出会いと再会と別れ 2
屋敷に帰る途中に、自己紹介をしあった。
男はシーザーの祖父で、ウィル・A・ツェペリ。
女性はリサリサと名乗った。
ツェペリの兄弟弟子の娘らしい。
ある修行でやる気を出さない、シーザーのために呼んだのだが、その前に、彼が逃げ出したらしい。
「マジかよ……リサリサが教えてくれるなら、おれだって」
リサリサから解放され、大人しく歩いているシーザーは驚いていた。ツェペリはそんな彼の頭を殴る。
「その前に、あんなふざけた置き手紙をして、出ていったのは誰じゃ!わざわざ、リサリサもスージーQも、お前を探すためにここまで来たのだぞ」
「スージーQまで来てんのかよ……」
二人の言い争いを聞きながら、屋敷に着くと、丁度、誰かが屋敷から出てきていた。格好からにして、女性。
こちらを見ると、何かに気づいたように走ってくる。
長い金髪。その顔はどこか懐かしい。
「あなた、ディオでしょう!?ジョナサンに、ジョセフに……承太郎かしら?」
自分たちの名前を言い当てていく。
そんな人物の心当たりは一人しかいない。
「……エリナ?」
「ええ、そうよ!久しぶりね!」
エリナは笑顔で抱きついてきた。その体を夢ではないと確かめるためにも、力強く抱き返す。
抱きしめるのをやめると、エリナは微笑む。
「ふふ、少年のような格好をしていたのが、嘘のようね。見違えるほど、綺麗になったわ」
髪も長くなったと、彼女の白く細い指が髪をすいた。
「それは、こちらの台詞だ。元気だったか?」
彼女は、七年前は愛らしいと言えたが、今は美しいと言うべきだろう。
「ええ!ディオは元気そうね」
「エリナ、久しぶりだね!」
「久しぶり、ジョナサン」
ジョナサンはとても喜んでいる。それはそうだろう。想い人が帰ってきたのだから。
「よ、エリナ!」
「ふふ、久しぶり、ジョセフ」
女の子を苛めてないかと聞かれ、してないと返す。その姿は、あの幼い頃のままだ。
エリナは承太郎に視線を移し、ジッと見つめる。
「……承太郎よね?」
「ああ、久しぶりだな、エリナ」
「あんなに小さかったのに……驚いたわ!男性は皆、大きくなるのね」
それは彼らの成長が異常なだけだが、あの小さかった承太郎が、ここまで成長していることには、素直に驚く。
「再会の邪魔をして悪いのだが、目的地はここかな?」
「あ、そうです。ぼくが案内します」
ジョナサンが一足先に、四人を連れて敷地内へと入っていく。
「……友達?」
ジョナサンについていく四人を見て、エリナは首を傾げた。
「知り合い、だな」
スピードワゴンとシーザーは友人と言ってもいいだろうが、他の二人は会ったばかりだ。
積もる話もあるだろうと、エリナと共に、屋敷へと向かう。
承太郎はジョセフに無理矢理、連れていかれ、ツェペリたちがいる庭へと向かっていった。
エリナは先日、帰ってきて、病院の準備も落ち着いて、こちらに挨拶にきたらしい。自分がいなかったので、帰ろうとしていたところに、自分たちが帰ってきた。
使用人がティーセットを持ってきて、紅茶を入れていく。
それが、終わると、頭を下げて出ていく。
「そのリボン、持っててくれたのね」
顔を少し赤らめながら言われ、頷く。
「大切なものだからな」
このリボンをするために、髪を伸ばしたと言っても過言ではない。
「ありがとう。でも、ボロボロね。今度、新しいものを贈るわ」
紅茶を飲みながら、七年の空白を埋めるように、自分たちは様々なことを話し合った。
笑いながら、驚きながら。
そんな、ディオたちの賑やかな会話の外で、ツェペリは余裕綽々というように髭を撫でており、シーザーは地に転がり気絶していた。
ツェペリの手から放たれた衝撃波のようなものが、シーザーを吹っ飛ばしたのだ。
「世界中、旅したおれでも初めて見る光景だったぜ……」
ジョナサンたちが呆気にとられている中、スピードワゴンが呟いた。
「さて、起きろ、シーザー」
腹に一発いれると、シーザーが咳き込む。
「ゲホッ……ちっとは、優しく起こせよ!」
起き上がりながらも、彼は吠える。
「そうする義理はないが……お前は帰る気はないんじゃな?」
「ああ、俺は帰らねえ、絶対な」
その言葉にツェペリは頷いた。
