邂逅 4
翌日。
昼食を食べてから、彼がいるはずの森の小屋へと向かった。
それは、すぐに見つかり、少しがたついている扉をノックしても返事はなかった。
扉は、鍵に阻まれることなく開いた。すぐに鍵が壊れていることに気づく。
薄暗く荒れている部屋。到底、ここで生活しているとは思えない。
奥で横になっている人物を見つけた。
彼という確信はなく、恐る恐る近づけば、ディオだと分かった。
起きる気配がなく、じっと彼の顔を見つめていた。綺麗だと見とれていたが、死んでいるように見えて、たまらず体へと触れた。
その瞬間、手を離した。酷く冷たかった。自分の手が熱いのかもしれない。
再度、彼に触れる。手の熱さがなくなり、手も冷えていく。まるで、本当に死んでいるかのようで。
「……誰だ?」
驚いて、再度、手を引っ込めた。
見ると、彼の目が開いていた。
感じたのは、熱いということだった。
炎ではない。あれはもっと熱かった。そんなものが肌にあてられていれば、自分は飛び起きる。
体に伝わる熱さは体温だ。自分には体温というものはない。死人にそんなものはないのだ。
ということは、すぐそばに誰かがいるのだ。
重い目蓋を開けると、ぼんやりと誰かの顔が見える。
「誰だ……?」
視界がはっきりとしてきて、そばにいた人物がジョナサンだと分かった。
「貴様……なぜ、来なかった?」
そう問わずにはいられなかった。
一昨日も昨日も、自分は泉で待っていたというのに。
昨日、雨降る中、泉で待っていた。
今日は来るかもしれないと。
吸血鬼に風邪などは無縁だが、雨に濡れるのは気持ちがいいものではない。
重苦しい空を見上げても、ただ冷たい滴が顔を濡らすだけ。
濡れながらでも、泥だらけになっても来て、謝罪を自分に直接述べ、頭を下げるべきなのだ。
我慢も限界に達し、立ち上がり、小屋へと戻る。
入れ違いになっても構うものか。
自分と同じようになればいい。
一昨日も昨日も、彼は待っていてくれたのだ。しかも、昨日は雨降りしきる中を。
それを嬉しいと思う反面、申し訳ないことをしたと思う。
「ご、ごめんなさいッ!」
謝罪を述べ、頭を下げる。
「屋敷を抜け出したのが、バレたのか?」
「はい……」
「そこから、外に出るなと言われて、来られなかった、と」
「は、い……?」
頭を上げると、彼は起き上がっていた。
しかし、その表情を見るに眠そうだ。
「あの……」
彼は実際に見ていたかのように話す。自分はまだ、来れなかった訳を言っていないのに。
「なぜ、知っているのですか?」
「貴様の行動や思考は、手に取るように分かる」
その言葉に偽りはない。ジョナサンとの付き合いは長かった。
あの時よりも、子どもの彼は単純だ。予測するのは容易い。
目の前のジョナサンは、驚いていたが、なぜか照れ始め、嬉しそうでもあった。
前言撤回だ。分からないこともある。不可解な奴だ。
「ぼく、夜は泉に行けなくて……その……」
それは、そうだろう。夜間に抜け出していることが発覚し、それをとがめないということはない。
「昼間はここに……」
「……扉を閉めろ、ジョジョ」
彼の言葉を遮る。少し開いた扉から、陽が差し込んでいた。
ジョナサンは言われて気づいたらしく、扉を閉めに行く。
扉が閉められ、部屋が暗くなる。真っ暗ではないが、人間では目を凝らしつつ進まないといけなくなる。
ゆっくりとした足取りで、ジョナサンが帰ってきた。
「なぜ、太陽が苦手なんですか?」
布で覆われた窓を見る。
吸血鬼だからと言えば、彼は信じるだろうか。そんなものはいないと笑うだろうか。
「ただ……苦手なだけだ」
「でも、光を浴びた方が……」
ジョナサンが窓を覆う布に手を伸ばす。
「やめろッ!」
ジョナサンの腕を引っ張り、窓から遠ざけた。
鋭い声とともに、いきなり後ろに引っ張られ、上半身が大きく後ろに傾き、自分の体が支えきれなくなる。
背にぶつかり、見れば彼に寄りかかる形となっていた。
「ジョジョ、貴様ッ……」
「ご、ごめんなさい」
怒っているのが分かり、謝る。
彼にはこれ以上、嫌われたくはない。
「嫌いに……ならないでください……」
懇願する眼差しでディオを見上げた。
泣きそうな表情で、ジョナサンが言った言葉に頭を傾げた。
嫌わないでくれ。
このジョナサンには、嫌いだとは言っていないし、手荒なことはしていない。むしろ優しくしていた。
「お願いです……」
視線を遮るように、ぐしゃぐしゃと頭を撫でた。
撫でるのをやめると、彼はキョトンとして、こちらを見ていた。
少し手荒だが、頭を撫でられて、ジョナサンは驚いていた。最近は、誰一人、自分の頭を撫でることはなかったからだ。
「嫌う、か」
笑みを浮かべる彼。それが酷く悲しそうに見えた。
「ぼ、ぼく、ディオさんのこと」
ジョジョ、夜は来られないのだったな」
遮るように、彼は喋った。もう一度、言おうとしたが、彼に見つめられ、ただうなずくことしかできなかった。
「わたしは昼間は寝ている……。夜、このディオが直々に、屋敷に行ってやろう。窓を開けて待っていろ」
わざわざ、泥棒みたいなことをしなくてもと思ったが、彼が自分の友達だと言っても、父は信じてはくれなさそうだし、夜のことをまた話題にはしたくはなかった。
「わたしたちが会っていた時間ぐらいに行く。他の者に見つかっては、面倒だからな」
「……分かりました」
うなずけば、また頭が撫でられた。
「さあ、そろそろ帰れ。わたしは寝る」
ベッドから降ろされ、ディオは横になろうとしていた。
「ディオさん!」
声をかけ、その動きを止める。
より近づき、彼の額に唇を押し付けた。
「ぼ、ぼく、ディオさんのこと、好きですからッ!」
顔が熱く、彼の顔なんて見れなかった。
そこから逃げるように、小屋を出た。
扉が閉まった音で、我に返った。
額が熱い。額に触ると、まだその熱さが残っている。
ジョナサンにされたことに驚いて、固まってしまっていた。
だんだん、笑いが込み上げてきた。腹を抱えて笑う。あんなことをされるとは、思ってもみなかった。
夜、屋敷に会いに行った時には、彼はどんな顔をするだろうか。
楽しみでしょうがない。
早く夜にならないものかと、ベッドに横になった。
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