花がなくとも

幸村の部屋に訪れた三成は、幸村を見つめたまま、何も喋らない。
互いに向かい合い、座ったまま。
幸村は目を逸らしたかったが、それをしてはいけない雰囲気が流れている。
「幸村」
「はい」
何か覚悟を決めたのか、三成は膝の上に置いている拳をより握りしめる。
「花見が近々、あるだろう」
「はい」
大阪城の桜は見事だ。この時期になると、花見と称して大きな宴を開く。こういうものが大好きな秀吉は、全国から人を呼び寄せるという。
今は宴の準備が忙しいらしく、ねね達が走り回っているのを見た。
「途中で抜け出さないか?」
「なぜですか?」
三成が騒がしいのが嫌いなのは知っている。それならば、一人で抜け出せばいい。別に自分と一緒でなければならない理由など。
「お、お前と二人っきりで、楽しみたいのだ!」
顔を真っ赤にした三成は、恥ずかしいのか、目を伏せてしまった。
あまりにも直球な言葉に、固まる。唐突に三成は素直になるので、未だに慣れない。顔がジワリと熱くなる。
「駄目……か?」
目を開けた三成からは、懇願するような眼差し。
「い、いいえ!」
首を横に振る。
「嬉しいです、三成殿」
笑って言うと、三成は安心したように笑顔になった。
「そうか」
それから、いつ抜け出すか話し合った。皆、酒が回ったら周りなど見ていない。しかも、大人数だ。一人や二人、いなくなったところで、気にする者もいないだろう。

「では、またな幸村」
「はい、三成殿」
幸村の部屋を出た三成は、安心して息を吐き出す。
花見に誘うだけで、こんなに疲れるとは。あれやこれや考え過ぎなのだろうが、やはり不安なものは不安だ。幸村が自分の誘いを断るはずはないが、確証がない。
しかし、それは杞憂となって消えた。
桜は幸村にきっとよく似合うはずだ。
その情景を想像して、笑みを溢す。
きっと綺麗だ。

「殿、無理をすると倒れますよ」
そう言うと、筆を止め、睨まれる。
「黙って、置いて、出ていけ」
左近はため息をつく。そうしたいが、三成には疲労の色がありありと出ていた。ろくに寝てもいないはずだ。
いきなり仕事が増えたとはいえ、この時期に無茶をすると、あまり体が強いとは言えない三成は、体調を崩すことが多い。花見も差し迫っているというのに。
それが原因でこんなことになっているのだが。
「花見、出ないつもりですか?」
「いや、出る」
即答された言葉に驚く。宴などあまり好まないくせに、どういう風の吹き回しだろうか。ふと、一人の人物が頭をよぎる。
「出ないと幸村が悲しみますよ」
「な、なぜ……!」
カマをかけてみたが、当たりのようだ。
この二人は、周りが自分達のことには気づいていないと思っているらしい。二人を見て、気づかない者はいないだろう。周知の事実だというのに、なぜか隠している。
彼らの関係は暗黙の了解なので、誰も口には出さないが。
「さーてね?殿、出来ているやつはどれですか?」
「……それだ」
指された物を抱え、再度注意をし、出ていく。
幸村を部屋に行かせようか。幸村が寝ろと言えば、渋々、横にはなってくれるだろう。しかし、花見前で幸村も忙しいだろう。かくいう自分も、三成ほどではないが、仕事が立て込んでいる。
限界は近いだろう。
それで後悔するのは三成自身だというのに。

