ダブルハッピー
2
仕事を片付け、時計を見る。
予想以上に時間がかかってしまった。
携帯を取り出すと、タイミングよく鳴り出した。
「はい、も……」
「ユーリ!仕事は終わったかい?終わってなくても迎えに行っていいかい?」
いきなりの大音量に携帯を耳から離す。
音量を小さくし、耳をあてると、笑い声。
「もしかして酔ってます?」
「酔ってないよ!ああ、酔ってない!」
また笑い声。完全にできあがっている。
お祝い事だからと調子にのって飲んだのだろう。
「で、もう仕事は終わったのかい?迎えに行きたいんだ!」
「終わりましたが……」
「下で待っていて。すぐに行くよ!」
それはいらないと、言う前に携帯が切られた。
酷く嫌な予感がする。この予感は的中してしまうのだろう。
荷物をまとめ、足早にジャスティスタワー出た。
ふとあることに気づく。バーナビーに渡すプレゼントを用意していない。パーティーに行く途中で買わなければ。
「ユーリ!」
前から走ってきたキースは、少しふらついている。タクシーや交通機関を使っても、この短時間では来れないはずだ。本当に飛んできたらしい。
「さ、行こう!」
近づくとお酒の匂い。抱きかかえようとするのを阻止する。
「タクシーで行きましょう。落とされても困ります」
「大丈夫だよ。私がユーリを手離すわけがない!」
満面の笑みに苦笑いしか出てこない。酔っ払い相手に何を言っても無駄か。キースは一度決めると、それをやめることはない。そんな頑固な面もある。
「……せめて人目は避けて飛んでください」
折れてしまうのが、最良だ。
「了解だ!」
人気のない路地に入ると、軽々しくお姫さまだっこされる。
「あの……」
「しっかり掴まってて、ユーリ」
抗議しようにもその前に、空へと飛び立たれてしまった。
呼鈴が鳴り、アントニオとネイサン、イワンの三人が、帰ってきたかと呟いた。
「ご、ごめ、誰か出てくれ」
虎徹の方を見て、ネイサンが、あたしが出るわと、玄関に向かった。
扉を開けると、ユーリが一人、立っていた。迎えに行ったはずのキースがいない。
「ご招待、ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をするので、こちらも返す。
「いいえ。管理官、迎えにいったスカイハイはどうしたの?」
頭を上げたユーリは後方を指差す。
「痛い、そして痛いよ……ユーリ……」
頬をさすりながら、落ち込んでいるキース。何をしようとしたか、憶測はすぐつく。
「ワイルドタイガーはどうしたのですか?」
「手、離せないのよ」
立ち話をしてても、しょうがない。
二人を家に入れ、リビングに続く扉を開いた。
「お邪魔します」
むせ返りそうな程の酒の匂い。
床に転がっている瓶や缶は、全てアルコールなのだろうか。
それを集めているイワンと、お酒を飲んでいるアントニオ。
「お、やっときたか」
「お疲れさまです」
二人に返事を返そうとした瞬間、後ろから抱きしめられた。
「ユーリ、酷いじゃないか!」
「場をわきまえてください」
家に着き、下ろされたと思ったら、接吻されそうになった。夜と言えど、外なのだ。人通りはなかったが、もし目撃されてしまったら。
「ちょっと!私のお酒が飲めないの?ねえ!」
いきなりの声に視線を移すと、ソファーの一角で、カリーナが虎徹に絡んでいた。
差し出されるグラスに戸惑う虎徹。
「あのですね、ブルーローズさん?未成年がお酒をすすめるのは、どうかと思うんですよ」
気迫に押されてか、なぜか敬語になっている。カリーナはグラスを乱暴に机に置くと、虎徹に掴みかかる。
「今はブルーローズじゃないわ!カリーナ!カリーナよ!名前で呼びなさい!」
