差し伸ばされた手 6
ディオは家に帰り、いびきをたてている父親を横目に奥の部屋に入った。
どこかにトランクケースがあったはずだと。
探しながら、父親をどうするか考える。
シーザーと行くことを最初に渋っていたのは、父を殺そうとしていたからだ。毒薬を買い、病のせいで死んだのだと思わせながら、苦しませながら殺すために。
長い時間がかかるそれは、彼について行ってしまえばできない。父は自ら薬を飲むことさえしない。
強力な毒薬を買って、出ていく前日に飲ませることも考えたが、そんなことをしていなくなれば、自分が犯人だと言っているもの。もっと違う方法で――。
「……?」
トランクケースがない。あの酔っぱらいが勝手に売ったのだろうか。幸い、金はある。毒薬を買おうとしている金だが、少しくらい使っても大丈夫だろう。
トランクケースを買いに行こうと家を出た。
買ったトランクケースは見つからないよう隠しつつ、その中に荷物を詰める。愛読書にまだ着れる服くらいだけだが。
父には酒を与えているため、ばれてはいないだろう。酒を見れば、そちらしか見ていない。
いつも着ている服が汚れ、裾も破れていることに気づく。新しい服を買いに行こうと思ったが、そうしていては食屍鬼街に行く時間も金もなくなってしまう。
「……」
ふらりと立ち上がり、部屋を出た。酒を飲んでいる父を見つつ、家を出ようとすると酒瓶が壁に投げつけられた。
「ディオ、酒を買ってこい!」
「分かったよ……父さん」
早く帰らなければ、殴られてしまうが、服を買いに行く時間ぐらいはあるだろう。
出発の朝。新しい服を着て、寝ている父に近づいていく。ナイフを取り出し、振り上げるが、ゆっくりと下ろし、懐にしまう。
この服を汚い血で汚すこともない。
「さようなら、父さん」
別れを告げ、トランクケースを手に家を出た。
ディオが宿屋前に行くとシーザーとツェペリが待っていた。
「おお、来た」
笑顔のシーザーが手を振る。その横にいるツェペリは顔をしかめていた。
「ディオはわしたちと本当についてきてよいのか? 親は……」
「大丈夫だ。ぼくに……親はもういない」
その発言になにか察したのか、ツェペリは謝ってきた。気にしていないとだけ返す。シーザーは自分をじろじろと見ている。
「てか、おまえ、その恰好はなんだよ……」
ジャケットにシャツにズボン。全て新しく、汚れてもいない。なにかおかしいところがあるだろうかと自分の服を見る。
「なにもおかしいところはないぞ。それより、シーザー、あれを返せ」
ドレスを求めると彼は首を横に振る。なぜだと聞いても、彼は後で返すとだけしか言わない。
「じいさん、まだ時間はあるよな?」
ツェペリは懐中時計を取り出し、頷く。
「港までは馬車で行くぞ。少し遠い」
馬車を見つけるために歩き出す。シーザーは店に行くぞと息巻いている。ツェペリは眠そうにあくびをしているだけだった。
町に着いて、馬車を降りるとシーザーに手を引かれてディオが連れて来られたのは服屋。
ツェペリは店の前で荷物番となり、シーザーにそのまま引っ張られ、店に入り、連れていかれたのは女性の服の前。
「えっ……?」
彼の服でも買うのだろうかと思っていたため、戸惑っていると彼が選んだ服と共に店員に着せてくれと引き渡される。
「お、おい」
「それ着ねえとドレス、返さねえぞ。胸のやつも取れよ」
その言葉に渋々だが従うことにした。彼がドレスを返さなかったのはこのためか。
店の奥に行き、新しい服を脱ぎ、胸の布も取る。
女性の店員にアンダードレスを着せられ、その上から蒼いワンピースを着る。妙にぴったりなそれを着た自分を姿見で見たが、服に着られているという風にしか見えない。
お似合いですよという店員の言葉はお世辞だろう。
不機嫌になりつつ、なぜかまだ服を選んでいる彼のところに戻ると、彼は自分を隈無く見て、自分の前で満足そうにうんうんと頭を振る。
「似合ってるじゃあねえか。ほら、そんな顔をしてっと不細工だぞ」
頬を軽く摘ままれ、無理矢理、広角を上げられた。殴りかかると彼は頬を離し、後ろに下がり、余裕の顔で避ける。
その顔が余計に癪にさわり、殴ってやるとまた拳を突き出すが、易々と受け止められる。
「お、お客様……!」
彼に接客していた店員がオロオロとし始める。店内で暴れられるのは困ると。
不本意そうにディオは拳を下ろす。大人しくなった彼女の頭にシーザーはリボンを結い付けていく。このままでも充分似合っており、可愛いが、頭にもあった方がもっと可愛くなるだろう。
「こんなもんだろ。おっと、触るな、触るな。取れるから」
リボンに触ろうとする手を、掴んで止める。なにを付けたんだと聞いてくる彼女に鏡を指す。
「……リボン?」
それはワンピースと揃いの色のリボンが金髪の中で揺れる。
「着てるものと選んだ服、全部買うよ」
店員に金を差し出す。買ってしまえば、彼女も脱ぐとは言わないだろう。
「これ……全部、ぼくのか?」
彼女は置かれている自分が選んだ服を見る。サイズの心配はない。今、着ている服がぴったりなのだから。
「ああ、女物なんて持ってないだろう?」
ディオが持ってきた服はこれまで着ていたシャツやズボンくらいだろう。
「いらないぞ。着替えならある」
「いいじゃあねえか。黙って受け取れ。おれの金だ」
そう言うと彼女は着せ替え人形ではないと不満そうに言うだけだった。
近くにある椅子に座り、商品を包む店員たちを見ていたが、横にいるディオが店員の一人に話しかけていた。店員は頷くと奥に行き、少し経つと袋を抱えて戻ってきた。
「着ていたものはこちらに」
「ありがとう」
着ていた服を持ってきてもらったらしい。せっかく新しい服を買ったののだ。不用品だろうが、新しかったそれを捨てるというのも、もったいないかと考える。
商品を受け取り、彼女と共に店を出た。
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