化物と人間 13
ディオが目を覚まし、聞こえてくる鳥の鳴き声に、朝まで寝てしまったのだと、起き上がる。
着替えようと服を触ったが、自分が着ているものがナイトドレスだということに気づく。
破れていないそれに、彼がやってくれたのだと分かった。
近くのテーブルには、食事が置いてあり、彼なりの償いなのだろう。食事をした後の片付けをしてくれたらしい。
ベッドから出て、鏡で自分の姿を確認したが、血は全くついていない。綺麗にしてくれたのだ。
では、彼は自分の裸を見ているはずだ。しかも、一度ではない。
人間になって目を覚ました時も、着ている服は違っていたし、体も綺麗になっていた。
そんな彼は、口づけをしただけで赤くなり、自分が目を覚ましている時に裸を見ただけで真っ赤になり、胸を押しつけられて動揺したり。
そう思うとおかしかった。初な反応をするものだと。
腹を抱えて笑った後、彼が作ってくれた食事を食べる。
それは冷めてしまっていたが、なかなかおいしかった。
またジョナサンは部屋にこもっているようだ。
前もそうだったのだ。ベッドの上でシーツを深々とかぶり、めそめそしているのだろうか。
夜になり、彼の部屋に様子を見に行けば、すんなりと扉は開いた。
鍵をかけていないことに驚きつつ、暗い部屋の中に入っていく。
カーテンの隙間から、月光が入っており、それだけを頼りにし、窓へと向かい、カーテンを開ければ、部屋の様子が目に入ってくる。
ジョナサンは、ただベッドに座り、項垂れていた。自分の予想は少しは当たっていたようだ。
「ジョジョ」
彼の目の前に立ち、名前を呼びかけると、黙って顔を上げる。
悲哀に満ちた表情をしていた。
「さっさと食事と割り切れ」
この言葉も何度目だろうか。数えきれない程、言ったはず。
「……うん」
彼に残る人の心はやっかいなものだ。
「毎日、血を飲めばいい。それなら少量だ」
一口飲めばいいのだ。そうすれば、自分も彼も痛い思いをせずに済む。
昨夜のことは堪えていた。いたぶるのは好きだが、いたぶられるのは。あれが段々と酷くなるのなら、自分も辛い。
「うん……ディオ、血が欲しい」
「そうか、お前は……ん?」
彼はなんと言った。
彼の口から、信じられない言葉が滑り落ちたはずだ。
聞き間違いかと、首を傾げていると、彼は笑う。
「飲むよ。そうすれば、君に乱暴することもないから」
彼も昨夜のことは堪えたのだろう。二度も女性に手をあげたことを、酷く後悔しているようだった。
「もう嫌なんだ。知らない自分に怯えるのは……」
彼は俯き、自身を抱き、震えていた。
「怖いんだ。ぼくじゃあないぼくが君を傷つけている……そのことが」
小さな子供のようだ。見えないものに怯え、震える姿は。とても弱い存在に見える。
「……ぼくが壊れる前に、君を壊してしまう前に、ぼくは人間であることをやめるよ」
彼は顔を上げると、覚悟を決めているようだった。
彼は受け入れるのだ。人間ではないという現実を。
「好きなだけ飲め。わたしはお前の餌だ」
そう言って彼を抱きしめれば、少しだけでいいと笑って返された。
ジョナサンがあまり痛くないところからと言うので、首筋に手をあてる。どこからでも、本当は痛いのだが。
彼から少し離れ、横に座り、首のところをくつろげる。
ジョナサンは髪をかきあげると、首筋に顔を近づけていく。
「っ」
痛みと肌を舐める舌に、体が震えた。
口を離した彼は、酷く興奮しているようで、荒く呼吸を繰り返す。
いきなり、押し倒され驚いていた。
見下ろす目が自分を傷つけていた時と同じ目だったが、彼の意思がそこから感じとれた。
また首に顔を近づけてきたが、舐められた。舌の濡れている感触が伝わってくる。
「……!」
痛みを感じる。噛みつかれた時と比べれば、僅かな痛み。
彼は顔を離し、ごめんと言うと、ベッドから降りていき、浴室に続く扉へと消えていった。
何をされたのだろうかと、そこを触っても何もなく、起き上がり、ベッドから降りて、鏡面台へと向かう。
噛まれたところとは逆に付いていたのは、赤い痣。これを彼は付けていたのだ。
ただの内出血であるため、すぐにこの体は消してしまうだろう。
なぜ、彼はこのようなことをしてきたのだろうか。
今まで、正気の時は何もしてこなかった彼が。
少し彼の自分への執着が見れた気がする。悪い気はしない。
出てきそうになったあくびを噛み殺し、ベッドへと戻る。どうせ、彼はこれを使わないのだ。
アンダードレスだけになり、ベッドに横になる。ジョナサンがいる扉を見つめていた。
帰ってこないのか。何をしているのだろう。
ジョナサンは服を脱ぎ、タオルで下を隠し、部屋に戻ると、ディオが自分のベッドで寝ていた。
自分の部屋に戻るのが面倒だったのだろうかと着替えつつ、考えていた。
無理に起こす必要もない。寝なくても問題がない。
ベッドに座り、彼女を見ていたが、深く眠っているようで起きる様子がない。
風呂場でしていたことを思い出し、頭を振った。
あれは生理的な処理なのだと言い聞かせる。
黙っていれば、露見はしない。
白い肌に、赤い唇。唇は触ると、柔らかい。
この唇にファーストキスは奪われてしまった。
ずるいと思う。彼女には何かとやられっぱなしだ。
ゆっくりと唇を重ねる。やはり、唇は柔らかい。
名残惜しいと思いつつ、唇を離す。彼女は身動きもせずに、深く眠っている。
「……好きだよ、ディオ」
吸血鬼になった当初は、少しだけ憎んだりもしたけれども。
彼女には自分しかいない。自分にも彼女しかいない。
化物になった今、帰る場所なんてなくて。
彼女のそばにしか居場所がなくて。
独りでなんて自分は生きていけない。
「……ジョジョ?」
名前を呼ばれ、彼女を見れば、横を叩く。
今さっきしてことが、気づいているのかもしれないと内心、焦っていた。
「一緒に寝ろ」
言われたことに首を傾げた。
「えっと……ぼくは眠れないよ?」
「関係ない」
早くと言うので、寄り添うように横になれば、身を寄せてくる。
あのことを言ってこないのは、先程のことは眠っていて分かっていないようだった。
「お前は冷たいな」
「君はあたたかいね」
そんなことを言い合いながらも、彼女は寒いのか毛布を深々と被る。それなら、離れればいいのにと思った。
彼女は自分の服を掴んできた。
「そんなことしなくても、どこにもいかないよ」
返事はなかったが、服を掴む力が強くなる。
彼女も不安なのかもしれない。
大丈夫だと抱き寄せると、顔を上げた。
何のつもりかと目は言っているが、ただ微笑むと彼女は胸に顔を埋める。
ディオは感じる冷たさに安心感を覚えていた。
これが、自分の体温を奪っていく冷たさこそが彼の証。
彼がそばにいることが分かり、安心する。
捨てられることはないのだと。
目を閉じ、また夢へと落ちていく。
ジョナサンはディオが眠るまで、そうしていたが、あたたかな体温から離れられずに、ずっと抱きしめていた。
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→続くと思います