王様と平民 3
ファミリーレストランに行くと昼時なので込んでいたが、席はまだ空いているらしく、すんなりと通された。
店員に案内された席に座り、メニューを手に取り開けようとしたが、一つしかないメニュー。
「あっ、どうぞ!」
閉じたメニューを彼に差し出すと、彼は受け取らずに首を横に振る。
「先に決めろ」
「じゃあ……お言葉に甘えます」
メニューを広げ、目的のものを探す。数ページめくると見つけた。海老のグラタンと茸のグラタン、南瓜のグラタン。結構、種類がある。
店員がお冷やを運んできた。お礼を言い、またメニューに視線を戻す。海老も食べたいが、茸もおいしそうで、南瓜も捨てがたい。
「何を迷ってるんだ?」
「三種類、ありまして……」
「なら、全部、頼めばいい」
「へっ!?」
「食事代なら出す。食べきれないなら、俺が食べる」
さすが、絶対王者。言うことも凄い。
しかし、おごられるのは忍びないと食事代は自分も出すと言ったが、気にするなの一点張りで聞き入れてはもらえなかった。
「グラタンでいいな?」
「は、はい」
メニューが手から引き抜かれ、彼はそれを開ける。
することがなく、お冷やを飲みながら、彼を見る。本当に同じ高校生だろうか。成人していると言っても通用するだろう。
自分は断然、下に見られることが多い。他人に二つだけ違うと言っても、嘘だと言われるだろう。
ふと彼と目があい、慌ててそらした。
「注文するぞ」
こくりと頷くと、彼はそばを通る店員に声をかける。立ち止まった店員は、にこやかに対応してきた。
「海老グラタン、茸グラタン、南瓜グラタンにハンバーグとエビフライセットとライス大を」
彼が言った注文に店員が戸惑っているのが分かった。二人にしては多いだろう。
「以上だ」
彼がそう言うと店員は注文を繰り返し、確認をすると厨房へと向かっていく。
「本当に大丈夫ですか?」
「心配するな」
その言葉を信用することにし、料理を来るのを待つ。
運ばれてきたものを谷地も食べたが、グラタンは主にシーフードを食べ、茸と南瓜はほんの少し食べて牛島に食べてもらうことにした。もう少し食べたかったが、満腹だ。
自分も人並みに食べるが、牛島は自分が頼んだものも、ぺろりと食べ、グラタンも瞬く間に食べてしまった。さすがに満腹だろうと聞いてみたが、腹八分目だと返ってきた。
烏野の部員たちもよく食べることを思い出す。体が大きい彼の食欲も甚大なのだろう。
「……」
静かだ。料理を待っている間は回ったお店のことを話題にしていたが、今はなにを話せばいいやら。無難なのは料理のことか。料理の味や盛りつけのことを話せばいいだろうか。
「お前は、忙しないな」
「え?」
「この短時間で表情がころころ変わる。表情豊かと言えばいいのか」
自分は思ったことがそのまま顔に出てしまうらしい。知り合いによく言われる。
「よく言われます……牛島さんはあまり、変わりませんね」
「そうか?」
「落ち着いていて……かっこいいと思います!」
悪い意味ではないとつけ加える。冷静沈着で大人っぽい。自分にはないものだ。彼はこちらを見たまま、何も言わない。
言葉を間違っただろうかと不安にしていると、彼はお冷やを一気にあおる。
「……そろそろ行くか」
空になったコップを置くと立ち上がる。自分もそれに習った。
牛島と谷地がレストランを出て、帰ろうと駅へと向かって歩いていると。
「あっ」
彼女が立ち止まる。どうしたと自分も立ち止まった。
「あの……あそこに寄ってもいいですか?」
彼女が指すのは、クレープ屋だった。
「腹はいっぱいだと、先ほど言ってなかったか?」
満腹だから、彼女が残したものを食べたのだが。
「で、デザートは別腹なんですッ!」
彼女は顔を赤くして反論してくる。
女性は甘いものは別腹なのだと聞いたことがある。クレープを食べるのも久しぶりだと、そこに行くことにした。
「いらっしゃいませ」
店主らしき男性が、にこやかに声をかけてくる。
横ではメニューを目を輝かせながら、見ている彼女。自分を見るときとは違う。こちらを見上げる目はどことなく不安そうだ。普通に接しているつもりなのだが。
「デートですか?」
男性の問いの意味が分からなかった。デートというものは恋人同士がするものだ。自分たちは昨日、知り合いになったばかりで親しくもない。ただの白鳥のエースと烏野のマネージャー。
「ち、違います……!」
谷地は顔を赤らめ、顔を手を振り、否定をする。それを見た店員は含みがある笑みをする。弁明をしようにも逆効果だろうと自分は黙ることにする。
「牛島さんも食べますか?」
「そうだな」
メニューを見ると甘そうなものばかりだが、別に苦手ではない。
「この、カスタードクリームチョコレートココアを」
「わたしはホイップとチョコのストロベリーサンドで!」
注文をすると二つの合計金額が言われ、財布を出すと、谷地がこえをかけてきた。
「あの、これは私が出します。お昼ご飯、ご馳走になったお礼です」
「気にしなくていいと言っただろう」
「で、でも」
「俺が出したくて出しているんだ」
そう言って、財布から金を取り出し、払う。
歳上の自分が出すのは自然なことだろう。自分より年下の女性に払わせるわけにもいかない。
まだ部活の後輩なら、自分で払えと言っているところだが、自分はそんなことを言われたことがない。
そういえば、後輩になにかをおごったりするのは初めてだった。
