出会いと再会と別れ 5


ジョセフは仕事終わりの一杯と腹ごしらえをしようと馴染みの店へと向かう。
店に入れば、マスターと店員が声をかけてきてくれるが、店の一角に目立つ姿とうるさい声。
「ありがとうねぇ、シーザー」
「今日も素敵だったわよ」
シーザーが女性たちに取り囲まれ、顔をだらしなくしている。
「ママミーヤ!君たちの美しさには敵わないけどね」
そんな言葉が聞こえ、疲れた体がもっと重くなった気がする。
とりあえず、カウンターに座り、マスターに酒と軽食を頼む。
あんな臭い台詞を聞いて、女というものは喜ぶのか。
自分の姉は全く喜ばない。パーティーでもそういう言葉をかける輩はいるが、愛想笑いしかしていない。
自分の容姿くらい自分がよく分かっていると、自信満々に言われ、だからかと納得したものだ。
「よ、ジョセフ!」
肩に手を置かれ、見てみれば、スピードワゴンがいた。ついさっき、店に入ってきたらしい。
「奢ってくれよ!あのツケ、払ってもらってねえぜ」
隣に座りながら、スピードワゴンは勝手に注文をしていく。彼が言っているのは、前にした頼みごとのことだろう。
「金、渡したじゃあねーか」
贈り物を押し付けた時に、断れないように金も一緒に渡したのだ。
「これくらい奢ってくれよ」
「しゃーねーな」
彼には、仕事を紹介してもらったり、喧嘩では助けてもらうこともある。日頃の礼もあるので、奢ることにした。
「てか、ありゃ、シーザーか?」
スピードワゴンが視線だけをそちらにやる。
「女を侍らせて楽しいのかねぇ」
騒いでいるので、嫌でも目立つ。
そちらを見ないようにしているのだ。
目の前に、酒と料理が出され、口に運ぶ。
「ん?」
スピードワゴンが何かに反応し、彼と同じ方を見れば、なぜか入口にディオがいた。
「ッ!」
驚いて、口の中のものを喉に詰まってしまい、スピードワゴンが差し出してくれた水を慌てて飲む。

スピードワゴンが咳き込むジョセフの背をさすろうとすれば、先に違う手が背をさする。
「何をしている」
呆れたような声で、彼女が聞いてくるので、分からないと答える。彼女が突然、現れたことに驚いたのだろうが。
「っ……な、なん、で……ゴホッ、ここに……」
「お前の忘れ物だ」
カウンターに置かれたのは、一つの紙袋。
「女から渡されたぞ」
その紙袋を見て、ジョセフの目が泳いだのが分かった。何か理由があるのだろう。その渡した女性か、この忘れ物か。
「で、もう大丈夫か」
「あ、ああ……」
彼女と目を合わせようとしない。彼女関係かと思っていると、自分の前に酒が運ばれてきた。
「じゃあね〜、シーザー!」
「またね〜」
自分たちの後ろを女性たちが通り、店を出ていく。
「ディオ、今日も会えて嬉しいよ」
いつの間にかシーザーが彼女の横におり、肩へと手を回そうと手を伸ばしたが、ジョセフが彼女を引き寄せ、手が空を切る。
「来んなよ、スケコマシ」
「姉くらいにしか相手してもらえないからって、嫉妬するなよ」
人を見下したような笑みを浮かべるシーザー。
「ああ!?」
分かりやすい挑発にのり、ジョセフが立ち上がると、シーザー共々、喧嘩腰になるが、やめろとディオが仲裁に入る。
「やるなら表でやれ」
「君がここにいるのに、出ていけるわけないじゃあないか。君が一緒に来てくれるなら話は別だけどね」
回ってくる手をディオが叩く。
「今日はこいつに用がある。お前の相手はしてられん」
ショックを受けているシーザーだったが、へこたれている様子はない。諦めればいいのに。
ジョセフを、また屋敷に連れて帰るのだろうか。そのわりには、今日の彼女にはその必死さがないのだが。
「お、おれ、用事……」
何かを察知したのか、彼は逃げ出そうと立ち上がるが、彼女が腕を抱き込んだ。
「待て。聞きたいことがある」
「は、離せよッ!」
そう言いつつも、振りほどかない。顔は赤く、内心は密着されて嬉しいのだろう。その様子を羨ましそうに見ているシーザーには呆れてしまうが。
「あのナイフの意味はなんだ?答えろ」
「……その前に離せよッ!」
彼女はいぶかしむような目を向けるが、逃げないと言われ、渋々、腕を解放していた。
彼が椅子に大人しく座ると、彼女は警戒をといたのが分かった。
「これを贈ってきた意味はなんだ?」
そう言って、彼女が取り出したのは、小さな質素なナイフ。柄のところにディテールが彫られ、持ちやすい形になっている。
「……お前、そんなものを贈ったのか」
あれは彼女への贈り物だと分かってはいたが、中身がナイフだとは。女性への贈り物にそれを選ぶセンスはどうなのか。
「女性にナイフを贈るなんて、どういうセンスをしてんだよ」
シーザーが自分の気持ちを代弁してくれて、頷いた。装飾品や花が一般的だろう。
「君もそんなものを貰って、嬉しくないだろう?」
彼女は不思議そうな顔をし、首を横に振る。
「いや、わたしは嬉しいぞ。むしろ、花や宝石より実用性がある」
「服とかネックレスとか、そーいうやつは溢れてるんだよ」
忘れていた。彼女は、この弟の姉だ。普通という型からは抜け出しているのだ。
しかも、彼女は貴族で、そういう物を見慣れている。それでも、喜ぶ女性がほとんどだろうが、彼女がそういう装飾品を付けているところを見たことがない。
服の素材はいいものだが、見ている限り、そこらの町娘と変わらない格好。
興味がないのだ。
その発言に、面を喰らったのは、シーザーも同じらしい。
「え……本当に?」
「ああ、本当だ。そうだな、お前から貰った花よりはいいな」
「う……それなら、そうと言ってくれよ!」
「あそこで投げ捨ててほしかったのか?子供の前だったからな。それはしなかったが」
彼女の根も葉もきせぬ言葉に切り捨てられ、うちひしがれているシーザー。
それをジョセフは勝ち誇ったような顔で見ている。これは、長年、一緒に過ごした彼しか分からないだろう。
「で、突然、贈り物など何の風の吹き回しだ?」
ディオはジョセフに向き直る。
「あー……お前、ナイフの手入れ怠っていたろ。錆があったからだよ」
「……よく気づいたな」
「おれは結構、ちゃーんと見てんのよ」
ジョセフはカウンターに置いていた紙袋を、掴むと彼女に差し出す。
「やるよ」
「……?」
「お、お前、宛だ」
そっぽを向きながら、そう言う彼は恥ずかしそうにしている。今さっきまで、得意気な顔をしていたのに。
ディオはそれを受け取ると、遠慮なく中身を取り出す。
出てきたのは、綺麗にラッピングされている箱で。
箱さえ高級感が漂うそれを開ければ、中から出てきたのは、万年筆だった。

