蒼と紅
「なあ、眼鏡貸してくれないか?」
「嫌ですよ。いじられでもしたら、私には大問題です」
ガイがこの眼鏡に興味を持っているのは、知っている。譜業だと分かった瞬間から、見たいと迫ってきていた。どれだけ言われようが、全て断るが。
「まあ、興味は薄れてないけど、ジェイドがその眼鏡を通して見てる景色を見たいだけだ」
おかしなことを言う。眼鏡を通しても何も変わらないはずだ。これは度が入っていない。ただの伊達だ。
「変わりませんよ?」
「かけてみないと分からないこともあるだろ」
取り敢えず、いじらない、どこかにいかない、と約束させ、眼鏡を渡す。
「ありがとう」
「変なことしないでくださいね」
はいはい、と返事しながら、ガイは眼鏡をかける。妙に似合っている。普段してないものをしていると、かっこよく見えるものだ。自分も眼鏡を外した時には、女性陣が見とれていた。
「ふーん」
せわしなく、辺りを見回している。
「変わらないでしょう?」
ガイは返事をしない。
「ガイ?」
「こんな景色、見てたんだな」
眼鏡を取ると、手渡される。何もされてないのは、分かっているが、一応、確かめる。
「なんか不思議だな、景色がいつもより遠くに見える」
この薄いものから、見える世界は、自分にとって変わりはない。ガイが慣れていないだけか、自分が慣れてしまったのか。
「なあ、俺はどう見える?」
顔が近付く。綺麗な蒼い眼。曇ることのない、光を湛えて。
「そうですね、綺麗ですね」
自分に持っていないものを、過去に置いてきたものを持っている。その美しさは眩しく、眼鏡をかければ、ほんの少しだけ弱まる。
「綺麗、か。それは、あんたに言ってやりたいね」
「それは表面だけでしょう?」
本当にガイには自分はどう映っているのか。一度ぐらい見てみたいものだ。
「あ、ジェイドの眼が紅いから、特別なものが見えているのかもしれないな」
眼の色など関係はない。眼の色が変わる前から、見ていたものは変わりはなかった。
「じゃあ、貴方にはこの世界、どう見えますか?」
そう聞いた瞬間、一瞬だけ悲しいそうな顔。彼は、この世界の綺麗な部分と汚い部分、全て見てきたのだ。
「……綺麗、だ。眼を背けたいくらいにな」
皮肉。汚いからこそ、綺麗なものは輝く。その輝きで隠すのだ、見たくないものは。
「そうですね」
表面がどれだけ綺麗でも、掘り返してみれば、汚れたものばかり。
自分のことではないか、と笑う。
「俺、ジェイドと同じ景色を見てみたい」
近づいてきたガイはそっと、頬に手を添えるが、指が目の近くまで来る。
「貴方の見てる景色の方が、綺麗ですよ、きっと」
その蒼い目で見ている景色は、鮮やかで輝いているはずだ。
この紅い目の片方を交換すれば、同じものを見れるのか。
答えは分からないけれど。
「……目でも交換するか?」
「その時は私がしてあげますよ」
見えているものが全てではないのだから。