「ならば、わしたちもここにいよう」
「はあ!?」
「お前を一人にはしておけん」
「俺はもう子供じゃあねえぞッ!」
シーザーは立ち上がり、ツェペリと言い争っていたが、ジョナサンが声をかけ、一時中断となる。
「その力、なんですか?」
聞く彼は目を輝かせている。好奇心は人一倍あるのだ。
エリナを門まで送り、ディオはまだ庭で、騒いでいる兄弟とツェペリたちの方へと、足を向けた。
なぜか、ツェペリとシーザーがグラスワインを片手に持っている。それを逆さまにしているが、なぜか、中の液体はその中にとどまっていた。
「すごい!」
「すっげえ、溢れねえ!」
「液体は波紋を通しやすいからな」
どうやら、不思議な力が作用しているようだ。
ジョナサンが目を輝かせて、色々と質問をしている。ツェペリはワインを元に戻し、それを飲みながら、答えている。
ジョセフは、シーザーからワイングラスを奪い取って、それを様々な角度から見て、何か仕掛けがないかを探しているようだった。
「ディオ、エリナは帰ったのか?」
あまり興味がないのか、自分のそばに来る承太郎。
「ああ、まだ忙しいらしい」
落ち着いたとは言っていたが、まだまだすることはあるみたいだ。
「ディオ」
こちらに気づいたシーザーがやってくると、自分の前に承太郎が立ち、彼から自分の姿を見えないようにしてきた。
「邪魔なんだが」
「てめー、散々、ディオを触りまくって、まだたんねえのか!?」
怒りの声色で言われた発言に、承太郎の腕を掴む。こちらに向いた彼を睨んだ。
「待て、どういうことだ。お前たち、シーザーとわたしがいるところを見ていたのか?」
彼らが合流してから、シーザーは自分に触れていない。触れないようにされたからだ。
承太郎が目をそらしてきた。分かりやすい反応だ。
やはり、ジョナサンたちが偶然、あそこには居合わせた訳ではない。
彼らは、自分たちを見ていたのだ。
「視線は感じてたが、お前らがつけてたのか……どんだけ、姉ちゃんのこと好きなんだよ」
呆れるように言ったシーザーは、気づいていたらしい。教えてくれればいいものを。
「ジョナサン!ジョセフ!」
不思議な力に夢中になっている二人を呼び、こちらに手招きする。
ジョナサンはツェペリに断りをいれ、ジョセフは空になったワイングラスを手にやってきた。
「何?」
「何だよ?」
「お前たち、わたしをつけていたのか?」
二人の表情が固まる。ジョセフは承太郎の方を見るが、彼は視線を合わせないようにしていた。
この反応に、確信を強める。
「ジョナサン、お前が計画したのか?」
妙に心配していたのは彼だ。自分の様子を見るために、他の兄弟たちに協力をあおいだのだろう。
「えーと……」
睨みつけていたが、彼は、頬をかくだけで何も言わない。他の兄弟たちにも、話せと視線を送るが、全てそらされた。
「スピードワゴン!」
楽しそうにリサリサとツェペリと話している彼に呼びかける。
彼もあそこにいた。何かを知っているだろう。
「なんだ?先生」
こちらに来たスピードワゴンに彼らと同じように聞く。
「こいつらは、何をしていたんだ?」
「あー……そのー……」
彼の視線は、兄弟たちへと向けられていたが、彼らを見ないようにと襟首を掴み、こちらを見させた。
「全て話せ」
「わ、分かったよ!話す、全部、話すからよ。手を離してくれ……!」
彼から手を離すと、全てを話してくれた。時おり、三人が口を出してきたが、黙れと睨みつければ、何も言わなくなった。
ジョナサンが自分を守るために、兄弟たちに協力を仰いだこと、それにたまたま居合わせた彼も付き合わされたこと。シーザーと一緒にいた時から、ずっとつけていたことも。
「それだけ、わたしが心配か?わたしは子供ではないと言ったはずだッ!」
前にもジョナサンに言った言葉を、吐けば、彼は口を開いた。
「君はもう少し、危機感を持った方がいいよ!今日のシーザーは紳士的だったけど、その……下心を持っているかもしれないし……」
チラチラとシーザーを見ながら、段々と声が小さくなっていく。当のシーザーは、リサリサと何か話しているようだった。
「何かあったら、これがあると何度言えば……」
