その目に自分だけを 1
見上げる大きな立派な屋敷。
アニーは自分がこんな所に入ってもいいのかと不安になってしまう。みすぼらしく、惨めな自分が。短い茶色の髪は洗ったが、ボサボサだ。
着ている服は綺麗なものを選んだが、つぎはぎだらけ。場違いにもほどがある。
しかし、立っていても何も変わらない。勇気を出し、扉を叩き、声をかけた。
友からの話だった。
ある屋敷が人手が足りずに人を募集していると。
対応にあたる執事にそれを話すとこころよく出迎えてくれ、来た当日から働くことになった。主人が亡くなり、喪にふしていたらしいが、それが終わった直後だという。今、その後片づけに追われている。
しかし、それも、もうすぐ終わるとも言われた。
そう説明を受けている間も使用人たちが慌ただしく走り回っていた。
働く前に家の人たちに挨拶をと現当主とその妹のもとへと行くことになった。
付き添いのメイドが扉を叩き、アニーの体は緊張で縛られた。与えられたメイド服に身をつつみ、必要最低限に身だしなみを整えたが、大丈夫かと不安になっていた。
教養というものも、ほとんどないのだ。失礼なことを知らず知らずにしなければいいが。
現当主は若いと聞いたが、どんな人物だろうかとさまざまな人物像を想像していた。扉の向こうから、若い男性の声。
「失礼します」
同じようにと言われる。
「し、失礼します……」
部屋に入れば、男性と女性がいた。男性は近づけば、けおされるくらいの巨体。見上げると、とても優しそうな笑顔を向けてくる。緊張がいくぶんかほぐれる。
「ジョジョ様、ディオ様、こちら、今日からここで働くことになったアニーという者です」
隣にいるメイドが自分の紹介をする。
「新人さん? ぼくはジョナサン・ジョースター。この家の当主だけど、なったばかりだから迷惑かけるかもしれないけど、よろしくね、アニー」
丁寧な挨拶に驚いていると挨拶をと横から言われた。名前を名のり、頭を下げた。
「わたしはディオナ。ディオと呼んで。ジョジョとは兄弟よ。よろしく、アニー」
見上げる彼女はとても美しく、その笑顔に目が奪われた。緩く波打つ長い金髪の髪を揺らしている。彼女も自分より背が高く、見上げることになる。
挨拶をとまた言われ、頭を再度下げる。
ゆっくりと頭を上げると二人は穏やかにこちらを見ていた。
「困ったことがあったら何でも言ってよ」
「慣れないことばかりで、大変かもしれないけど、がんばってね」
二人とも優しい言葉をかけてくれた。
「あ、ありがとうございます……!」
とても優しそうな人たちだと、安心する。貴族などえらそうな人ばっかりだと思っていたが、その認識はまちがいだったのだ。
使用人たちにも挨拶を終えると、早々、アニーにも仕事を与えられた。
掃除だ。大きな屋敷であるため、一苦労だ。窓を拭くだけでも、途方もない。
掃除が終わり、エプロンを取り替え、お嬢様の着替えを手伝うことに。パーティー用のドレスを着るだけで数人の使用人がかり出されていたが、自分は教えられるだけだった。
「今日は昼からノーマン家のお茶会。夕方にガーラッド家の次期当主様が訪ねていらっしゃいます。夜にはそのガーランド家が主催する舞踏会が」
予定が書かれているのだろうか、メイドの一人がそれを読み上げている。
「次期当主が直々に? お茶会は早めに切り上げるしかないわね。ジョジョは?」
「ジョジョ様は昼からグラント家にお訪ねになり、そのままパーティーです」
「分かったわ。夜に着ていくドレスも用意して」
「かしこまりました」
そんな会話を聞きながらも、ドレスの着せかたについて教えられた。彼女が着ているドレスはとても華やかで綺麗で、彼女だからこそ似合うのだと思った。
しかし、彼女は着ている時は少し不機嫌そうに見えた。
「……きつい」
「そういうものですから」
女性ならそういうものを好むのではないのだろうか。自分は、そんなものは似合わないと思っていても、憧れてしまう。
ディオを見送った後は昼食になった。アニーはその時にドレスの件を聞けば、あまりそういう格好は好きではないらしい。幼いころはよく男のような格好をしていたと聞いたことがあるとも。
今は質素なドレスを好んで着ているという。質素と言っても自分たちには手が届かない高価なものばかりだが。あまり豪華で派手なものは嫌いだと。
「貧しい家の出だと聞いたけど、その見る影もないわよね、お嬢様」
「どこからどう見ても、貴族のお嬢様よ。どんな努力をしたら、ああなるのかしら」
その話に驚く。彼女はどこからどう見ても、生まれついての貴族の女性にしか見えない。
前当主の命の恩人の娘で、両親を失ったのを不憫に思い、引き取ったのだという。
「マナーも教養も完璧。驚きだわ」
メイドたちは凄いともてはやしている。その話を聞いてディオに共通点を見いだし、少し親近感を感じていた。あの人と自分は同じなのだと。
そのとき、時計が鳴った。それは休憩時間の終わりを告げるものだったらしく、料理を無理矢理、かき込むことになった。
アニーが洗濯の手伝いを終えたときに再度、呼ばれた。
ディオが帰ってきてドレスを着替えると。
部屋に入ると、まだアンダードレス姿で椅子に座る彼女がいた。
「もう少しシンプルなのはないの」
準備されているドレスを見てため息をつく。昼に着ていたものより、きらびやかになっている。
「こういうものです。さあ、早くしなければ、お迎えがいらっしゃいますよ」
メイドに言われ、彼女は立ち上がる。
自分も手を貸すことになり、慣れないことながらも、教えられつつ、なんとかできることができた。
「焦らなくてもいいのよ」
そう言ってディオは笑った。自分が悪戦苦闘しているのを見かねてだろう。
「すみません……」
「謝らなくていいわ。初めては誰にでもあるもの」
優しい言葉が身にしみる。がんばってもほめられたことがなかった。
「ありがとうございます」
お礼を言う声は震えていた。
迎えにきたガーラッドと共に、出ていくディオをまた見送る。
二人はこのところ、ずっとパーティーにでかけているという。
パーティーと聞いて華やかで楽しい場所という想像しかできないが、貴族にとっては重要な社交場であるらしく、二人はジョースター家を盛りたてるために他の貴族たちと交流をしているらしい。
ジョースター家は名家ではあるが、若い当主というのは軽んじられる傾向なのだという。交流を盛んにし、人脈を育てていき、地位を確保するのが一番手っ取り早いらしい。
「貴族も大変よね。ああいう生活は憧れるけど」
「私たちはこの生活が一番ってことよ」
そんな会話を聞きながら、芋の皮剥きをしていた。
贅沢な生活の裏には当人たちしか知らない苦労がある。ディオの表情が明るくなかったのはそんな理由もあったのだろう。
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