そして、三成は倒れ、熱を出し、左近の予想は的中することになった。

「だから、言ったじゃないですか」
額に濡らした布が当てられる。
「うるさい」
花見当日になっても熱は引かず、参加はできなくなった。無茶をして、仕事は終わったのだが。
「残念ですね、花見」
左近の言葉が痛い。幸村と約束を取り付けたのは自分だ。浮かぶのは、悲しそうな幸村の顔。
「失礼します」
幸村の声。幻聴まで聞こえ始めたらしい。
障子がゆっくりと開く。
「お粥をお持ちしました」
入ってきた幸村を見て、幻ではないことを認識し、頭まで布団を被るくらいしか出来なかった。額の布が落ちたが気にしていられない。
「幸村、俺は花見に行ってくる。殿を任せた」
「お、おい、左近……!」
起き上がり、出ていく左近を止めようとしたが、爽やかな笑顔で、出ていく。
「はい、かしこまりました」
「じゃ、殿達の分まで楽しんできますんで」
障子が閉まり、二人っきりになる。とても気まずい。何を話そうかと、頭を回転させようとするが、上手く動かない。
「大丈夫ですか?」
幸村が顔を覗き込んでくる。
「あ、ああ」
手が額に当てられる。
「やはり、高いですね。あ、このお粥、おねね様からです」
目の前に差し出されるお粥。忙しい最中、作ってくれたのだろう。
「ちゃんと食べるように、と仰っておりましたよ」
あまり食欲は湧かないが、食べないと、幸村にも迷惑がかかりそうだ。薬も飲まないといけない為、無理矢理にでも詰め込まないといけない。
湯気立つお粥を眺めていると、幸村はそれを持ち、匙で掬うと息を吹きかけて冷ます。
「ねね様が無理矢理にでも押し込めと」
口の前まで持ってこられる。ねねに吹き込まれたのだろうか。この行為を、ねねはよくやっていた。
「さあ、三成殿」
気恥ずかしいやら、嬉しいやら。色々な感情が入り交じっていたが、やっている幸村の目は真剣そのもの。
子供ではないのだが。
その言葉は出さずに、今はこの幸せを噛みしめることにした。

苦い薬も飲み干し、横になるよう言われるが、その前に言わなくてはいけないことがある。
幸村と向かい合い、頭を下げる。
「約束、守れなくてすまなかった」
「いいえ、そんな……頭をお上げください」
仰ぎ見る幸村は困ったような表情をしていた。そんな顔は見たくない。幸村は何も悪くないのに、怒らない。少しくらい怒ってもバチは当たらないだろう。
「三成殿がこうなったのは、私のせいでしょう?だから、三成殿は悪くありません」
幸村は笑う。さも、自分が悪いと言いたげだ。
これは自分が勝手にして招いたことだというのに。
幸村の肩を掴む。
「怒っても良いのだぞ、幸村」
左近に看病を押し付けられ、花見も行けず。
「怒る理由がありません」
添えられた手は熱い。
「こうして二人っきりなのですから」
その熱さに鼓動が早くなる。
「私はこちらの方が良いです。さあ、もう横におなりください」
恥ずかしそうな幸村を見て、我慢できずに抱きつく。嬉しいことを言ってくれる。
「三成殿、悪化しますから!」
手が体に触れるが、躊躇っているような動き。病人相手に乱暴は出来ないようだ。
幸村から離れ、笑う。
「幸村、膝枕をしてくれ」
自分の口から到底出ない言葉だ。熱のせいで理性が飛んでいるのだろう。
「私、でよろしいのですか?」
幸村は驚いていたが、他に誰がいるというのだろうか。
「ああ、したら寝てやる」
敷布団の上に乗り、正座をする。
「さあ、どうぞ三成殿」
ゆっくりと頭を乗せ、頬を密着させる。幸村の温もりと匂いに満足する。
「三成殿、ちゃんとかぶって下さい」
掛布団をかけられる。涼しくて良かったのだが。
女性特有の柔らかさはないが、幸村がしてくれているというだけで、後はどうでも良かった。
腰に腕を回し、しっかりと掴まえる。
「私はどこにも行きませんよ」
上から降る笑い声。指が髪に触れ、頭を撫でられる。
もしかしたら、花見に行かなくて良かったかもしれない。普段なら、こんなことはできはしない。
二人っきりならそれでいい。 幸村が言った言葉を思い出していた。
そうだ。二人なら良いのだ。
花がなくとも、豪華な料理がなくとも。
傍にいるだけで。