ナイフを取り出せば、それを持つ方の手首が、掴まれた。
「何をする……ジョセフ」
掴んできたジョセフを睨むと、黙って手首を捻られ、痛みにナイフを落としてしまい、地面に音もなく落ちた。
腰に腕が回り、抱き寄せられる。間近に彼の顔があった。
「ほらな。あんまり、過信してっと痛い目にあうぞ」
いともたやすく、力の差を見せつけられてしまった。
負けじと肩を押したり、振り払おうとしたが、何も変わらずに、苛つき、離せと声を上げる。
「逃げられないだろ。心配する身にもなれよ、ディオ」
心配という言葉は彼に返したいが、ジョセフにしては意外な発言だ。ジョナサンと承太郎が自分をよく気にかけてはくるが、彼が自分を心配することはあまりない。直接的には。
「もう、やめろ」
「やめるんだ、ジョセフ」
「へーい」
ジョナサンと承太郎の言葉に自分は解放された。手首が痛く、そこに手をあてる。まだ掴まれている感覚が残っている。
「……ほらよ」
ジョセフは、気まずそうな顔をしながら、落ちたナイフを拾い、差し出してきたので、無言でそれを取る。
「手加減しろ、このマヌケ」
ナイフはしまったが、掴まれた手首がまだ痛い。見れば、掴まれたあとが残っている。
「女性に手をあげるもんじゃあないぜ」
ジョセフの横にシーザーがいた。自分の手首を見て、呆れている。
「こ、これはな……!」
ジョセフは弁解をしようとしていたが、言葉が出てこないようで、詰まっている。
「痛々しいじゃあないか。おれが治してやるよ」
シーザーがこちらに手を伸ばせば、体に回った承太郎の腕に後ろに引き寄せられ、自分の前にはジョナサンとジョセフが立つ。
敵意がむき出しだ。ジョセフと承太郎だけではなく、ジョナサンまで。
「はあ……リサリサ、いや、先生!彼女の怪我を治してやってくれないか?」
「わたしたちは便利屋ではないのですよ」
こちらに来たリサリサは、淡々とそう言った。
「彼女には、世話になったんだよ。お願いします!」
シーザーが頭を下げると、リサリサは一つため息をつき、前に立っている二人に退きなさいと言えば、二人は自分の前から素直に退いた。
「怪我のところ見せて」
何をするのだろうと、承太郎に離すように言い、腕から抜け、彼女の前に手首を出す。
リサリサの手が手首に触れると、光が弾け、患部があたたかくなり、痛みがひき、あとも消えていった。
「何をした……?」
「波紋で治しました」
極当然と言うように手を離した彼女は言い放つ。
「波紋は生命エネルギーだからな。怪我も治せる」
「本当に凄いね!魔法みたいだ」
感心してしまう。ジョナサンが言うように、魔法のような力だ。
「礼を言おう」
「いえ、シーザーが世話になった礼です」
「興味があるなら、わしのもとで修行をしてみんかね?」
ツェペリの言葉に、一番、反応したのは、ジョナサン。
「ぼくも習得できますか!?」
「素質があれば」
「ウィル先生」
あまり納得していないという顔で、リサリサは彼を見る。
「シーザーはお主に任せるよ。新たに弟子をとってもいいじゃろう。ここには、まだ滞在する。シーザーは帰らんし、わしも暇じゃ」
「……分かりました」
その後は、ツェペリは二人も誘っていたが、ジョセフを迷う素振りを見せていた。
承太郎は興味がないと断っていた。
シーザーたちが帰った後は、ジョセフはスピードワゴンと共に貧民街へと行ってしまい、残る二人に自分をつけていたことに文句を言おうとしたが、ジョセフにされたことは実感していたため、言わないことにした。
シーザーも最初は、いきなり抱き寄せたりしてきたのだ。承太郎があの時に来なかったら、そうなってたかもしれないが、喉笛をかっ切るぐらいはしていただろう。兄弟揃って心配し過ぎているのだ。
しかし、シーザーとのデートは途中で終わってしまったが、したことはしたので、お礼にはなっているだろう。原因は彼の身内と知り合いなので、文句を言われる筋合いはない。
屋根から見渡した風景を思い出す。
ツェペリから逃げていた時は、なかなか楽しかったと思った。
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