甘い言葉 4
「お帰り、ユーリ!」
キースの家に行けば、早速、玄関で抱きしめられた。
「た、ただいま」
「我慢はやはり、よくないね!そして、よくない!」
そんな言葉を聞きつつ、彼の状態を確かめる。
体に伝わる鼓動は驚くほど、早い。
「なぜ、我慢してたのですか?」
彼が我慢する理由はないはずだ。
「そ、それは……やり過ぎは、君に嫌われるんじゃないかと……思って……」
酷くうろたえているキース。理由はもっと違うのだろう。理性が崩れそうになるからだろうか。いや、あり得ないか。
しかし、この腕の中にいるのは、やはり心地がよく。それは、彼がこんな自分を必要として、好いてくれているから。
奥からジョンが歩いてくる。こちらを見つつ、鳴くと、彼の背中に前足をかけ、立ち上がった。
「わっ、なんだい?」
抱擁の力が弱まる。
こちらを見るジョンの目は構ってほしいと訴えている。
彼の腕から抜け出し、ジョンの相手をする。
「そうですね。寂しいですね」
キースは自分がいたら、自分にしか構わないし、自分もキースに構うことが多い。
ジョンの頭を撫でていると、彼が横に来て、名前を呼んだ。
「なんですか?」
「ジョンの方が……いいのかい?」
キースを見れば、悲しそうな怒っているような、あまり分からない表情をしていた。
これは、嫉妬しているのだろうか。人間が犬に。
おかしくて、小さく笑う。
「比べられません」
ジョンを撫でるのをやめ、彼の頭を同じように撫でる。
「それは、ジョンと私が同等ということかい?気持ちならジョンに負けないよ!」
また、抱きしめられた。
「私には、言葉があるし、君を抱きしめられる!」
そう、それがやっかいなのだ。言葉一つでこの関係は終わってしまう。
「……犬と人間、比べられませんよ。動けないので、離してください」
そう言えば、抱擁はとかれるが、手を繋がれた。
「私には……大事なことなんだ」
その言葉には黙ったまま、笑みを返した。
二人きりになると、キースは隙あれば、告白しようとしてきた。
少し前から何かを言いたげだったが、内容は今なら分かる。前より積極的になっているのが、非常にやっかいだった。
うまくそれをかわし、会う回数は前より減らし、その機会を少なくはしたが、完全に彼との関係を断ち切ることはできない。
一人にしないと、自分が言ってしまったのだ。
今の彼からは微塵にも感じないが、少し前の彼の状態は最悪だった。眠れず、食事もとらず、ヒーローとしての活躍もなくなり、他のヒーローたちにも迷惑をかける始末。
全くなかったと言える賠償金も発生し、自分の仕事が増えた。
自分に会えないだけで、彼は翼を無くした鳥のように、落ちていっていってしまったのだ。
一緒にいてほしいと言った姿は、昔の自分の姿だった。孤独になった苦しさは痛いほど、知っている。
彼を自分のようにしてはならない。
彼はまだ飛べる。翼はもがれていない。
「ユーリ、ご飯が……」
ソファーに座っていたはずの、彼がいない。
近づくと、ソファーに横になり、寝ていた。寄り添うようにジョンがいる。
ジョンが起き上がり、場所を譲ってくれた。あいた場所に座り、彼を起こそうとしたが、手を止める。
疲れて寝ているのなら、このまま寝かせていた方が、いいのではないか。彼は、忙しい身で普段はあまり寝ていないと言っていた。貴重な睡眠時間を奪う訳にはいかないだろう。
手をおろし、彼を眺める。
深く眠っているようだ。こんなにも近づいているのに、全く動かない。
長い銀の髪を一房、指に絡めて、口づける。
「……愛しているよ」
彼が起きていなければ、こんなにも、あっさりと言えてしまうのに。
見つめられていると、言葉が出にくい。それを邪魔しているのは、他ならぬ自分なのだが。勇気がほしい。
触れあっているだけでは、この気持ちは、伝わらない。
耳に届いてはいるが、この言葉は、彼には届かない。
髪から指を抜き、彼に覆い被さるように、顔を近づけていく。
唇を重ねれば、伝わるだろうか。直接、流し込んでしまえば。
「う……」
唇が触れあう寸前で彼が身動ぎしたので、顔を離した。
ゆっくりと、彼の目が開き、自分の姿を認識する。
「お、おはようユーリ。もう少し寝るかい?」
直前までの自分の行動が、気づかれていないか焦っていた。
「食事……は?」
ゆっくり起き上がる彼。動揺していることに疑問を抱いてはいない。
「できているよ」
「では、食べます……すみません、寝てしまって」
どうやら、彼はあれを気づいていないらしい。
残念だと思う自分と安堵する自分が、胸中にいた。
手を差し出し、まだ眠そうな彼を立ち上がらせ、食卓へと導いた。
「今日のは、どうだい?」
「おいしいですよ」
キースが聞いてくるので、ユーリが素直に料理の感想を伝えれば、彼は喜んで、ガッツポーズをする。
随分、料理の腕が上がった。調理する時の手際もよくなっていた。
料理を教えた最初の頃に比べれば、雲泥の差だ。
喜びながら、食事をしている彼を見ながら、直前の行動を思い返す。
実は、彼が呼んだときに意識だけ覚めたのだ。目を開けようとしていたが、瞼が重く、微睡みの中を漂っていた。
彼が近づいてきたのは、気配で分かった。ジョンが自分から離れ、代わりにキースがソファーに座ったことも。
髪が引っ張られ、何をしているのだろうと思っていたが、聞こえてきたのは、愛を囁く言葉。
彼が自分に伝えたいであろう言葉に固まる。
毎日のように彼が伝えようとしては、自分が避けるか、何かに妨害されるか、彼が言葉につまっていた。
いつかは、その言葉を起きている時に聞いてしまえば、自分は彼から離れなければならない。
愛されていいはずがない。しかも、自分は男だ。彼が愛さなければならないのは、異性、女性だ。
女性と付き合い、結婚し、子供をつくり、幸せな家庭を築く。それが一般的で、彼が歩むべき道だろう。
ヒーローと犯罪者。同性。
彼との間には、見えないけれど、大きな溝があるのだ。
彼がどれだけ触れようと、口づけをしようとしてきても、そればかりは埋まらない。
彼が覆いかぶさってきた時は、嫌な予感がし、身じろぎをした。
目を開ければ、離れてはいるが、前にある彼の顔。動揺しているのを気づかないふりをした。自分は寝ていたことになっているのだから。
しかし、あそこで彼が止まらずに、口づけをしてきていたなら。
どこか、諦めがついていたかもしれない。
そう思いながら、やはり、自分もキースと同じなのだと思いながら、料理を食べていた。
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