束の間の休息
借金返済のため、クエストを受け、準備を整えてから、町を出ようとした時、不安そうにこちらを見るジュードに呼び止められた。
「ルドガー、顔色悪いよ?」
そんなことないと、首を横に振れば、妙に視界が揺れ、引っ張られるように、体が倒れた。
「ルドガー!」
仲間たちの名を呼ぶ声を最後に、意識が途切れた。
「朝、あまり食べてなかったから、もしかしてと思ってたんだけど……」
倒れたルドガーを自室のベッドに運び、ジュードはその様子を眺めている。
倒れたのが、トリグラフの町中で良かった。モンスターとの交戦中に倒れられていたら、大惨事だ。
「たくっ……調子悪いなら、言いなさいよね」
ミラはそう言い、額に濡らしたタオルを置く。少し赤い顔。ジュードによると、ストレスからの発熱らしい。
「色々あったから……」
そんなこと、自分に比べればと思う。いた世界を消された自分はどうなるのだ。
借金を背負わされても、分子世界を壊すことになっても、彼には帰る場所があるではないか。
こうやって、寝るはずのあの家さえもない。似た場所はあったが。
「ルドガー、大丈夫、だよね……?」
エルは彼のそばから離れようとせず、手を握ったままだ。こちらを見る目は、潤んでいる。ルルが、悲しそうに鳴いている。
「大丈夫、休めば治るよ」
そう言って、ジュードは笑う。その時、彼のGHSが鳴る。慌てた様子で部屋を出ていく。
少し経って、ジュードが部屋に戻ってきたが、バランからラフォート研究所に来てくれと、呼び出しをされたため、自分たちに看病を任せていいかと聞いてきた。
二つ返事で引き受け、ジュードを見送った。他の仲間たちは、ルドガーの代わりにクエストに勤しんでいるため、看病するのは自分たち二人しかいない。
そろそろ、タオルを冷やさなければと、手を伸ばすと、ルドガーの目がゆっくり開いた。
虚ろな目が、状況を把握しようと、動いている。
「ルドガー!」
彼はエルが手を握っていることに気づき、その手を握り返す。
「俺……どう、したんだ?」
「倒れたのよ」
額のタオルを取り、濡らし、額へと戻す。
「街中だったから、よかったけど、体調悪いなら、ちゃんと言いなさいよ」
「……悪い」
自覚はあったようだ。呆れてしまう。それなら、ジュードに聞かれた時に、正直に答えていればよかったのだ。
「馬鹿ね。食べたいものある?」
治すためには、何か食べないと駄目だろう。薬を飲ませなければ、いけないし。
「トマトスープ」
即答された言葉に、エルは嫌な顔をした。ユリウスが大のトマト好きだと聞いたが、この弟もだろう。
「分かったわ」
「エルは、違うやつ食べたい!ミラのスープがいい!」
「私たちの食べるものは、違うものを作るわよ」
台所、借りるわと、エルにルドガーを任せ、部屋を出た。
食材が入れている箱には、ちゃんとトマトがあった。きらさないようにしているのだろうか。
黒匣に触るのは、始めてたが、ルドガーが使っているところを見たため、なんとかできるだろう。
「できた……」
結局、使い方が分からず、安静にするはずのルドガーが隣に立って、教えられるハメになった。
「ボヤ騒ぎにならずに、よかったよ」
「ミラ、術で火、つけようとしたし」
不安だったのか、ルドガーがエルに自分を見てくるよう頼んだらしい。
ボタンを押してもなかなか、火はつかず、実力行使に踏み切ろうとしたところ、ルドガーとエルに止められた。
「う、うるさいわね!私は黒匣に頼らなくても、火くらい……」
いきなり、ルドガーがこちらに倒れてきて、必死に全身で受け止めた。
「ちょ、ちょっと……!」
「立ってるの辛い……」
素肌にあたる彼の肌は、酷く熱い。本当は、ベッドに横になって、安静にしていたはずなのだ。悪化しているとしたら、自分のせいだ。
「ベッドまで、頑張って歩いて」
「……うん」
自分の足で立つ彼は、フラフラしていた。彼の体を支え、ベッドまでついていった。
食事を済ませ、ルドガーに薬を飲ませば、ルドガーは寝てしまい、エルは暇になったのか、隣の部屋でルルと遊んでいる。
しかし、隣の声が聞こえなくなり、様子を見に行くと、エルが船を漕いでいた。自分も少し眠い。ルルも丸まって寝ている。
声をかけると、目を開けたが、すぐに閉じていく。何か言っているみたいだが、口の中だけで消えていった。
エルをソファーに横にし、また部屋に戻る。
前で何か動く気配がし、目を覚ました。
いつの間にか眠ってしまったのかと、目をこすりながら、前を見ると、ルドガーが水を飲もうとしていた。
「……やるわよ」
