邂逅 3
夜になり、上着を持ち、泉へと向かうと、あの望んだ後ろ姿があった。
近づいて気づいたが、自分と同じところに同じ形の痣があった。
自分と彼の共通点を見つけ、とても嬉しかった。彼に少し近づけた気がしていたから。
上着を返し、彼の隣へと座る。
彼に名前を聞くと、ディオと名乗った。
その名前を忘れまいと復唱していると、こんなところで何をしているのかと、問われた。
それは、お互い様のような気がしたが、かたわらに咲く花を見たかったと言った。最初の目的はそうだった。今は、彼と会うことが目的に変わってはいたが。
彼に同じ質問をすると、散歩だと返ってきた。
そこから雑談をしたが、彼は太陽が苦手で昼間は寝ていることと、近くにある小屋にいることを聞き出した。
彼との会話が途切れないよう、様々な話題を振っていたが、話の途中で、彼は帰るよう促してきた。
もっと彼と話したかった。渋っていると。
「屋敷を抜け出してきているのだろう?」
その言葉に、首を横に振ることも縦に振ることもできなかった。
悪いことだとは、理解しているからだ。
「明日も会ってやる」
それは自分が望んでいた言葉。
「本当ですか?約束ですよ?」
不安で確かめる。今の自分は、上着も何も持っていない。彼と会う口実は何もないのだ。
「ああ。だから、今日は帰るがいい」
これ以上は、彼の期限を損ねる気がした。
約束したのだ。今日は帰ろう。
「また、明日!」
彼へと手を降れば、早く帰れと言わんばかりに、手が小さく振られた。
ジョナサンは意識を浮上させ、自分が寝ていたことに気づき、勢いよく起き上がった。
窓の外はまだ暗い。
慌てて服を着替え、部屋から抜け出した。
庭にある穴へと向かい、そこを見ると。
「え……」
そこは塞がれていた。真新しく塗られた塗料に、今日、塞がれたのだと分かった。
「ジョジョ」
後ろから声をかけられ、体が跳ねた。
ゆっくりと振り向くと、ランプを持った使用人とその明かりにうつし出された怒りの表情の父親がいた。
「何をしている?」
「あ、あの……父さん……」
言い訳をしようとしても、無意味だ。しかし、黙っていれば、雰囲気に押し潰されそうな気がした。
「わたしの部屋に来なさい」
「……はい」
ただ黙って、トボトボと父の後ろに付いていくしかなかった。
「遅い」
誰も返答するものはいないが、そう言いたくもなったのだ。
ジョナサンが来ないのだ。いくら待てど暮らせど。
昨日は、少し待っていれば来たのに。
ジョナサンは律儀なため、必ず約束は守る。
しかし、彼に何か特別な理由がない限り、だ。
帰る途中に馬車にでもひかれたのだろうか。街頭があまりないあの町では、珍しいことではない。昼間でも時々、あったことなのだから。
そう思ったが、不思議と彼が不慮な事故にあったとは思えない。
ただの勘だが、父親か使用人くらいに屋敷を抜け出そうとしたところを見つかったのだろう。それで、来れなくなった。このくらいが関の山だろう。
「マヌケが」
自分ならもっと上手くやる。こんなにも、早く見つかるものか。どうせ、あの濡れた服でバレたのだろう。
見下ろした花は、もう蕾になっていた。
まだ太陽は上がらないだろう。
イライラしながらも、ジョナサンを待った。
部屋の中から空を見上げる。
雲行きが怪しい。
その空模様と同じくらい気分は沈んでいた。
昨日、彼のもとへ行けなかったから。
見つかった後、寝静まった屋敷には、父の怒声が響いた。それに、起こされた使用人もいたらしい。それは申し訳ないことをしたと思う。
あの濡れた服と見たことがない上着を不審に思った使用人が父に言い、あの穴を違う使用人が見つけたらしい。
そして、見張っていたら寝ているはずの自分が来たということだ。抜け出した理由を話したが、それで怒りが軽減する訳でもなかった。
この町は治安が良いわけでもない。日が落ちてからは、大人でもあまり出歩かない。危険な目にあわなかったのは、運が良かったからに過ぎない。
厳しい言葉の節々から、父が心配していたことは分かったので、その言葉を甘んじて受け止めていた。
父は一日の自室謹慎を言い渡すと、部屋に戻っていいと言った。
「ごめんなさい、父さん」
頭を深々と下げ、部屋に帰った。
反省はしていたが、自分がした約束のことが引っかかっていた。
彼はあの泉で待っているのだろうか。あそこで一人で。
最後に見た後ろ姿を思い出す。
大きな背は、どこか寂しそうだった。
寄り添いたくなる背だった。
あなたは一人ではないと。
しかし、父の言いつけを守れなければ、一生、部屋に閉じ込められることだろう。
その日は、ベッドに横になったが、目を閉じれば彼の姿が浮かび上がり、なかなか眠れなかった。
夜になって、雨が降り始めた。
この雨の中でも、彼は自分を待つのだろうか。
愛想をつかし、待っていなければいいと思ったが、それは悲しいことだ。
約束を破ったのだ。愛想をつかれていても、しかたがないけれど。
ため息をついて本を閉じる。
その時、部屋の扉が開いた。
「ジョジョ」
「父さん」
座っていたが、立ち上がる。
何かまた怒られるのかと、父を見上げた。
「反省しているな?」
「はい……」
今日は一日、部屋で大人しくしていた。朝食も昼食さえも、部屋で一人で食べていた。
「夕食は下に降りてきて、一緒に食べなさい」
「はい……!」
その言葉は部屋の謹慎が解かれたということだった。
夕食時に、夜間の外出は禁止を条件に、昼間の外出は許されることになった。
第一に考えたことは、彼にディオに会いに行くことだった。
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