三成が目を覚ますと、小鳥がさえずり、朝日が差し込んでいた。
「ゆき、むら」
呼んだ人物はいない。
額に置かれていた少し湿っている布を取り、起き上がると、少し頭がぐらつく。熱は完治はしてないようだ。
「三成殿」
その声に反応する。返事をしようと口を開けたが、昨日のことを思い出し、口を閉じてしまった。
「失礼します」
障子が静かに開く。起きていたのかと声をかけられ、返事をなんとかするが、恥ずかしさから幸村を見れない。
「もう大丈夫なのですか?」
「ああ……」
うつむいていたからだろうか、幸村の手が肩に触れる。驚いて幸村を見ると、顔が迫ってきた。思わず目を瞑る。避けることも出来ずに、額が当たる。
「まだ熱いですね」
そう言うと、離れていく。昨日のこともあり、少し期待した自分がいたが、馬鹿だったようだ。
落胆しながら、目を開けると、幸村と目が合う。まだ、そんなに距離は離れていない。
「幸村」
顔を寄せると、不思議そうにこちらを見ていた。体が強い幸村は移ることもないだろう。
「どう」
「体調はどうだ三成!」
聞いた声がある声と共に、障子が音をたて、開かれた。見ると、そこには仁王立ちする兼続。
突然のことに唖然とするしかなかった。
「兼続殿!せっかく二人っきりにしてるんですから!」
走ってきた左近は、項垂れる。朝早くから幸村しか来なかったのは、左近がそう配慮したからかもしれない。
「まあ、そう言うな左近」
左近に向いていた目がこちらに移る。
「邪魔をして、すまないが」
今の状態に気付き、素早く幸村から離れる。幸村も同じように動いた。
「そう思うなら、出ていけ」
「三成殿!」
幸村はなんとか取り繕うとしていたが、兼続は笑うだけ。
「まあ、そう邪険にするな。見舞い品の代わりに良い話を持ってきたのだ」
障子を閉め、幸村の隣に座る。
「そうだ、幸村。足は大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫です」
幸村は狼狽えていた。兼続はとても無垢な笑顔。
「三成、幸村を困らしてはいけないぞ。で、昨日はああだったが、少しは進展して口づ」
二人同時に声を上げ、遮る。反応が面白かったのか、兼続は声をあげて笑う。

昨日、花見に招待され、三成が横になっていると聞かされた兼続は三成の部屋を訪れた。
そこには、三成を膝枕をしたままの幸村。足が痺れたが、三成を起こす訳にはいかないと、幸村は兼続に助けを求めた。
三成を起こさないように移動させ、幸村は解放されたが、その後は足が痺れなかなか動けなかった。

その話を聞いた三成は、幸村に謝った。昨日から謝られてばかりだ。自分に頭を下げないでいいのに。好きでしたことなのだ。
「それは置いといてだな」
置いてけぼりの兼続が割り込む。
「私の所の花見に二人を誘おうと思ってな」
三成と顔を見合わせる。
「まあ、ここの桜には負けるが、こちらもなかなかだぞ」
断る理由もない。
「行ってやる」
「行きます!」
「では、日程だが……」
花見をする日にちを教えて貰い、兼続はそれまでに治せ、と言葉を残し、出て行った。
「花見、楽しむぞ」
そう言いつつ三成は横になる。花見までには治すつもりなのだろう。
治してもらわないと困る。
今度こそ約束を守ってもらうのだから。
「楽しみましょう」

二人で見る桜は、格別に綺麗なはずだ。

大切な人と見る桜は。

続き





後書き
お花見と膝枕シリーズ第三弾です
最後です
これが完成しなくて他のがあげれなかったのです
まとめてあげようと思っていたので
この二人だけ花見をしてません
皆が皆、やると思うなよ!
…・…します
イカが誘ってくれたので
おまけ程度ですが書きます後日談


2011/05/07


BacK