ジョセフが贈り物として、それを選んだのは、学校にいる子どもたちに聞いたことが発端だ。ディオが使っていた万年筆を、落ちたところを、子どもが踏んでしまい、壊してしまったと。
「先生は気にしなくていいって言っていたけど……」
その踏んでしまった子どもは、小さいながらも、罪悪感を感じているようだった。自分も気にするなと頭を撫でてやったが、浮かない表情をしていたので、新しい万年筆を贈ることにしたのだ。

ディオはこちらを怪訝そうな顔で見ていた。
「お前、これは一級品だぞ?盗んできたんじゃあないだろうな?」
「ちっげーよ!買ったんだッ!お前のためにわざわざ、店まで行って……」
口を手で塞いだ。漏れたものはもう聞かれていたようで、彼女は驚いていた。
「買いに、行ったのか……?」
何か気づいたように、彼女はこちらに手を伸ばしてくる。頬に手を添えられ、体が少し汗ばむ。
「風邪でもひいて……お前たちは兄弟で移しあっているのか……?」
彼女の顔が近づいてくる。頬を触っていた手が額に移る。
視界には彼女の顔しかない。困惑したような目がこちらを見ている。濃くなる彼女の香りと、すぐ近くにある体温が、酷く魅惑的で。
「風邪なんてひいてねーよ」
顔を背ければ、彼女の手が離れる。それが、今の精一杯の抵抗だった。
「お前が理由なしで、こんなことをしないだろう?……何かしたのか?」
理由を言えるわけがない。他の兄弟たちと彼女を取り合っているなど。素直に気持ちを伝えても、彼女は自分の言葉を冗談だと受けとるのだろう。
「なんでもいいだろ」
皿の上のものをかき込み、酒で流し込むと、金だけ置いて、酒場を出る。
「待て!おい、ジョセフ!」
荷物を抱え、自分の背中を追いかけてくるディオ。
ついてくるなと言えばいいのだろうか、まっすぐ自分を追いかけてくる姿に、少し心が踊るのが分かった。

酒場を出て行った二人を見送ったスピードワゴンはため息をついた。
「……気がついてねえな。ありゃあ」
ジョセフが自分から贈り物をするとは、意外だった。普段しないことをしたら、少しくらいは気づいてもいいだろうに。彼の勇気は空の彼方だ。
「あれ……ディオ、マジで気づいてないのか?」
シーザーは驚いていた。演技ではないのかと疑っている。
「そりゃあ、異性じゃあなく、兄弟として見てるからな」
男と女という関係の前に、弟と姉という関係が出てきてしまうのだろう。
「家族だから、そんな気持ちはないって?」
「あいつ、ジョセフが素直じゃあないからな……承太郎はまっすぐだけどな。長男はよく知らねえが」
いきなり始まったアピール合戦。承太郎もディオにいつもより積極的だった。何かあったのか、二人に聞いてみても、答えてはくれなかった。
「ジョナサンだろ。あいつも、ディオのこと好きだぞ」
「やっぱりな」
それに巻き込まれる自分の身になってほしいものだ。
シーザーとのデートを見守る行為に付き合わされたのも、その話し合いに偶然、居合わせただけなのだ。
その原因になった男を見据える。
「で、人の忠告を聞かずに、ちょっかい出してるみてえだな」
この男が大人しくするとは思えなかっただが。彼の噂は、様々なところから聞こえてくる。ところ構わず、女を口説いていると。
「男の言うことを、素直に聞く義理はないからな」
小馬鹿にして言われる。またジョセフにでも殴られるのだろう。
入り口が開き、誰かが入ってきた。
ディオでも帰ってきたかと、そちらを見れば、暗い色の長髪の女性。
「シーザー」
「げっ……先生……!」
確か彼女は、リサリサだったか。不思議な力、波紋を操るシーザーの師匠。
「帰るわよ。お祖父様が心配しているわ」
逃げようとしたシーザーが、マフラーで捕まえられた。
そのやり取りを見て、ジョセフとディオを思い出す。
「帰る!帰りますよッ!」
引きずられる形で、彼女と共にシーザーが入口に向かっていく。
「じゃあなー、シーザー、お姉さん」
そう声をかけ、手を振ると、リサリサは少し頭を下げ、出ていった。シーザーが名前を呼んだ気がしたが、気のせいだろう。
なぜ、あんな美人が家にいて、帰りたがらないのか。二人の気持ちがよく分からなかった。


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2014/01/29


BacK