伝えなければ伝わらない 3
ジョナサンが馬車に乗り、向かったのは手紙を送ってきたリィス・グリーネの屋敷だった。
見上げるの大きさは屋敷は、自分の屋敷と同じくらいだろうかと眺める。
訪ねる日を書いた手紙を送ると、すぐに返事が来たのだ。お待ちしておりますと。
今日がその日。
ハンカチを返してもらうのを、忘れてはいけないなと思いながら呼び鈴に手を伸ばすと。
「ジョナサン・ジョースター様!」
いきなり、扉が開き、飛び出してきたのはパーティーの時にハンカチを貸した女性だ。
今日は緑のワンピースを着て、明るい色の髪は結い上げられ、黄色いリボンでくくられていた。
彼女はこちらに走ってくると、抱きついてきた。花のような匂いが鼻をかすめる。
「ずっとお待ちしておりましたわ……!」
いきなり、抱きつかれ戸惑う。
「あ、あの……」
離れてもらおうにも、彼女の体に回る腕の力強さと、手荒なことができないと、手を空中にさ迷わせる。
「お嬢様、お客様が困っておられます」
声が聞こえ、扉の目の前には、執事らしき人が立っていた。
それで、ようやく気づいたのか、彼女は少し顔を赤くして、抱擁を解き、離れる。
「ご、ごめんなさい!私、またお会いできたことが嬉しくて、つい……」
「い、いえ……ぼくも嬉しいです」
笑顔を向けると、申し訳なさそうだった彼女は、つられるように笑う。
「ジョナサン・ジョースターです。ジョジョとお呼びください。あそこで名乗らず、申し訳ありませんでした」
「リィス・グリーネです。こちらもですわ……お茶の準備ができていますの。せっかく、我が屋敷にいらっしゃったのです。ご馳走させてください」
彼女に連れられ、屋敷の中に入った。
案内されたのは、中庭だった。花に囲まれた机とテーブルの上には、ティーセットが準備されていた。
執事が椅子をひいてくれ、そこに座ると、もう一人の使用人がリィスの椅子をひく。向かいに彼女が座ると、空のティーカップにお茶が注がれていく。ハーブティーのようないい香りが鼻をくすぐる。
美味しそうな菓子も運ばれてきた。
いれてもらったお茶を一口飲めば、ほどよい苦味が口の中に広がる。
「美味しいです」
「ふふ、お口にあったようで何よりですわ。あ、忘れてたいたわ……これ、お返しいたします」
彼女が差し出してきたのは、自分のハンカチだった。綺麗に折り畳まれているそれを、受け取り、懐にしまう。
「ジョジョ様には、ご兄弟がいらっしゃるのでしょう?仲がよろしいみたいで……」
仲がいいと言われ、心臓が脈を打つ。彼女に自分たちの関係を言われた気がしたのだ。そんなことを知るはずがないのに。
「お名前は……えっと……」
「……ディオ、です」
名前を口に出すと、なぜか、一気に口の中が乾き、またハーブティーを飲んだ。
「そうそう、ディオ様!羨ましいわ、私、兄弟はいないので……」
「そうなんですか」
適当に相槌をうつ。
自分にもいなかったのだ。彼は突然できた兄弟。血の繋がりもない。
「ご兄弟で、何をして過ごしますの?」
そんな兄弟と、体を重ねているのだと言えば、汚らわしいと侮蔑されるのだろう。
「勉強を、教えてもらったり……学校で一緒にラグビーをしていて」
彼と何をしていただろうと思い出しながら、答える。
「ジョジョ様が逞しいのは、ラグビーをしていらっしゃ……」
視界に何かが入ってきた。
「きゃっ……!」
彼女の頭付近で大きな蝶が羽ばたいていた。苦手なのか、彼女は手で振り払おうとしていたが、なかなか逃げない。
「いやっ……」
彼女は椅子から立ち上がると、こちらに逃げてくる。
椅子から立ち上がり、彼女にひかれる蝶を手で覆い、捕まえる。
少し歩き、花咲く場所で手を開くと、蝶は花に止まる。
「大丈夫ですか?」
うつむいているリィスに近づけば、怖かったと身を寄せてくる。
「花が周りにあるのに……」
また花のような匂いが強くなる。彼女がまとっている香水なのだろう。
「あなたが花より素敵だっただけですよ」
彼女は驚いたように、こちらを見上げる。
「そうだったら、嬉しいですけれど……あ、私ったら、また……」
離れていくが、彼女の後ろで何かがぶつかった音がし、見れば、ティーカップが転がっていた。中に入っていたお茶が広がり、彼女の着ているワンピースについているリボンの端がそこに浸っていた。
「リボンが……」
リボンを持ち上げ、とっさにハンカチを出し、そこに押し当てる。白いハンカチがじわりと色を変えていく。
「ご、ごめんなさい」
彼女はよく飲み物を溢してしまうようだ。気にしないでと笑う。
彼女はリボンだけを取り外すと、他には濡れていないことを確認し、誰かと使用人を呼ぶ。
すぐに使用人がやってきた。
