差し伸ばされた手 4
酒を買って家に帰ると、帰りが遅い、どこをほっつき歩いていたと殴られた。
近くの質屋が閉まっていて遠くまで足を延ばしていたと理由とともに酒を渡せば、それ以上は殴られなかった。
酒を飲んでいる後ろ姿を見つつ、ナイフを取り出す。
この酔っぱらいは今さっき、子供が人拐いに襲われたことも知らないのだ。シーザーが助けてくれなかったらここに帰ってこれなかったのに。
この男さえいなければ、自分はましな生活できるだろう。自分さえ生かせばいいのだから。
ナイフを向けたが、直接、こいつに手を下すのかと思うと嫌悪感があった。ゲスを処分するのに自ら手を汚すのかと。
違う殺し方があるはずだ。自ら手を下さずとも。
自分が踏んでいる新聞が目に入る。そこには有名商家の主人が毒殺されたかというタイトルがでかでかと掲載されていた。
毒殺なら容易い。薬と偽り、渡すだけでいい。
ナイフをしまい、自分の寝床に行く。シーザーに貰った金が懐にはある。これで毒薬を買えばいい。
食屍鬼街という所がある。そこはディオたちがいる貧民街より、劣悪な場所であり、普通の大人なら誰も近づかない。そこでは毎日のように人殺しが横行しているとも言われている。
そんな治安が最悪な場所には、人を殺す道具が自然と集まるものだ。
東洋人が薬を扱っている店には様々な薬があると聞いている。きっと人を死に至らしめる薬もあるだろう。
仮面を買ってからそこに向かった。大きなコートもはおって。東洋の文字が書かれた看板を見ながら、店を探す。
「確か……」
目的の文字の羅列を探していると、いきなり目の前に扉が飛んできた。
その衝撃のせいか、仮面が取れ、歩みを止めることになった。派手な喧嘩だと思いながら、地に落ちた仮面を拾ったと同時に自分の体に腕が回り、拘束された。
「なにをする!」
一瞬のことだった。抵抗しようとすれば、頬に痛みが走り、ナイフで切られたのだと理解するには時間はかからなかった。
「てめえら、こいつがどうなってもいいのか!?」
頬を切ったナイフが首にあてられる。
建物の中から慌てた様子で男が出てきた。帽子を被り、頬に傷がある男は自分を見てうろたえる。
「ガキ!? そいつは関係ねえぞ!」
厄介なことに巻き込まれてしまった。人質として自分の価値があるかと言われれば、皆無だ。自分は無関係。切り捨てられる可能性の方が大きい。
「関係ないものを巻き込むのは関心せんの〜」
ゆったりとした口調で現れたのはシルクハットを被り、髭を生やした男だった。隣にいる男より身形が綺麗だ。よそ者だろう。
髭の男が身構え拳を突き出すと、その腕が伸び、自分を人質に取っていた男の顔面を殴った。
体に回る腕の力がなくなり、自分は解放されたが、あまりにも奇異なできごとに呆気に取られ、立ったまま動けなかった。夢ではない。切られた頬は痛かったのだから。
「おい、大丈夫か!? なんだってガキがこんなところに……」
帽子の男より、髭の男の方が気になっていた。彼は本当に人間なのだろうかと近づいてきた男を見ていた。
「巻き込んですまんかったのぉ」
伸びたはずの腕はなにも変化がないようだ。
彼は少し屈み、切った頬に触れると光が弾け、熱さを感じた。なにをしたのかとそこに触れるとあるはずの切り傷がなかった。
「傷が……」
「センドウ……ハモン……それ、ホント魔法みたいだな!」
不思議な力で傷を治したらしい。魔術師の類いなのか。
「というか……あんたの孫……シーザーはマジでこんなところにいるのかぁ?」
流れていたはずの血を袖で拭っていたが、動きを止める。
「シーザーだと?」
もう一人の男の口から出てきた名前を自分が口にすると、魔術師の方が知っているのかと聞いてきた。
「シーザー・A・ツェペリはわしの孫でな。まだ会ったことはないが、このわしに似てかっこいいはずなんじゃ。歳は十五、六くらいで、確か髪は金髪。喧嘩が強いらしい」
シーザーと彼は似ているようには見えない。髪の色のせいか。
しかし、彼が言う特徴はシーザーだ。自分のことをガキ呼ばわりしていたが、あまり自分と歳は変わらないのか。
「……じいさんが言っているシーザーかは分からないが、それに似たシーザーは知っている。ここじゃあない。貧民街にいるぞ」
「おお、一番、有力な情報じゃ! さあ、今すぐ、案内を頼むぞ、少年!」
肩を掴まれ、後ろから押され、歩かされる。
「お、おい……ぼくは……」
用事があるのだとその手から逃れようとしたが、無理だった。体が言うことをきかない。勝手に足が動いている。
「お、おれを置いていくなよ、ツェペリのおっさん!」
後ろからもう一人の男が追いかけてきた。
「わたしはウィル・A・ツェペリ」
「おれはロバート・E・O・スピードワゴン」
「……ディオ・ブランドーだ」
自己紹介も終わり、ディオたちは貧民街に戻ってきた。ようやく体が言うことをきく。
魔術師もといシーザーの祖父のツェペリの不思議な力が働いていたのだろう。彼の手が体から離れてから、言うことをきくようになったのだから。
不満そうに彼を睨みつけると、情報料だと金を差し出してきた。それを乱暴に取り、ついてこいと言い、彼がいるはずの宿屋に向かう。
わざわざ食屍鬼街に行って、なにも買えずに帰ってくることになるとは。無駄足になってしまった。
また後日、あそこには行けばいかなければならない。あまり行きたい場所ではないが。
宿屋に着くと、ツェペリは呼んできてほしいと言う。なぜと理由を問えば、追加だと金を渡されただけだった。これくらいは働いてやるかと行くことに。
彼の部屋に向かう途中で金髪の女性とすれ違った。噎せるくらいの香水の匂いに顔をしかめながら、彼の部屋まで行く。
彼の部屋の扉を叩いたが、返事はない。扉を開けると先ほどの女の香水のにおいがした。あれは客だったのかと部屋に入ると、ベッドで寝ているシーザーがいた。
「おい、シーザー」
声をかけるが、起きる気配はない。体を揺すり、名前を呼ぶ声を大きくすると、唸る。
「まだ……やるのかい……?」
寝惚けて客と勘違いしているのかと呆れていると、いきなり、頭に手が回り、引き寄せられた。
「……!」
ベッドに手をついたため、倒れることはなかったが、屈み、唇をシーザーと重ねることになった。
舌が入ってこようとするので、口を閉じていると諦めたのか、舌は引っ込み、頭に回る手が離れていく。顔を離せば、目を閉じながら、笑っている彼。
「どうしたんだい? シニョリーナ……ついさっきまでは……」
女と勘違いしているのとキスをされたことで、怒りがわく。
「……この汚らわしい阿呆が!!」
起き上がろうとしているシーザーの顔を殴って、部屋を出ていく。口を拭い、廊下を大股で歩いていく。
「お、呼んで」
宿を出るとツェペリが話しかけてくる。
「自分でいけッ! ぼくはあんなスケコマシは知らん!!」
自分の剣幕に驚いたのか、ツェペリは口を閉じた。いる部屋だけ伝えて、そこから走って離れた。
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