいものを。彼はジョナサンと同じく寂しがり屋だ。自覚はしていないが、誰かと繋がりを持ちたいと、いつも思っている。
自分がかけたストールを、しわが寄るくらい握っているくせに。
「可愛くない弟だ」
地に座り、その背にもたれかかる。
図体は大きいのに、中身はまだまだ子供だ。
「……っ……う……」
意地を張るのに疲れたのか、泣く声が耳に届く。
「おれ……親父に……迷惑ばっかかけてよ……でも、いつも……いつも……体は大丈夫か……怪我はしていないかって……」
嗚咽混じりに紡ぐ言葉を黙って聞いていた。
「自分の方が……病気で大変だって……のに……っ……」
その後は、全て泣き声に変わった。
彼は愛されていたし、愛していた。
それを証明するように、彼は泣いていた。
「……もう、行けよ」
鼻をすすりながら、ジョセフはそう言う。
「寂しくて泣くなよ?」
「泣きたくても、もう出ねえよ」
返ってきた声が明るい。背を離し、彼を見るが、顔が見えない。覗き込もうとしたが、そらされて、早く行けと言われてしまった。
「風邪をひく前に、家に入れよ」
立ち上がり、一歩、踏み出せば、手が掴まれた。
ジョセフは、自分がした行動に戸惑っていた。とっさに腕がのびたのだ。
ディオが振り向き、驚いた表情でこちらを見る。
「やはり、寂しいのか?」
手を離し、違うと言いたかったが、言葉が喉でつまる。寂しいとも言えるはずがない。
彼女は微笑みこちらに戻ってくると、頭を撫でてきた。
「甘えてもいいぞ。わたしはお前たちの姉だからな」
頭を撫でるのをやめると、腕を広げる。さあ、来いと言わんばかりだ。
姉だという立ち位置にしかいない彼女に、一人の女性として見ていると言えば、どういう反応をするだろうか。
何度も喧嘩をして、反発していたが、自分をまっすぐ見る目がとても好きで。
素直になって、彼女の胸の中に飛び込み、そのまま抱きしめて、自分の気持ちを伝えられれば。
「……そんな子供じゃあねーよ」
また、背を向けると、背にあたたかく、やわらかいものがあたる。絡みつくように細い腕が前に回ってきた。
「そんなところが、子供なんだ」
それは、すぐに離れていった。
鼓動がうるさく、とても暑い。体が汗ばんでいるのが分かる。
予想外の行動。抱きしめてくるなど、不意打ちだ。
「ちくしょー……」
顔が熱いと、冷たい手で冷やそうと顔にあてた。
自分の心の内を見透かしたような行動。
そんなことをしてくるから、嫌でも惹かれてしまうのだ。
屋敷に戻ると、使用人が話しかけてきた。ジョセフは大丈夫かと。
もう少ししたら戻って来るはずだから心配しなくていいとだけ言い、二階へと向かった。
後は末っ子だけだ。
承太郎の部屋に向かい、部屋の前まで来ると、扉を叩き、名前を呼ぶが反応がない。
扉は開いたため、中を覗くと、ベッドで項垂れる承太郎がいた。
静かに中に入り、扉を閉め、彼の方に向き直ると、こちらを見ていた。
「……?」
近づき、彼の顔を見るが、いつもと同じ。泣いた形跡がない。
「泣かないのか?」
「兄貴たちが泣いてんだろ。おれくらい……おれ、は……泣くかよ……」
膝の上で握り拳が作られる。辛い顔をして。
なぜ、この一番下の弟は、いつもこうなのだろう。
いつもいつも、我慢しているような気がする。
「……阿呆が」
悲しいなら泣けばいい。時には感情を殺すことも必要だろうが、今は必要ない。
耐えなくていい。彼は、泣くべきなのだ。
「泣け、我慢するな」
頬に手を添え、彼を見る。目が揺れている。
ジョナサンもジョセフも泣いていた。あの二人が自分の分も泣いてくれるだろう。目の前の彼女も。
自分はいつも通りに、父を見送るのだ。もう幼い子供ではないのだと、伝えるためにも。
一人の時は、そんな思いがあったが、今はディオがいる。自分とて男だ。人の前で泣くのは抵抗があった。
「……見られたくねえ」
「こうすれば、見れないだろう」
手が後頭部に回り、引き寄せられ、彼女に体を預け、肩に顔を埋める形となる。
「泣け、承太郎」
その言葉に誘発されるように、涙が溢れた。
一度、流れると、もう止め方なんて分からなかった。
「……っ!」
声は口の中で噛み殺す。
しかし、食いしばった歯が開き、声が出ていく。
一人になった時、抱きしめて慰めてくれたのは、今の父だった。涙を流し、鼻水さえ垂れ流していた自分だが、服が汚れることもいとわずに、彼は胸に顔を埋めて泣く自分を、受け入れてくれていた。
懐かしい記憶を思い出しながら、自分より小さな体を抱きしめ、あの時と同じぬくもりを感じながら、泣いていた。
泣き終えた承太郎は、自分の膝を枕にしながら寝ている。感情を吐き出し、疲れたのだろう。
閉じてはいるが目が腫れているのが分かる。三人とも、同じようになっているに違いない。
その頭を撫でていた。
手のひらから伝わってくるあたたかな体温。
そろそろ、部屋に戻ろうと、彼の頭を膝上からゆっくり下ろすと、目を覚ました。
「ディオ……?」
「寝ていろ。まだ朝ではない」
彼から離れようとすると、腕が回ってきて、後ろへと倒され、ベッドに寝転ぶ。
「ここにいろよ」
体に回る腕のせいで、起き上がられない。
承太郎は寄り添うように自分の横にくると、また目を閉じた。
少しだけ付き合い、彼が深く眠ったところで、そこから抜け出した。
6へ←
→8へ