伝えなければ伝わらない 6
屋敷を出て、待っていた馬車に乗り込み、屋敷に帰るように御者に告げたがジョナサンは我慢ができないようだ。
「少し、我慢しろ」
彼を押さえつける。薬のせいとはいえ、耐え性がなさすぎる。
「行き先変更だ。近くのホテルに向かってくれ」
迫る彼を押し止めつつ、御者に告げると、返事が返ってきて馬車が動き始めた。
「ぼくの……こと……き、らい?」
突然の質問に面食らう。
彼は震える手で上着を掴んでいる。
「嫌い、なの……かい……?」
また顔が近づいてきたので、押し返そうとしたが、その手は力ずくで払われ、唇が重なる。
舌が入ってきて、舌と重なる。
手に何かが押しつけられていたが、見なくとも分かった。
快楽に夢中になっている彼を、もう放っておくことにした。一度、吐き出せば、しつこく、迫ってくることはなくなるだろう。
時折、漏れる声を口で塞ぎつつ、彼の質問を頭の中で繰り返していた。
「嫌いなのか?」
嫌いだから、彼を組み敷いたが、それだけなら、一回だけでよかったのだ。この関係を続ける必要もない。
認めたくはないが、好きと言ってしまえば、好きだろう。
しかし、それは物へ抱くものと変わりない。便利だから、自分のものだからというだけ。愛情ではない。
だが、その質問を裏返せば、ジョナサンは自分を好きだということになる。
性交をすれば、そういう気持ちを抱く者がいることは確かだ。深く交わり、愛されているのだと勘違いする者は多い。
薬のせいとはいえ、男に犯されて、そんな気持ちを抱くものなのだろうか。
でも、悪い気分ではない。
遠くにいる初恋の女より、このディオのことを想っているなら。
彼の望むものを与えてやり、口付けもやめ、大人しくなった彼に寄り添っていた。
ホテルに着き、未だに一人で歩けない彼を支え、ホテルに入った。
馬車が運んでくれたのは高級ホテルだった。ドアマンが自分たちをうやうやしく迎えてくれた。
「すまない、彼が酷く酔っていてね。早く部屋を準備してほしいんだ」
そう言えば、フロントの受付は、すぐに鍵をくれた。ジョナサンを運ぶのを手伝おうかと言ってくれたが、気持ちだけ受け取っておいた。
お礼を言い、部屋に向かう。
入った部屋は広く、置いてある家具も高級品ばかりだ。
大きなベッドにジョナサンを横たわらせる。
あそこの扉はシャワールームに続いているのだろうかと、見ていると服が引っ張られ、彼に覆い被さる形になる。
「ディ……オ……」
見上げる目から、涙が流れる。
彼のもう片方の手は、また股間に伸びて動かしている。もう欲情しているらしい。
「ああ、気持ちよくなろうじゃあないか、ジョジョ」
もう二人きりだ。我慢する必要もない。
流れる涙を舐めとり、笑った。
塩味の水が甘く感じた。
熱を吐き出し、ジョナサンの頭はようやく、動くようになり、少し前のことを思い出していた。
薬の熱のせいで混濁した意識の中でも、ディオが来てくれたことは分かっていた。自分を呼ぶ声に触れる手。
ハンカチを返してもらったことを告げれば、口づけをされて、それがどことなく優しく感じられた。
彼に触れられ、密着すれば、理性は崩れた。彼に触れているだけで、快楽が来ていたからだ。それだけで、性器は質量を増していた。
いきたいと思った。できれば、彼が与える快楽で。
しかし、彼は自分を移動させることばかりで、それをする気はないように感じられた。
懇願してみるが、家に帰ったらと言われ、歩かされた。
こんなにも密着しているのに。ハンカチも返してもらったのに。まだ我慢しろと言うのだろうか。あの夜にしたキスだけで、満足している訳がない。
肌を重ねて、体の全てで彼を感じたい。
いつの間にか自分は外を歩いていて、彼に引っ張られ、馬車に乗り込む。
座りながら、馬車で彼にされたことを思い出す。胸の内に抱いている気持ちを知っていると告げられ、キスをされて、自慰を強制されて。
隣にいる彼はそれをしてくる様子はない。あの時は彼の方が積極的だったのに。嫌われてしまったのだろうか。
今もキスをしようとしても、押し返されてしまうし、あの時のように手を導いても、引き抜かれてしまう。
「少し、我慢しろ」
彼はそればかりだ。ずっと、ずっと、我慢をしているのに。
「ぼくの……こと……き、らい?」
前から聞いてみたかった。
家に来た当初は、陰湿なことをされたりしたが、長く一緒に過ごして良好な関係になったと思いたいが、上辺だけだとしたら。
「嫌い、なの……かい……?」
上着を掴み、目を開け、彼を見るがぼやけていて、どんな表情をしているか分からなかった。
薬から始まった奇妙な関係だが、今も続いている。それが答えなら、どれだけ嬉しいか。彼の口から、たしかな言葉が欲しかった。
黙っている彼に、顔を近づけると、手で押し返されたが、力で振り払い、唇を重ね、舌を重ねた。そうしても、彼の想いはよくわからなかった。
彼は諦めたのか、成されるがままだった。
目を閉じて、舌を動かし、手を擦りつけ、快楽を貪っていると、突然、頭に手が回り、口づけが深くなり、快楽が与えられ、熱を吐き出してしまった。
唇を重ねるのをやめ、彼に体を預ける。
またじわじわと快楽を感じていたが、触れている彼の体を感じていたかった。
そして、今、ベッドで彼に抱かれている。
与えられる快楽に狂いそうになりながらも、体は喜びに溢れていた。
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