「か、カリーナな!わ、わかったから落ち着いてくれよ……!」
揺さぶられつつ、カリーナを必死に宥めている。
「彼女は未成年ですよね」
あの反応は確実に酔っている。
この雰囲気ではしょうがないと思うが、未成年の飲酒は好ましいものではない。
「事故よ。タイガーが飲んでるのを、間違って飲んじゃったの」
ネイサンは近づいてくると、キースから自分を引き剥がしてくれた。
「ユーリ!」
「管理官が動けないでしょ」
お礼を言い、このパーティーの主役を探す。
「バーナビーは?」
「それなら……」
「はーい、こっち!」
ソファーに座っているホァンが高々と手を上げて、こちらを見ている。
近づいて見ると、膝枕されて寝ているバーナビーがいた。
「皆が次々と飲ませて、潰れちゃったんです」
いつのまにか近くにいたイワンが、声をすませて教えてくれる。
「だからー、僕が膝枕ー」
ホァンの顔が少し赤い。
「もしかして、この子も?」
「いや、飲んでないです」
ならば、雰囲気で酔ってしまったのだろう。免疫はあまりなさそうだ。
「あなたも飲みました?」
ふと気になり、聞いてみる。まだ彼も未成年だが。
「実は飲みました。でも、全然酔わないんですよね」
どうやら、強いらしい。彼は酔っている様子は全くない。
「……怒ります?」
不安そうに顔色を伺っている。
「いえ」
イワンがすすんで飲むとは思えない。どうせ、周りの大人達がすすめたのだろうから。
「あ、起きたー」
ホァンが笑う。
バーナビーは目を開けていたが、天井を見つめているだけ。こちらを認識しているようには見えない。
また目を閉じ、ホァンの腰に腕を回すと、腹に顔を埋め、寝てしまった。
「アハハ」
ホァンがバーナビーの頭を撫でる。まるで、年齢が逆転したみたいだ。
「プレゼント、渡せませんね」
「それなら、あそこに」
イワンが指差した所には、皆から贈られたと思われる誕生日プレゼントがまとめて置かれていた。
そこに自分のプレゼントを置く。メッセージカードも一緒に入れている為、大丈夫だろう。
振り返ると、目の前にキース。驚いている間に抱き上げられた。
「ユーリは私のものだ!」
キースを抑えていたはずのネイサンを見ると、無理と手を振った。
「ちょっと、下ろしてください」
「嫌だ!私のユーリがとられてしまう」
「誰もとらねーよ」
アントニオの冷静なツッコミも耳に入っていないようだ。
「キース」
顔をこちらに向けさせ、頬に接吻を一つ。言葉が伝わらないなら、態度で示すしかない。
「……わかったら、下ろしてください」
「ああ!」
満面の笑みで下ろしてくれる。
「お熱いのも結構だけど、管理官、ケーキ食べて」
ネイサンに引っ張られ、テーブルまで連れていかれる。
そして、アントニオが次々とお酒を置いていく。
「酒もまだありますよ」
用意されている椅子に座ろうとすると、キースが座り、座れと言わんばかりに、膝を叩く。
そこから、アントニオが引きずり落としてくれた。お礼を言い、そこに座る。
「で、管理官は何を飲みますか?」
「いや、飲むつもりは……」
さらさらない。はっきり言って、紅茶が欲しいところだ。
「せっかくなんだし、飲みましょ!シャンパンにワインの赤と白に、ブランデー、リキュール……」
もうグラスは用意されていた。
「では、一杯だけ」
「私もまだまだ飲むぞー!」
隣に椅子を持ってきたキースはそこに座り、瓶に手を伸ばす。
「あなたは飲み過ぎです」
「私はまだ酔ってないよー」
そう言い、グラスにお酒をなみなみと注ぐ。
ため息をつき、もうしょうがないと諦め、目の前のケーキをフォークで刺した。
もう時間が遅い為、皆、帰る準備を始める。
後片付けをしつつ、寝ている人達を起こす。