あまり力が入らないのか、水差しを持つ手が震えて、危なっかしい。
自分でやると言うルドガーから水差しを奪い、グラスへと水を注ぎ、彼の手に持たせた。その手も震えており、一抹の不安を抱える。
「ありがとう、ミラ」
赤い顔で、笑顔でお礼を言うと、口へとグラスを近づけるが、傾けた所に、口はなく、水が溢れ、彼の服とベッドを濡らした。
「何やってるのよ!馬鹿!」
「ご、ごめん!」
置いていたタオルで、拭いていたが、濡れた服をそのままにしていれば、体が冷え、病状が悪化する。
着替えさせることにし、脱げと言えば、彼はボタンを外そうとしていたが、なかなかうまくできず、進まない。
「あー、もう、手間のかかる!」
ルドガーに、馬乗りし、ボタンを外していく。
「ミ」
「おーい、色々、元気になりそーなもん買って……」
扉が開き、アルヴィン筆頭に、仲間たちがそこにいた。
こちらもあちらも固まっている。
「何してるの?ルドガー、ミラ……」
起きたてなのだろうか、目元をこすりながら、エルが入ってきたが、見せてはいけないと言わんばかりに、レイアが手で目を隠した。
「あら、エルを追い出して、二人でお楽しみ?」
「病人を襲うなんて、ミラ、やるゥー!」
ミュゼとティポの言葉に、皆がやっぱりそうなのかと言いたげな、視線を送ってくる。
「誤解よ!私は、ルドガーの服を脱がそうとしただけ!」
「ふ、服をっ!?」
ジュードが顔を真っ赤にして、たじろぐ。
自分の言葉が、足りないことに気づいて、慌てて訂正する。
「あの、濡れたから……!」
ローエンとガイアスが凄いスピードで、未成年組を部屋から出した。
また、間違ってしまったと、顔を赤くする。
頭が混乱し、声が出ない。
「おたくら……マジで?」
アルヴィンの言葉に、必死に首を横に振った。
「違う!違うッ!ちょっとルドガーも……」
助けを求めようとルドガーがを見たが、彼は顔を真っ赤にしたままで、口を開けて固まっていた。
「ルドガー?」
ミュゼが彼の頬を指でつつくが、反応がない。
「否定しなさいよ!」
襟首を掴み、ガクガクと揺さぶれば、周りにいた皆に止められた。
「ルドガーが水を溢して、服が濡れたから、着替えさせようとしていたんだね?ミラさん」
「そうよ、勘違いしないで!」
説明し、皆の勘違いなのだと理解させた。
濡れたベッドに、ルドガーをそのまま横にさせるわけにもいかないので、ソファーで毛布に丸まって寝ている。自分が揺さぶったのが悪かったらしく、気分が悪いらしい。
なぜか、膝枕するはめになってしまった。
誤解を解いたその後は、皆が和気あいあいと、食事の準備をしていた。
「膝枕、うらやましーなー、ルドガーくーん」
アルヴィンの言葉にルドガーは、手を振っただけだった。言い返すのは、面倒なのか、できないのか。
茶化してきているのは、分かっているので、冷ややかな視線を送るだけにした。
「アルヴィン、サボらないでください」
「ご飯抜きだぞー」
「へいへーい」
エリーゼとティポに引っ張られ、アルヴィンも手伝いに行く。
自分も手伝うと言ったのだが、ルドガーをみていてくれと、皆の様子を見るばかりだ。
「エルも運ぶー!」
「頼んだぞ、エル」
「まかせといて!」
ガイアスから食器を分けてもらい、エルが一生懸命、運んでいる。動けないルドガーの代わりらしい。ガイアスは、エルをそばで見守りながら、一緒に食器を運ぶ。
「味見、いいかしら?」
「皆さんの分が無くなってしまいますよ、ミュゼさん」
「ちょっと、ミュゼ、つまみ食いしたでしょ!ここ、一個、足りない!」
「ここも足りないんだけど……」
レイアとジュードの指摘に、ミュゼはこちらに逃げてきた。
「ルドガー、大丈夫?」
「ミュゼ!」
ジュードとレイアに連れ戻され、ミュゼは二人に説教されていた。
自分の姉は、こんなことをしなかったのに。見た目は同じでも、中身が全く違う。
姉は、目の前で殺された。
今、自分が看病しているこの男に。
「いただきます」
ようやく食事の準備が整い、皆が手を合わせ挨拶をする。遅れたのは、誰かさんがつまみ食いをしたせいだが。
ルドガーは、気分が良くなったらしく、普通に食事をしていた。ルドガー用にと作られたお粥と、大皿に盛られたおかずをおいしいと、もりもりと食べていた。
「食欲、戻ってるみたいだね。安心した」
ジュードの言葉に、ルドガーは食べながら頷く。
「私が手によりをかけて作りましたからね。どんどん食べてください、ルドガーさん」
ローエンが作ってくれた料理は、どれもおいしく、文句のつけようがない。
「アルヴィーン、それ取ってー」