「お茶を溢してしまったの。おかわりと、これを……ジョジョ様、ハンカチをこちらに」
彼女は手を差し出す。
「いえ、別に……そこまでしていただなくても」
懐にしまおうとすると、手を両手で握られ、止められてしまった。
「いいえ。私のせいですから……お気になさらずに」
手の力強さと真っ直ぐな彼女の目に、断ることができなくなり、ハンカチを差し出すと、彼女はそれとリボンを使用人に預ける。
使用人は、すぐにお茶のおかわりを持ってきますと、リボンとハンカチを手に、屋敷の中に入っていった。
もう一人の使用人は転がるティーカップを回収し、机の上を拭き、綺麗にすると屋敷に戻ってしまった。
「座って、おかわりを待ちましょう」
また椅子に座り、ハーブティーのおかわりがやってくるのを彼女と会話をしながら待った。
見送られたときに、リィスはまたいらしてくださいと腕に抱きついてきた。
ジョナサンはスキンシップに戸惑いながら、是非と言い、彼女の体から腕を抜き、馬車に乗り込んだ。
「おかえり、ジョジョ」
玄関の扉を開くと、ジョナサンを出迎えたのはディオだった。
彼も丁度、帰ってきたところらしい。
「どこに行ってたんだい?」
彼が近づいてきたが、表情が怪訝なものになり、自分が着ているシャツを引っ張り、屈んで顔を寄せる。
ジョナサンに近づくと、彼に似合わない匂いがしたのだ。ディオはシャツを引っ張って匂いを嗅いだ。
「……香水?」
彼に似合わない花の香り。香水を彼はつけていないはずだ。
「た、多分、友人のが移ったんだよ」
見上げる彼は狼狽えている。
胸のあたりから、匂うそれに、人が密着したことを語る。
「女、か?」
シャツを離し、屈むのをやめる。
甘い香りの香水だ。男性が付けるには、不似合いだ。
「……パーティーの時に、ハンカチを貸した女性に会ってきただけだよ」
勝手に女性に会い、自分の知らない匂いをさせていることに、ふつふつと怒りが込み上げてきた。
玩具が勝手にどこかに行くなど。もし、横取りをされたれたらどうするのだ。この玩具は自分だけのもの。
「来い」
自覚がないなら、教え込むだけだ。
「え」
腕を掴み、階段をのぼっていく。
ディオが怒っているのは、すぐにジョナサンには分かった。見ている顔は無表情だが、まとっているものが重いものに変わっていったからだ。
なぜ、彼が怒っているのか分からない。突然のことに困惑する。ただハンカチを取りに行っただけなのに。
彼は腕を痛いくらい掴んだまま、自分の部屋に入ると、彼が迫ってきて、閉まった扉に背を預けることになった。
「気があるのか?」
「い、いや、彼女は、ただの友人で」
首を横に振る。自分が想っている女性はただ一人だ。それも、昔に彼が引き離したのだが。
「本当か?抱きたい――と思ったんじゃあないのか?」
彼は笑ってはいるが、間近で見る目は全く笑っていない。
「そんなっ――」
否定しようとしたが、言葉を切ってしまう。
不意に快楽を与えられたからだ。
抗えない自分がいる。浅ましくも、もっと欲しいと思ってしまう。
行為中にハンカチはどうしたのかと聞かれ、また預けたと答えると、彼は益々、不機嫌になる。
彼に快楽を引きずり出され、彼が持っていたハンカチの中で果ててしまった。
膝の力が抜け、扉に背を預けたまま、そのまま座り込む。
ディオは膝を付き、目線を同じにし、顔を近づけてくる。キスされるのだと目を閉じて受け入れようとした瞬間。
「!」
扉がノックされ、目を開けると、間近に彼の顔があり、扉を睨み付けていた。
「坊ちゃま、お帰りになられたのですか?」
扉越しに聞こえる使用人の声。
「少し待ってくれないかい?」
反応ができない自分の代わりに、彼が返事をする。
「ディオ坊ちゃま?いつお帰りに……」
そんな声を聞きながら、彼は自分から離れて、立ち上がると、腕を引っ張られ、立ち上がることになる。そのまま、ベッドに向かっていく。
続きをするのかと、困惑していると、体を押され、ベッドに横になる。
「ハンカチをさっさと返してもらえ。それまでは、おあずけだ」
その言葉に彼の服をとっさに掴んだが、振り払われ、彼は踵を返し、扉へと向かう。
扉を少し開け、使用人と話しているのが見える。
「ジョジョが眠そうだったから、ベッドに運んでいて……ぼくもついさっき――」
彼は話しながら、部屋を出ていって、扉を閉めてしまった。
服を着替えてから、戻ってこなかったディオの部屋を訪ねたが、彼は素っ気なく、一人になりたいと早々に部屋を追い出された。
まだ怒っているのだと落ち込みながら、自分の部屋に戻った。
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