涙雨
窓を叩く音にジェイドは見ていた本を閉じ、カーテンを、少し開ける。
街灯に照らされた雨が、窓を激しく叩いていた。
彼はまだ、家に帰ってきていない。
今日は、自分の家に来るはずだが。
傘は持っていないだろうと、土砂降りの雨の中、傘を持ち、歩き出した。
彼がやってくるであろう道を歩いていると、人影。
近寄って見れば、空を見上げるガイがいた。傘は持っていない。ずぶ濡れで、そこに佇んでいた。
「ガイ!」
呼びかけると、気づいたようで、こちらに笑顔を向ける。その笑顔が弱々しいもので。
「迎えにきてくれたのか」
「風邪、ひきますよ。今、忙しいのでしょう?何をしているのですか」
持っていたもう一つの傘を広げ、彼に傾ければ、それを受け取る。
しかし、服や髪を滴る水。気候は温暖とはいえ、濡れては寒いだろうに。
「頭を冷やしたかったんだ」
項垂れる彼。
疲れているのだろうか。今、ガイはマルクトとキムラスカとの交流において、パイプ役になっており、走り回っている。
今日は確か、両国の貴族交流会だったはず。
「本当に、どうしました?」
さすがに落ち込んでいることは、分かる。そんな彼を、からかうなどできない。
「……母上の、ことを」
そこで言葉を切る。
彼の母親は、キムラスカでは裏切り者として、伝わっている。
キムラスカとマルクトの和平の使者という名を被ったスパイとして、ガルディオス家に嫁ぎ、戦争の手引きをするはずだったが、彼女はそれを拒否したのだ。
誰も戦争など起こしたくはないだろう。人としての普通の感情は、二国の戦いの前では邪魔なだけだったのだ。
キムラスカでは、彼女をよく思っていない人が多い。その血縁者も同じ。セシル将軍もそれで苦しんでいたようだった。
「あなたのお母様は、立派な方です」
家族を、大切な人を守るために、彼女は本国の命に背いた。その姿勢は賞賛に値する。
「そう、だな」
顔を上げたガイは、未だに悲しそうで。彼は言われた心無い言葉に我慢していたのだろう。
見ていられなくなり、傘を放り出し、彼を抱きしめた。濡れている彼は冷たい。降りかかる雨も冷たい。
「泣いてもいいのです。怒ってもいいのです。無理に笑う必要はありません」
自分のように、全てを隠すために、笑みを浮かべるしかなくなるより。
「俺は平気だから」
笑う気配。
こんな大きな子供が、なぜ、無理して笑っているのか。
そんな生き方にさせた一要因は、自分だ。
家族をなくし、帰る場所をなくし、復讐を誓い、生きてきた彼は、早く大人になりすぎたのだ。
「泣いても、いいのです」
こんな雨の中、涙も雨も分からない。全て、地に落ち、空へと帰る。
「ありがとう、ジェイド」
もういいと、胸を押されたが、抱きしめる腕に力を込める。
お礼などいい。そう言われる資格はないのだ。
「……少し甘える」
顔を、肩に押しつけてきた。
雨音にかき消される、彼の声。
泣ける時には、泣いた方がいい。
忘れてしまう前に、泣けなくなる前に。
雨はやむ気配を見せない。