「ほーらよ……って、俺の皿から取るな!」
「あら、ガイアス、どうしたの?」
「……なんでもない」
「うぇー、コレ、からーい」
「大丈夫ですか。エル、お水飲みますか?」
「ミラのやつおいしそー。分けてよぅ」
「あなた、食べれないでしょ……ちょっと!手に噛みつかないで!」
「ティポ、ミラを食べてもおいしくないぞ」
「ダメですよ!食事の邪魔しちゃ」
「……ティポ、僕の頭に噛みつかないでよ」
「アルヴィンさん、最後の一つは、私に」
「いやいや、俺、これ一つも食べてないんだわ」
「んー、いくらでも食べれるね!」
「レイア、口の周りに色々ついてるよ」
「あー、それ、エルの!」
「早い者勝ちよ」
「エル、俺のやるから」
「かじってるじゃないのよ。私のあげるわ」
「エリーゼ、これを取りたいのだろう」
「わ、ありがとうございます、ガイアス」
「ガイアス、優しいー!」
「あ、あれ……隙あり!」
「その手にのるほど、もうろくしてませんよ」
料理を分けあったり、争奪しながら、賑やかな食事は終わった。
食事の片付けも終わり、ルドガーとミラ、エルだけがこの家に、残った。全員が泊まれる場所はなく、他は宿屋に戻った。
仲間に乾かしてもらったベッドに寝るルドガーの様子をミラが見に行くと、彼は起きていた。
「エルは寝たか?」
「ええ、ぐっすりと寝てるわ」
食事の後、すぐに寝てしまったエルは、ソファーで毛布に包まり、寝ている。
「だいぶ、よくなったよ。ありがとう、ミラ」
「体調ぐらいちゃんと管理しなさいよ」
ルドガーは何も言ってこず、笑って頭をかくだけだった。
「もう、寝なさい。私も寝るわ。誰かさんの看病で疲れたし」
彼の部屋の押し入れから、寝具の一式を引っ張り出し、おやすみと一言、言って彼の部屋から出た。
エルが寝ているソファーの横に寝床を用意し、自分も横になった。
見慣れない天井を眺めていたが、いつの間にか眠っていた。
目を開ければ、知らない天井。眠る前、見た天井と違う。
起き上がると、なぜか、ルドガーが寝ていたはずのベッドで自分は寝ていた。
移動した記憶はない。ここにいるはずのルドガーもいない。寝惚けてここまで来てしまったのだろうか。
隣の部屋に行けば、ルドガーが台所に立っていた。
「おはよう、ミラ」
こちらに気づくと、笑顔を向けてくる。
「お、おはよう。わ、私、寝惚けてあなたの、ベッド、にいった……?」
もしかしたら、彼を追い出した可能性がある。
「俺が運んだけど?床に転がっていたから」
彼が起きて、こちらに来ると、自分は床に寝ていたらしい。隣には、主がいない寝具。そのまま、戻すのもどうかと思い、ベッドに運んだという。
「寝相、悪すぎだろ」
「う、うるさいわね……!」
寝ている時なんて、自分は知らないのだ。
「エルを起こしてくれ。朝御飯できるから」
不機嫌ながらも、ソファーで寝ているエルを起こす。
「エル、朝よ」
「うー」
エルは目を閉じたまま、起き上がり、両腕をこちらに差し出す。
「だっこ……」
朝、ルドガーがエルを抱いてるのをよく見ていた。ため息をつき、エルを抱き上げる。まだ覚醒してないのか、胸に顔を埋めている。
「もう、起きなさいよ……」
エルの目を覚まさせようと、洗面台へと向かった。
朝御飯を食べ終え、エルはルドガーに髪を結びなおしてもらっていた。
最初は全然できなかったが、数回かしていたら、コツを掴めたらしい。
「器用ね、あなた」
「ミラもしてもらうと、いいよ!」
「エルとお揃いにするか?」
「遠慮するわ」
外へと続く扉が開き、そちらを見る。
「おはよう」
ジュードに挨拶を返す。
「体調は大丈夫?」
「ああ」
「ミラさんもエルも大丈夫?」
「ええ」
「だいじょーぶ!」
一応、ジュードは診察をしたが、もう何もないことを確認すると、安心したよと笑った。
エルの髪も終わり、準備を整え、待っている皆の所へと向かった。
「おっはよう!ルドガー、エル、ミラ」
「おはようございます。もう体調は、大丈夫のようですね」
「今日は一緒ですね!」
「昨日、休んだ分、バリバリ働けー」
「ということで、一人くらい休んでもいいよな」
「一精霊くらい休んでも大丈夫よね」
「……お前たちは働け」
「ありがとう、皆。昨日は迷惑かけた」
「借金、返さなきゃいけないもんね!」
「今度は倒れても知らないからね」
「分かってる。今日は大丈夫だよ」
この後は、自由行動のため、皆が各々の場所へと向かい始めた。
ルドガーとエルは借金返済のため、クエストを受けにいく。
昨日の少しの休みが、恋しくなりつつも。