差し伸ばされた手 7
シーザーとディオが待っていたツェペリのところに戻れば、彼は遅いと言ったが、新しい服に身を包んだディオを見て首を傾げていた。
「……ディオ、か? どうしたんじゃ……その格好は?」
彼に彼女の性別について言うのを忘れていた。
「こいつ、女なんだよ」
「ほほう、そうじゃったか。似合っておるぞ、ディオ」
ツェペリの言葉に彼女は露骨そうに嫌な顔をする。似合っていないと思っているのだろうか。素直に言葉を受け止めればいいのに。
「シーザー、ドレスを返せ」
彼女に脛を蹴られた。手加減はされていたのだろうが、痛みに声をあげる。
「いってえ! 可愛い格好してんだから、しおらしくしろよ……」
自分の荷物からドレスを取り出し、彼女に渡せば、今にも泣きそうな顔でそれを胸に抱く。
「それ……なんなんだ?」
「……母の形見だ」
「……そうか」
彼女が大切にするのも執着するのも納得する。そんなに大切なものを質屋に入れようとしていたのか。そこまで追い詰められていたのかもしれない。
「そろそろ、行こうかね」
ツェペリの言葉に彼女はドレスをトランクケースにしまう。
荷物を持ち、港へと歩き出した。
「ツェペリのおっさん!」
船に乗り込む直前、こちらに走ってきているのはスピードワゴン。ツェペリは足を止めた。
「おお、スピードワゴンくん! ああ、先に行っといてくれ」
シーザーとディオは先に船に乗り込んだ。
部屋に荷物を置き、甲板に出る。もうすぐ出航だと船員が声をあげる。
ディオは父親のことを考えていた。起きたら、いつまでも帰ってこずに行方をくらました娘の追ってくるのだろうかと。
働きもしない、しかも、病を患っている。自分を探す金も体力もないはずだ。国外に行ったなんて夢にも思っていないだろう。
船はゆっくり動き、港を離れていく。見送る人々。
「やっぱり、寂しいか?」
「いや、全然」
隣に来たシーザーはおれは寂しいと呟いた。恋人や客の女性たちと別れるのは残念だと。それに呆れつつ、彼の名前を呼ぶ。
「ぼくの名前……ディオというのは愛称で、本当はディオナって言うんだ」
他人に名前を教えるのは初めてだった。愛称の方を母も父も呼んでいた。あそこでは、こちらの方が都合もよかったからだ。
「ディオナ……か」
久しく呼ばれていなかった名前を口にされるとむずかゆかった。
「呼ぶのはディオでいい。覚えていてほしいんだ、その名前を」
いつかはその名前のように女性らしく振る舞えるかは分からないが。
「こんにちは、ご兄妹ですか?」
声をかけてきたのは若い夫婦だった。否定しようとしたが、シーザーは肩を抱き、そうだと答える。
「一緒に帰るんだ、な?」
事情を話すつもりもなく、頷くいて肩に回る手は振り払う。久しぶりに会ったから照れてるとシーザーは笑う。
「そうですか、わたしたちは……」
夫婦たちは旅行をしに行くのだという。行く場所のことや、食事が楽しみだと、そんなことを話して別れた。
どういうつもりだと彼をまた見上げる。
「おれの妹ってことでいいじゃあねえか。なんだ、不満そうだな。こんなにかっこいいおれが兄貴になってやろうっていうのに」
「……はあ」
ナルシストも入っている女たらしのこんな男も、あの父親に比べれば、月とすっぽん。いや、比べるまでもないか。
「お兄ちゃんって呼んでもいいんだぜ」
「じゃあ、わしはおじいちゃんと呼んでほしいの〜」
後ろから聞こえた言葉に振り返るとツェペリが立っていた。いつからいたのかと聞けば、少し前からいたと。
「ほら、呼んでみろよ! 兄さんでもいいぞ!」
「おじいちゃんと遠慮なく」
「……ふふっ」
二人の必死さに堪えきれずに吹き出す。
しかし、あの父の姓を名乗るくらいなら、彼らの姓を名乗らせてもらうか。
「これから、宜しくな……兄さん、おじいちゃん」
「ああ! 宜しくな、ディオ!」
シーザーがいきなり、抱きしめてきた。
「は、離せ!!」
抵抗したが、力では負ける。どうにかしろとツェペリを見たが、彼は微笑ましそうに見ているだけ。
「兄妹、仲が良いことはいいことじゃ」
そんな暢気なことを言って笑っている。
その後、ディオがシーザーの足を踏んで、抱擁から逃れるまで、頭もなで回され、彼に渋々、取れてしまったリボンのつけ直しを頼むのだった。
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→TO BE CONTINUED...?