精霊と人間
ミラはルドガーの部屋で暇を持て余していた。
なぜか、マナの回復が遅いため、体力はなく、戦闘するのが困難なため、ルドガーたちとは一緒に行っていない。
ルドガーたちとはこの世界のミラが一緒にいる。戦闘スタイルが全く同じ人間がいても邪魔だろうし、彼女は四大精霊を従えている。戦力はあちらが上だ。
もう一つの理由があった。
自分と同じ存在と、一緒にいる気にはなれないのだ。
やはり、自分は偽物だと思い知らされる。周りにいる仲間たちは彼女の方がいいのだと。
精霊マクスウェルとなったミラ。自分とは違い、違う可能性を見出だした彼女。
これは自分への劣等感だ。
誰もいないリビングへと向かう。体力はないが、戦闘ができないだけで日常生活には支障はない。
リビングへ出るとドアが開き、彼が帰ってきたのだと、そちらに歩みを進めた。
「おか……」
「ここにいたのか」
入って来たのはもう一人の自分。
違う存在だと分かっていても、そこにいる自分を見ているのは違和感があり、色々な感情が湧き出てきて、そこから逃げ出したくなる。
「……ッ」
ルドガーの部屋へと逃げる。何か声をかけられたが無視をした。
部屋に入るが、押さえられるものはなく、この扉は自動だ。鍵のかけ方さえ、分からない。
「おい」
扉が開き、目の前には彼女が。
「何よ! 出ていって! 会いたくないのよッ!」
そう言い、最後の抵抗としてシーツを被り、背を向け、ベッドにうずくまる。
近づいてくる気配はない。
「……私は、お前と話がしたいだけなんだ」
同じ声が後ろから聞こえる。違和感が拭えない。
「私は、話なんてないわ」
何を話そうと言うのか。自分のことか。それとも、アルクノアを殲滅した時か。
「私と話す機会なんてないだろうからな。貴重な経験をしておこうと思ったのだが……」
そんな貴重な体験は自分はしたくない。
「まあ、いい。このまま話そう」
何が、いいのだ。自分はよくない。
「よくないわよ」
その気はないと、声に表す。
「そう邪険にするな。大切な話もあるんだ」
大切な話と言われ、迷いが生じた。自分の中で意見がぶつかりあう。
「お前は、アルクノアを殲滅させたのだな」
話が始まる。こちらの意思は無視らしい。
「……ええ、どこかのミラ=マクスウェルとは違ってね」
「うむ。返す言葉もないな」
嫌味は受け流される。自分なら、言い返しているだろう。
「お前は使命を果たして良かったと……思っているか?」
黙ってしまう。
この世界に来て、分かったことだが、自分は赤ん坊のジュードと彼の父親を殺しているのだ。
アルクノア、エレンピオス人の血を引くものは子供だとしても、後々、自分を狙ってくるに違いないと。
もうその世界も壊されてないのだが。
「使命を果たすのが私の役目だ。お前には、それしかなかったのだから」
「何?私を馬鹿にしに来たの?あなたみたいに、違う方法を探そうとしなかった私を!」
犠牲はしょうがないものだと。黒匣を使う者は、絶対の悪だと信じて、壊して殺してきた自分を。
「慰めようと、しているのだが……」
それなら、何も言わないでほしい。
「もう、ほっといて!」
「放ってはおけない。お前は、私だ」
近づいてくる気配がし、振り返ろうとしたが、背中に当たるものに硬直した。
彼女が背中合わせでベッドに座ってきたのだ。
「お前は、人間だ。帰らなければいけない私と違ってな」
「……そうね。四大を従えているあなたに比べれば、役立たずね」
背中から伝わる体温。シーツ越しだとしても、それはあたたかかった。
精霊だとしても、自分と何も変わらないのだ。
「そう自分を卑下するな。お前に、頼みがあるんだ」
返事はしない。苦笑が聞こえる。
「私が精霊界に戻った後、皆の傍にいてほしいんだ。ルドガー、エル……そして、ジュードたちを見守ってほしい。私の代わりに」
身勝手な願いだ。自分は、いつ消滅してもおかしくない存在だというのに。
「そんな、願いをきく義理はないわ」
「そうだな。私のわがままだ」
少し自分に寄りかかる重さが加わる。
「しかし、お前は断らないだろう」
その言葉には、確信をしたような響きが含まれていた。
「……なぜ、分かるのよ」
「私、だからだ」
背中から重さがなくなり、扉へと向かっていく足音。
「そうだ。これは私たちだけの秘密だぞ」
少し嬉しそうにそう言うと、彼女は部屋を出ていった。
被っていたシーツを取る。
返事も聞かずにいなくなった。
言葉通り、自分は言うことを聞くのだろう。
精霊の彼女はとどまることはできないらしい。ここにいるのは無理矢理だと聞いた。役目を終えたら、帰れなければならないと。
そして、自分は帰る場所がない。ここにしか居場所がない。
彼らといるのは成り行きだ。連れられてこられてこの場所にいる。見捨てられてもおかしくないのだ。
ここにいられるのは彼らが優しいから。
一緒にいる口実を作られたのかもしれない。
精霊のミラに頼まれたから。
そう言えば、仲間は納得するだろう。影響力は絶大だ。
そして、自分が仲間の傍にいる理由にもなる。
自分より上手の自分。
やはり、腹立たしい。
「ああ、もうっ!」
そばにあった枕に拳を振り下ろし、八つ当たりするが、イライラは収まらない。
ベッドに横になり、目を閉じた。
先ほどのことを、考えないようにし、晩御飯を何にしようかと考えていると、いつの間にか微睡んでいて、帰ってきたエルとルドガーに起こされるはめになった。