「バーナビー、起きろ」
アントニオが体を叩くと、バーナビーは目を覚ます。
「……?」
ホァンの膝枕に気づき、素早く起き上がり、目を見開いたまま、動かなくなった。
「おーい、バーナビー?」
目の前でアントニオが手を降る。
「な、なんで、僕がここで寝てるんですか!?」
「ドラゴンキッドが膝枕すると言ったら、受け入れたのはお前だ」
酔いに酔ったバーナビーは、机で潰れていた。
せめて横になれと言うと、ソファーにフラフラ歩いていった。すると、ホァンが膝枕すると言い出し、お願いしますとバーナビーが自ら、飛び込んでいったのだ。
それを説明すると、恥ずかしいのか、顔を真っ赤にし、手で覆い隠してしまった。
「ドラゴンキッド、起きろー」
膝枕しつつ、ホァンも寝てしまっていた。
声をかけても、起きないため肩を叩く。
すると、目は開けたが、また閉じていく。寝息をたて始めてしまった。
「ホァンさん、起きてください」
起こそうとするバーナビーを牽制する。無理矢理、起こすのも可愛そうだ。
「それよりも……」
ある方向に視線を向ける。
ネイサンはカリーナと虎徹を引き剥がそうとしていた。
「ちょっと、離れなさい!」
「いやよ!」
カリーナは虎徹の腕にしがみついている。
普段は我慢している感情が、アルコールによって解かれてしまったのだろうが、今はそれを微笑ましく思えない。
「一緒にいるの!タイガーと!」
虎徹は虎徹で、どうしようか迷っている。女性だから乱暴はできない。手は宙を行ったり来たりしてるだけだ。
「カリーナ、明日、会えるだろ?」
「会えないかもしれないじゃない!あんたは、いつも、いっつも……!」
腕に顔を埋め、言葉が聞き取れない。
「なんか……ごめんな」
困ったように笑い、虎徹はカリーナの頭を撫でる。
カリーナは、頭を上げ、嬉しそうに笑う。
掴んでいる力が弱まっているそこを見逃さず、ネイサンは虎徹からカリーナを引き剥がした。
「ちょっと、離してよ!」
「駄目!明日、思う存分イチャイチャしなさい」
まだ諦めずに、虎徹の方に行こうとする。
それを腕を体に回し、力ずくで止める。
「タイガー!」
「明日、会えるわよ」
「また、明日な、な!」
本当に人の恋路に入ると、面倒だとネイサンはため息をついた。
「タクシーが着きましたよ」
ユーリがそう伝えると、ネイサンが暴れるカリーナを連れていく。
その次に、寝ているホァンを抱いたバーナビーが。
「管理官、来ていただいたのに」
「いえ、お誕生日おめでとうございます」
頭だけ下げ、ありがとうございますと言うと、バーナビーは出ていく。腕にはプレゼントを入った袋を下げて。
その姿を見送り、椅子に座るキースに近づいていく。
体が揺れている。平行感覚をなくしているようだ。
「帰りますよ」
「うん!帰ろう!」
立ち上がるが、ふらつく。肩を貸し、支えつつタクシーへと向かう。
「早く帰ろう、そして帰ろう」
「タクシーに乗って、ください!」
能力を発動させる前にタクシーに押しこむ。
「すみません、よろしくお願いします」
アントニオが申し訳なさそうに、頭を下げてきた。
「いえ、あなたもお気をつけて」
アントニオはイワンと一緒に帰るようだ。
イワンとも挨拶を交わし、タクシーに乗り込んだ。
「じゃあな、虎徹!」
「さようなら、タイガーさん!」
残りの二人が、タクシーに乗り込むのを見送り、虎徹は家に戻った。
後片付けは、一応やってくれていた為、ゴミと皿洗いと掃除くらいだ。
明日でいいかと、ベッドに向かう。
皆の笑顔を思い出し、ベッドに倒れ込んだ。
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