クレープができあがり、受け取る。
「ありがとうございましたー」
店員に見送られ、歩き出す。
しかし、食べ歩きをしようにも谷地は少し苦戦しているようで、近くにあった公園のベンチに座ることにした。少し離れた遊具には子供たちが集っていた。
「ありがたく、いただきます」
「ああ」
彼女はクレープを一口、食べると満面の笑みを浮かべ、おいしいと言う。自分も一口食べれば、予想したより甘くはなく、丁度よかった。
「……実は頼みがある」
幸せそうな彼女に声をかける。
「ナ、ナンデショーカ……!?」
こちらを見る目が不安気だった。
「一口、くれないか」
実は少し味が気になっていた。彼女がこんなに幸せそうなら、さぞおいしいのだろう。
「ヘッ……? は、はい! どうぞっ!」
彼女はクレープをこちらに差し出す。口を開け、それを食べる。
自分が食べていたものよりは甘いが、チョコレートソースがかかった生クリームはしつこくなく、苺のほどよい酸味があり、おいしかった。
「うまいな」
そう言えば、彼女は、はいと頷く。
自分のを食べようとしたが、一口貰っておいて不公平ではないかと、彼女に差し出せば、驚いてこちらを見た。
「食べるか?」
「え……えっと、じゃあ、いただきます……!」
戸惑っていたが、口を開き、クレープを一口食べる。
「あ、こっちは甘さ、ひかえめなんですね。こっちもおいしいですー」
口の端にカスタードクリームをつけたまま、満面の笑みを浮かべる。
「クリームがついているぞ」
指で示すと彼女は、鞄からポケットティッシュを取り出すが、新品のそれを開けようとして、苦戦していた。
見かねて、貸してみろとそれを取る。袋を破き、ティッシュを取り出して、ついていたクリームを拭う。
「取れたぞ」
「……ありがとうございます」
ティッシュは丸め、横にあったゴミ箱に投げ入れ、彼女を見れば、クレープを食べながら、顔を赤くしていた。
恥ずかしかったのだろうかと彼女を見ながら、クレープを食べていた。
クレープも食べ終わり、もう用事はない。
緊張はしたが、今日は楽しかったと谷地は思っていた。
もうこうやって一緒にでかけることもないだろう。そう思うと少し寂しい。
牛島がなにも言わないので、そのまま座っている。
「そろそろ、帰るか」
終わりを告げるその言葉に返事をする。
立ち上がった瞬間、肩に手が回ってきて、引き寄せられた。背に彼の体があたる。
「……!?」
上の方で何かを受け止めた音がした。仰ぐと彼の手がボールを掴んでいた。
「ごめんなさい!」
男の子がこちらに走ってきて、頭を下げる。
「気をつけろ」
体を跳ねさせたその子は彼がボールを渡すとそれを抱き、大きな声で返事をすると走り去っていく。
手が離れていき、彼に触れられるのは何度目だろうとぼんやり思っていた。
「大丈夫か?」
「……はい」
後は帰るだけ。せめて、最後には楽しい会話をして別れよう。
「谷地」
名前を呼ばれ、彼を見上げる。ずっと見ていた顔はどこか、固い感じする。
「俺と……友人にならないか」
彼が言ったことに反応ができずに固まっていた。
「あまりこういうことはしたことがないんだ。今日は新鮮で楽しかった。また機会があれば、店を巡ったり、食事をしたり……」
彼が自分の友達になりたいなど、現実味がない。王様がこんな平民に。あまりにも身分が違いすぎやしないかと脳は現実逃避を始めていた。
「嫌ならいいんだが」
黙っていることを拒否と捉えらたらしい。焦って首を横に振る。
「い、いえ! 私なんかでよければ、ぜひ、お友だちに!」
緊張はしたが、自分も楽しかった。彼が真面目でとても責任感がある人だということも分かった。もっと関係を続ければ、もう少し違う面も見れるかもしれない。
彼とまた会えると思うと嬉しい。
「では、よろしくな、谷地仁花」
手が差し出される。
「はい、牛島さん」
その手を握り返す。その手はとても熱かった。
谷地は駅まで牛島に送ってもらい、その帰り道にメールアドレスを交換していた。いつでも連絡が取れるようにと。
「メールならいつでもしてこい。返信はなるべく早くする」
「いいですよ、牛島さん、忙しそうですし……わたし、いつまでも待ってられますから」
彼は自分より遥かに忙しいはずだ。今日も貴重な休日を自分のために。
駅に着き、改札のところで別れる。
「ありがとうございました、マグカップ大切にします!」
「ああ、ではまたな、谷地」
「はい、また」
頭を少し下げて、手を振りながら、改札を通り、彼が見えなくなるまで手を振った。小さくだが彼も振り返してくれた。
家に帰り、テーブルで買ってもらったマグカップを眺めながら、お礼のメールを送ることにした。簡潔な方がいいだろうと短いものにした。
早速、そのマグカップに紅茶を注いでいると、スマートフォンがメールが届いたことを告げる。
牛島の名を冠したメールを開くと彼らしい短い文面のメールが届いた。
返信の内容はどうしようかと、文面を考えていたら、湯気をたてていたはずの紅茶は冷えてしまっていた。
冷たくなった紅茶を飲むが、いつもよりおいしく感じるのは、彼が買ってくれたものからだろうか。
メールのやり取りは牛島が勉強するということで、終わった。
自分も晩御飯を作らなければと少しだけ残る紅茶を飲み干し、台所に向かった。
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